表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家の長女は婚約解消されました、家族の期待を置いて新しい私を生きます  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/74

第四十二話 フローラの選択

 フローラは、王妃の前で正式に辞退を申し出た。


 王太子妃候補から外れたい、という願いではない。今の自分には務まらないこと、家の都合で立つべき席ではないこと、学び直したうえで将来どの役目を選ぶか自分で考えたいこと。


 その三点を、彼女は書面にまとめた。


 王妃は、黙って最後まで読んだという。


 その知らせは、妹本人からの手紙で届いた。けれど手紙の最後に、短く「お父様は大変お怒りです」と書かれていた。


 私はその一文を見て、すぐに王都へ返事を書いた。


 怒りは、あなたの選択が間違っている証拠ではありません。


 必要なら白楡館へ戻ってきなさい。


 ただし、逃げ場所としてではなく、次に立つための休み場所として。


 書き終えてから、私は少し笑った。


 昔の私なら、妹に「父を怒らせないように」と書いただろう。


 今は、怒りの向こうに自分を置いていいと書ける。


    ◇


 フローラは三日後に来た。


 今回は泥に車輪を取られることもなく、馬車はまっすぐ白楡館しらにれかんへ着いた。妹は冬用の外套をまとい、手には分厚い書類袋を抱えている。


「お姉様、私、辞退できました」


 玄関に入るなり、彼女はそう言った。


「よく言いました」


 私が答えると、フローラの目に涙が浮かんだ。


「王妃様は、怒りませんでした」


「ええ」


「殿下も、怒りませんでした。ただ、少し寂しそうでした」


「そう」


「お父様は、怒りました」


「それは予想通りですね」


 フローラは小さく笑った。


 その笑いには、まだ痛みがある。けれど怯えだけではなかった。


 彼女は書類袋から一枚の紙を出した。


「王妃様から、課題をいただきました。地方基礎教育の見習いとして、ミレイユの読み書き寄り合いを半年記録し、王宮へ報告するように、と」


「それは……」


「役目です」


 フローラは背筋を伸ばした。


「でも、私が選びました」


 その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。


 妹は、誰かの代わりではなくなった。


 美しい飾りでも、王太子の慰めでも、公爵家の取引材料でもない。


 自分で選んだ未熟な役目を、抱えてここへ来た。


    ◇


 読み書き寄り合いにフローラが現れると、子どもたちは大騒ぎになった。


 公爵令嬢というより、王都から石板をくれた人として覚えられていたらしい。サラは遠慮なく、彼女へ新しい看板の文字を見せた。


「フローラ様、この字、変ですか」


「少し傾いています。でも、読みやすいです」


「傾いてるのに?」


「人の字は、少し傾くものです」


 フローラがそう言うと、サラは満足したようにうなずいた。


 私は横で聞きながら、妹の変化を感じていた。


 以前のフローラなら、綺麗かどうかを先に見ただろう。今は、読めるかどうかを見ている。


 それだけで、彼女はここで学んでいる。


 夕方、フローラは寄り合いの記録をまとめた。


「子ども十二名、大人十名。新規参加は粉挽き小屋の妻と息子。今日は名前、数字、重さ。鍋は豆と干し肉。猫の絵に人気がありすぎて、薬草の説明が後回しになりかけました」


「最後の一文は必要ですか」


「王妃様が現場の様子を書けとおっしゃったので」


 妹は真面目だった。


 私は笑いをこらえた。


    ◇


 夜、フローラと二人で母の手紙を読み返した。


 役に立つことと、愛されることは同じではありません。


 その行に、妹は指を置いた。


「私、まだ愛されたいと思います」


「私もです」


 フローラが驚いた顔をする。


「お姉様も?」


「ええ」


「お姉様は、もう強いから」


「強くなっても、愛されたい気持ちはなくなりません」


 妹はしばらく考え、それから小さく笑った。


「それを聞いて、安心しました」


 私も同じだった。


 誰かに認められたい。選ばれたい。愛されたい。その願いを消す必要はない。ただ、そのために自分を差し出さない方法を覚えればいい。


「お姉様は、セドリック様にお返事なさるのですか」


 突然の問いに、私は咳き込んだ。


「フローラ」


「皆、気にしています」


「皆とは」


「メイ、マルタ、サラ、ガスパルさん、たぶん王妃様も」


「王妃様まで入れないでください」


 フローラは楽しそうに笑った。


 私は頬の熱を冷ますように、窓の外を見た。


 雪が薄く積もり始めている。


 セドリック様への返事。


 その言葉を胸の中で転がすと、怖さよりも温かさが先に来るようになっていた。


 それが答えなのかもしれない。


 まだ声にするには、少しだけ勇気がいるけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ