第四十八話 監査報告書
監査報告書は、厚さだけで人を黙らせる力があった。
王宮監査官がまとめた写しが白楡館へ届いた時、メイは両手で抱えて運んできた。表紙には、ミレイユ代理管理および関連商取引に関する第一次報告、とある。
第一次。
まだ続くのだと思うと、ため息が出そうだった。
けれど読み始めると、ため息は怒りに変わった。
救恤品の欠損。過剰請求。代理人による架空輸送費。ボルマン商会から家令への礼金。ミレイユだけでなく、二つの小領地でも同じ手口が見つかった。
報告書の文章は淡々としている。
淡々としているからこそ、ひどさが際立った。
「奥様、休憩を」
メイに言われ、私は顔を上げた。
「まだ半分です」
「お顔が半分死んでおります」
「そんなに」
「はい」
素直すぎる返事に、私は報告書を閉じた。
◇
広間では、報告書の内容を領民向けに読み替える作業が始まった。
そのまま掲示しても、法務用語が多すぎて読みにくい。けれど隠せば、また同じことになる。だから、原本の写しを保管し、要点をまとめた掲示を作ることにした。
サラが石板を持って座っている。
「過剰請求って何ですか」
「本当の値段より高く請求することです」
「架空輸送費は?」
「運んでいないのに、運んだことにしてお金を取ること」
サラは顔をしかめた。
「ずるいです」
「はい」
「難しい言葉にすると、ずるいのが見えにくくなります」
私はペンを止めた。
子どもの言葉は時々、法務官より鋭い。
「では、掲示には見えやすく書きましょう」
私たちは言葉を選んだ。
過剰請求は「本当より高い値段をつけた」。架空輸送費は「運んでいない荷物の運び賃を取った」。礼金は「仕事を曲げるために渡した金」。
乱暴すぎるかと思ったが、マルタはうなずいた。
「それでいい。腹の立つことは、腹が立つ字で書いた方がいい」
◇
報告書には、父の責任についても書かれていた。
直接収賄の証拠は認められない。ただし監督責任は重大。代理管理権の停止は継続。政務会議の席は当面復帰不可。公爵家当主として、被害領地への弁済に協力する義務がある。
重いが、決定的な断罪ではない。
父は貴族として残る。
それを不公平だと思う自分もいた。
けれど、父を一度で完全に倒すことが目的ではなかった。ミレイユを守り、失われたものを戻し、同じ仕組みを残さないことが目的だ。
私は報告書の父に関する部分を読み、机の横に置いた。
怒りはある。
でも、怒りだけで次の制度は作れない。
その夜、兄から手紙が届いた。
父は報告書を読んで沈黙している。
家令の処分、代理人の裁判、弁済の手続きを進める。ローウェン家の帳簿閲覧権限も見直す。
私は、家の内部に苦情窓口を置くつもりだ。
お前がミレイユで作ったものを、形だけでなく意味ごと学びたい。
兄の字は、以前より少し乱れていた。
疲れているのだろう。
それでも、乱れた字の方が人の手に見えた。
◇
掲示は、白楡館の門前と教会、谷の市に貼り出された。
最初、人々は遠巻きに見ていた。やがて読み書き寄り合いの参加者が、読めない者へ声に出して読み始めた。
「本当より高い値段をつけた」
「運んでいない荷物の運び賃を取った」
言葉が人から人へ渡る。
怒りも渡る。
けれど同時に、安堵も渡っていった。
自分たちが感じていた不自然さは、気のせいではなかった。貧しいから仕方ないのでも、地方だから遅れるのでもなかった。
奪われていた。
そう知ることは痛い。
でも、痛みに名前がつけば、次に手当てができる。
夕方、サラの母が私に言った。
「読めるって、怖いですね」
「ええ」
「でも、読めないままの方がもっと怖い」
私はうなずいた。
監査報告書は、ただの裁きではない。
ミレイユの人々が、自分たちの被害を自分たちの言葉で知るための紙になった。




