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好感度マイナスの恋巫女候補に転移しましたが、領地だけは建て直します  作者: 御堂あゆこ
第2章

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09. この騒動、いったん預かります

 倉庫の中は氷冥としらたまに任せ、私は戸口を出た。


 口論は、そのすぐ前の荷下ろし場で起きていた。

 思った以上の人数が集まっている。

 入口のあたりで二人の男が今にも掴みかかりそうな距離まで詰め寄り、その周囲を、村人たちが不安げな顔で取り囲んでいた。


「だから俺じゃないって言ってるだろうが!」


「じゃあ何で減ってる! 鍵はお前が持ってたんだろ!」


「俺ひとりでどうにかできるわけが――」


 怒鳴られているのは、倉庫番らしい男だ。

 顔色が悪く、寝不足なのか目の下に薄く隈がある。

 もう一人、食ってかかっている方の男は、肩で息をしていた。こちらも追い詰められた顔をしている。


 私は男たちの間へ一歩踏み込んだ。


「全員、いったん黙ってくださいませ」


 けれど、張りつめた場はそれだけでは止まらなかった。

 倉庫番らしい男が、まだ興奮したままこちらに向き直る。


「事情も知らないくせに、口を挟まないでくれ!」


「怒鳴って備蓄が増えるなら、いくらでもお続けになればよろしいでしょう」


 自分でも驚くほど、声はよく通った。


「でも、そうではありませんわね?」


 ぴたり、と場が止まる。

 視線が一斉にこちらへ集まった。


 私は倉庫番と、食ってかかっていた男を順に見た。


「お聞きしたいことがあります。この倉庫の鍵を預かっていたのは、どなたですの?」


「……俺だ」


 倉庫番が唇を噛んで答える。


「最後に、異常がないと確認したのはいつですの?」


「昨夜の施錠のときだ。備蓄の数もちゃんと確かめて、鍵も閉めた」


「では、今朝最初に倉庫を開けたのもあなたですの?」


「ああ」


「その時点で、もう量は減っていた?」


 男は悔しそうに眉を寄せた。


「……減ってた」


「見張りは常に誰かが立っているのですか?」


「それは……深夜の交代のときに次の奴が遅れて……」


「見張りは何人ですの?」


「二人だ。俺と、もう一人。夜通し交代で」


「もう一人は今ここに?」


 倉庫番はうなずいた。

 輪の外にいた男が、気まずそうに肩をすくめる。あれが昨夜の夜番らしい。


 私は次に、食ってかかっていた男へ視線を移した。

 こちらはさらに切羽詰まっている。目の下に濃い隈があった。寝ていない顔だ。


「あなたは、いつ何が足りないと気づきましたか?」


「今朝の配給のときだ。米が足りなかった」


「わかりましたわ。現時点でわかっていることは三つです」


 私は周囲にも聞こえるよう、はっきりと言った。


「昨夜の施錠までは、備蓄の数に異常はなかった。深夜の見張りの交代時に空白が生じた。今朝、倉庫を開けた時点で量が減っていた。以上ですわ」


「じゃあやっぱり犯人は夜番か倉庫番――」


「今必要なのは、犯人探しではなく対策です」


 食ってかかっていた男の声を遮って言い切ると、周囲に不満げな顔が並んだ。

 当然だ。疑われた側は疑いを晴らしたいし、疑う側は吊し上げたい。人間はそういうものだ。


 でも、今ここで犯人捜しを始めたところで、証拠もないのに昨夜ここに立っていた二人のどちらかが犯人にされて終わるだけだ。

 それでは何も解決しない。


「今必要なのは、二度と発生させないための対策です。なぜ備蓄が消えたのかは、その後で確かめますわ」


「そんなの待ってられるか! 今、配給が足りない! それを何とかするのが先だろう!」


 声の端がひりついている。怒りというより、焦りの色が濃かった。


「待てない理由は?」


 一瞬、男が言い淀む。

 それから、吐き捨てるように言った。


「家族の体調がよくない」


 私は倉庫の方へ視線を滑らせた。

 先ほど倉庫の奥で見た、あの暗い一角が脳裏をよぎる。

 この一件と無関係ではない気がした。


 人垣の後ろに見覚えのある顔があった。転移した直後に、私を家に招いてくれた清十郎さんだった。

 こちらに気づいた彼は、はっとしたように背筋を伸ばす。


「清十郎さん」


「は、はいっ」


 人垣の後ろにいた清十郎さんが、すぐに前へ出た。

 こういうとき、一歩をためらわないのはありがたい。


「倉庫の残量を確認していただきたいのですが、お願いできますか?」


「ええ、もちろんです」


「ほかに、お手伝いいただける方はいらっしゃいますか?」


 少しの間があってから、年配の女と若い男が手を挙げた。


「ありがとうございます。では、これから行うことを三つに分けます」


 私は指を折りながら告げる。


「一つ。湿っていたり、様子がおかしい袋には触れないでください。開けるのも後です。二つ。手つかずの袋は数を数えて、誰が見てもわかるように入口側へ寄せます。三つ。倉庫番おひとりに責任を押しつけるのはやめます。以後、鍵の開閉は最低三人で確認。見張りも二人一組のまま、交代時に記録を残してください」


「記録?」


 倉庫番の男がぽかんとする。


「紙がなければ木札でも結構ですわ。いつ、誰が、何のために開けたか。それを残すのです」


「そんなことしてる場合かよ!」


 さっきの男が食ってかかる。

 声に刺がある。だが今度は、さっきより少しだけ勢いが弱い。


 私はまっすぐ見返した。


「そうですわ。している場合です」


「……っ」


「今ここで曖昧にしてしまえば、今後も同じことが起きます。そうなったとき、困るのは誰ですの? 数を確かめる前に配れば、腐って使えなくなったのか、最初から足りなかったのか、もしくは盗まれたのか、原因を特定することはできませんわ。それでは次を防げません」


 私は倉庫番にも向き直る。


「あなたもです。疑われて腹が立つのはわかりますが、ここで意地になっても得はありません」


「……はい」


「今は、自分が盗んでいないことを叫ぶより、倉庫の状態を一緒に確かめてくださいませ」


 男は悔しそうに歯を食いしばったあと、小さくうなずいた。


 その様子を見て、周囲の空気がわずかに変わる。

 まだ完全に納得した様子ではないけれど、少なくとも「どうにもならない怒鳴り合い」からは半歩抜けた。


 清十郎さんがすぐに動き出し、年配の女と若い男に声をかけた。

 倉庫番と夜番の男も渋い顔のまま入口へ向かう。


 食ってかかっていた男だけが、その場に立ち尽くしたままだった。

 拳を握りしめた手が、まだ震えている。


 私は少しだけ声を落とした。


「あなたの家の分がすぐに必要なのは、わかっていますわ」


 男が顔を上げる。


「だからこそ、ここを曖昧に済ませるわけにはいきません」


 数拍おいて、男はかすれた声で言った。


「……早くしてくれ」


「ええ。そのために――」


 そのとき、路地の向こうから小さな足音がぱたぱたと駆けてきた。

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