第四十九話 王都慈善市
王都の慈善市は、花と香水と絹の音で満ちていた。
王宮東庭に白い天幕が並び、貴族夫人たちが手袋の指先で品物を選んでいる。銀の盆、刺繍のリボン、外国の砂糖菓子、孤児院の子どもたちが作った木彫りの鳥。
その一角に、ミレイユの小さな卓があった。
薬草茶、軟膏、香草袋、読み書き寄り合いの記録冊子。看板には、サラが丁寧に書いた「白楡の薬草と学び」が掲げられている。端には、例の猫もいた。
「猫が王都へ来ました」
サラが小声で言う。
彼女は代表として、私と一緒に王都へ来ていた。初めての王宮に緊張しているが、看板の位置だけは何度も直している。
「猫も緊張しているかもしれません」
「猫はたぶん平気です」
サラの真剣な返事に、私は笑った。
◇
最初の客は、王妃だった。
エレオノーラ王妃が天幕へ来ると、周囲の空気が一斉に整う。私は礼をし、サラは少し遅れて深く頭を下げた。
「ミレイユの品ですね」
「はい。領内用の備蓄を確保した上で、試験的に出展しております」
私は説明を始めた。
薬草の効能、使用量、作業場の賃金、読み書き寄り合いとの関係。王妃は一つずつ質問し、冊子を手に取った。
「この字は?」
「サラが書きました」
サラの肩が跳ねる。
王妃は彼女を見た。
「読みやすい字です」
サラの顔が真っ赤になった。
「ありがとうございます」
「猫も、悪くありません」
サラは今にも飛び上がりそうだった。
王妃が薬草茶をいくつか買うと、それを合図にしたように他の貴族夫人たちが近づいてきた。
◇
貴族夫人たちは、好奇心に正直だった。
「まあ、地方の薬草ですの?」
「この猫は何の印かしら」
「読み書き寄り合いとは、平民の学校のようなもの?」
言葉には時々、無邪気な上から目線が混じる。
以前の私なら、相手を不快にさせない答えを選ぶことに集中しただろう。今日は違った。
「学校というほど大きくはありません。自分の名を書き、重さを量り、契約を読めるようにするための場です」
「平民が契約を読む必要がありますの?」
「契約を結ぶなら、あります」
夫人は瞬きをした。
隣でサラが息を止めているのがわかった。
私は微笑みを崩さず、薬草袋を差し出した。
「こちらは眠りを助ける香草です。使い方の紙も入っております。文字が苦手な方のために、絵も添えました」
「あら、本当。猫まで」
会話はやわらかく戻る。
けれど、言うべきことは言った。
王宮で身につけた礼儀は、黙るためだけのものではない。
伝えるためにも使える。
◇
昼過ぎ、ミリアが会計台から駆けてきた。
彼女は以前より質素なドレスを着て、手には帳簿を持っている。顔は緊張で少し青いが、目は逃げていなかった。
「リディア様、売上記録の控えをお持ちしました」
「ありがとうございます」
ミリアはサラへも頭を下げた。
「看板、とても読みやすいです」
サラは目を丸くした。
「貴族の方が、私に頭を下げました」
「サラ」
慌てる私に、ミリアは小さく笑った。
「いいのです。私もまだ学んでいます」
彼女の帳簿は、丁寧だった。合計欄には何度も計算した跡がある。数字と格闘しているというフローラの手紙は本当だった。
「お疲れではありませんか」
「疲れています。でも、以前のように誰かに慰めてもらうための疲れではありません」
ミリアは少し恥ずかしそうに言った。
私はうなずいた。
「よい疲れですね」
「はい」
◇
夕方、ミレイユの卓はほとんど空になった。
出荷上限を決めておいてよかった。売れる喜びに任せていたら、領内用まで売ってしまうところだった。
サラは売上表を見て、震える声で言った。
「これで、灯油が買えますか」
「買えます。石板も、机も少し」
「鍋は?」
「鍋も」
サラは満面の笑みを浮かべた。
その笑顔を見た時、慈善市に来てよかったと思った。
王都は、私を傷つけた場所だ。
けれど今日は、ミレイユの名でここに立ち、ミレイユのための灯油を得た。
過去の場所を、今の私が少し塗り替えた。
天幕の外で、セドリック様が待っている。
私は空になった薬草籠を持ち、王都の夕暮れへ出た。




