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公爵家の長女は婚約解消されました、家族の期待を置いて新しい私を生きます  作者: 小竹X


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第五十一話 ユリウスの地方監査

 ユリウス殿下がミレイユを訪れると聞いた時、白楡館しらにれかんの広間は静まり返った。


 王太子としてではなく、地方監査の見習いとして。王妃宮の監督官に同行し、救恤倉と読み書き寄り合い、橋の共同管理を視察する。そう通達には書かれていた。


 それでも、王太子は王太子だ。


 サラは石板を抱えて固まり、マルタは鍋の蓋を磨き、メイは無言で客室の布を替えた。誰も「元婚約者」という言葉を口にしない。その気遣いが、かえってくすぐったかった。


「奥様、大丈夫ですか」


 メイが尋ねる。


「はい」


「本当に?」


「少し緊張しています」


「その方が信用できます」


 厳しい侍女だ。


    ◇


 殿下は、思ったより質素な装いで来た。


 華やかな王太子服ではなく、濃紺の外套と簡素な手袋。同行する監督官の後ろに立ち、自分から前へ出ようとはしない。


 私は玄関で礼をした。


「ようこそ、ミレイユへ」


「受け入れてくれて感謝する」


 殿下の声は落ち着いていた。


 以前のように、私の反応を探る甘えはない。疲れはあるが、自分の足で立とうとしている人の疲れだった。


 最初に案内したのは救恤倉だ。


 三つの鍵をそれぞれの管理者が持ち寄り、扉を開ける。毛布、薬草、穀物、灯油。棚には数と日付が書かれた札がついている。


 殿下は一つずつ見て、監督官の説明を聞いた。


「なぜ鍵を三つに?」


 殿下が尋ねる。


 私は答えた。


「一人の判断で開けられないようにするためです。ただし緊急時には、二つの鍵と事後報告で開けられる規定があります」


「規定もあるのか」


「規定がないと、善意の人ほど迷います」


 殿下は小さくうなずいた。


「覚えておく」


    ◇


 読み書き寄り合いでは、子どもたちが王太子に見られて硬直した。


 サラだけは、使命感で立ち上がった。


「今日は重さの勉強です」


 声が少し裏返っている。


 殿下は椅子へ座り、真面目に石板を見た。


「私も見てよいだろうか」


「はい。間違えたら直します」


 広間の大人たちが息をのんだ。


 殿下は驚いた後、少し笑った。


「頼む」


 授業が始まった。


 秤に分銅を載せ、薬草の袋を量る。同じ袋に見えても重さが違うこと、重さが違えば値段も変わること。サラは一生懸命説明した。


 殿下は途中で計算を間違えた。


 サラが本当に直した。


「殿下、ここは三ではなく二です」


「……そうだな」


 殿下は苦笑し、石板を書き直した。


 その瞬間、場の緊張が解けた。


 王太子も間違える。


 そして直せる。


 それは、子どもたちにとって大きな発見だったようだ。


    ◇


 視察の最後に、殿下は新しい橋を見た。


 セドリック様が共同管理の収支を説明する。通行料、修繕積立、教育費への配分。殿下は質問をし、時折監督官へ確認した。


 以前の彼なら、途中で飽きただろう。


 今は、飽きる余裕がないように見えた。


 橋の中央で、殿下は私に言った。


「君がここで作ったものを、私は王宮で資料として読んだ。だが実際に見ると、紙よりずっと重い」


「紙は入口です」


「そうだな」


 彼は川を見下ろした。


「私は、王太子として人々を守ると言いながら、人々の名を知らなかった」


 私は答えなかった。


 慰める必要はない。彼自身が見つけた言葉は、彼自身が持つべきだ。


「リディア」


「はい」


「君に戻ってほしいとは、もう言わない。ただ、君がここでしていることを、王宮へ持ち帰りたい」


「持ち帰るなら、形だけでなく、手間も一緒に」


 殿下は苦笑した。


「厳しいな」


「必要ですから」


「そうだったな」


 橋の向こうで、サラたちが手を振っている。


 殿下は少し迷い、それからぎこちなく手を振り返した。


 王太子が、村の子どもに手を振る。


 それだけのことが、以前よりずっと大きな変化に見えた。

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