第三十八話 ボルマン商会の告白
ボルマン商会の代表が捕まったのは、王都の北門を出る直前だった。
王宮監査官が帳簿を差し押さえた夜、代表のボルマンは別邸の裏から荷馬車を出した。積み荷は毛皮と香辛料と申告されていたが、底板の下から小型帳簿と金貨袋が見つかったという。
知らせは、王都からの急使によって白楡館へ届いた。
「逃げるつもりだったのですね」
サラが目を丸くする。
「逃げる者は、自分の荷物を軽くしたがります」
セドリック様は急使の報告書を読みながら言った。
「今回は重すぎたようですが」
私は帳簿の写しを受け取った。
そこには、ミレイユ救恤薬草の行があった。王宮から五箱、ローウェン家代理人を通じて三箱に減らし、実際に村へ届いたのは一箱半。残りは王都の薬種問屋へ転売。
数字で知っていたことが、具体的な流れになる。
怒りは、遅れて来た。
「薬が必要だった子がいました」
声が低くなる。
「冬に熱を出して、教会で寝かされていた子です。薬草が足りず、薄めて飲ませたとガスパルが言っていました」
メイが黙って茶器を下げた。
広間が静かになる。
ボルマン商会にとっては、薬草五箱のうちの三箱半だった。帳簿の差益、金貨の重さ、逃げる荷物の底板。
ミレイユにとっては、子どもの夜だった。
◇
王都での取り調べには、兄が立ち会った。
三日後、アルベルトから詳しい手紙が届いた。ボルマンは最初、すべて代理人の独断だと主張した。しかし隠し帳簿から、商会がローウェン家の家令へ定期的に礼金を渡し、代理人と共謀していたことが明らかになった。
父が直接金を受け取った証拠は、今のところない。
けれど父は、代理人を任命し、長年報告を受け、異常な支出を見逃した。
知らなかった、で済む立場ではなかった。
手紙の最後に、兄はこう書いていた。
父は、自分は家を守るために安定した商会を選んだだけだと言っている。
私も以前なら、その言葉で納得したかもしれない。
今は、家を守るという言葉が誰を含むのか、考えずにはいられない。
私はその行を何度も読んだ。
兄もまた、変わろうとしている。
ローウェン家の中に残る人が、変わろうとしている。
それは私にとって、父の失脚よりも重い知らせだった。
◇
ミレイユでは、損害額の聞き取りが始まった。
薬草が足りなかった家、毛布を受け取れなかった家、割高な種を買わされた農家。今まで「仕方ない」で済ませていたものを、一つずつ記録へ変える。
最初、村人たちは戸惑った。
「今さら言っても、戻らないでしょう」
南畑の男がそう言った。
私は彼の前に座り、帳面を開いた。
「戻るものもあります。戻らないものもあります」
「なら、どうして聞くんです」
「なかったことにしないためです」
男は黙った。
彼の妻が、奥から古い毛布を持ってきた。薄く、端が破れている。
「王都から届くはずだった毛布が来なくて、これで子どもをくるみました。あの冬、下の子がずっと咳をして」
彼女の声は、途中で細くなった。
サラが横で石筆を握りしめている。
私は静かに言った。
「書きます。毛布一枚ではなく、冬の不足として」
「そんなふうに書けるんですか」
「書かなければ、次も毛布一枚で終わります」
妻は古い毛布を抱えたまま、うなずいた。
その日、帳面には物の名前だけでなく、寒さ、遅れ、遠慮、諦めが少しずつ書き込まれた。
◇
夕方、王宮から正式な通達が届いた。
ボルマン商会は王宮御用停止。代表および関係者は裁判へ。ローウェン公爵家代理人と家令は拘束。損害額の算定後、賠償金は被害領地へ優先配分される。
広間で読み上げると、誰かが小さく拍手した。
それはすぐに広がらなかった。
皆、喜んでいいのかわからない顔をしていた。怒りはある。安堵もある。けれど失われたものを考えると、手を叩くことがためらわれる。
私は通達を畳み、言った。
「今日、戻らなかったものの名前を書きました。明日から、戻せるものを取りに行きます」
マルタが腕を組んだ。
「まず毛布だね」
「はい。冬が来ます」
「薬草も」
「はい」
「それから、鍋を大きくしないと。読み書き寄り合いに人が増えた」
広間に、少し笑いが戻った。
私はその笑いを聞きながら、通達の上に手を置いた。
裁きは終わりではない。
取り戻す仕事の始まりだ。




