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好感度マイナスの恋巫女候補に転移しましたが、領地だけは建て直します  作者: 御堂あゆこ
第2章

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10. 止められない配給、始まってしまった病

「おとう! おとう!」


 甲高い声に、清十郎さんがはっと顔を上げる。


「小鈴!?」


 人垣の隙間を縫うようにして飛び込んできたのは、小鈴ちゃんだった。

 以前、清十郎さんの家で私の髪に目を輝かせ、白猫を膝に乗せてくれた女の子だ。

 頬を真っ赤にして、肩で息をしている。転びそうな勢いのまま清十郎さんの袖にしがみつき、それでもじっとしていられないようにその場で足踏みした。


「たいへんなの! なっちゃん、あそぶっていってたのに来なくて――」


「どうした、小鈴。落ち着いて話しなさい」


 清十郎さんがしゃがみ込み、目線を合わせる。


「それで、おうちにいったら……なっちゃんのおかあ、すごく苦しそうで……」


 息が上がりきっていて、言葉が途切れ途切れになる。

 小鈴ちゃんは半べそをかきながら、必死に続けた。


「赤ちゃんも、なっちゃんも、みんな熱いの!」


 その瞬間、さっきまで食ってかかっていた男の顔色が変わった。


「……娘まで熱を出したのか?」


 怒鳴り声の余韻を引きずったままの声が、一気に掠れる。

 男は小鈴ちゃんの前に半歩踏み出した。


「わ、わかんない……でも、さっき見たら、なっちゃんのおかあも、赤ちゃんも、なっちゃんも、みんな熱いの……」


 小鈴ちゃんの目に涙がにじむ。


 そこで、さっきまでの剣幕が、ただの怒りではなかったとようやく腑に落ちた。


 水無瀬村に着いた直後、私は赤ん坊を抱いた若い母親に声をかけた。

 頬が赤く、息が浅かった。あの時点で、もう具合は悪かったのだ。

 おそらく、あの母親が、この男の妻だ。


 この男は、その妻と赤ん坊を抱えたまま、配給が足りない現実に直面していた。

 だからあれほど余裕がなかった。怒っていたというより、追い詰められていたのだ。

 しかも今、小鈴ちゃんの話では、まだ無事だったはずの娘まで熱を出している。


 ただの風邪で済ませるには、嫌な予感がした。

 倉庫の奥で見た、あの暗い濁りが脳裏をよぎる。

 倉庫の備蓄が減っていることと、一家の中で連鎖する発熱。

 まだ断定はできない。けれど、無関係と切って捨てるには、符号が多すぎた。


 そのとき、視界の端で半透明の文字列がひときわ強く明滅した。


【謎の病の流行(発生)】

【悪化条件:汚染源未特定】

【失敗条件:領民の死亡 または 配給停止】

【猶予:11時間】


 思わず息を呑んだ。


 ――予兆、ではない。

 万象盤の表示は、はっきりと「発生」に変わっていた。

 もう前触れの段階ではない。病は、すでに村の中で始まっている。

 しかも、失敗条件は領民の死亡、または配給停止。

 対応を誤れば、人が死ぬ。


 『コイテン』に、こんな展開はなかった。

 難易度が高い北領地だとしても、これは想定外だ。


 男は完全に口論どころではなくなっていた。

 今にも駆け出しそうな勢いで路地の方を振り向く。


「くそっ……!」


「待ちなさい」


 私は走り出そうとする男に即座に声をかけた。

 男が足を止める。

 焦りで呼吸が浅くなっているのが、ここからでもわかった。


「清十郎さん」


「は、はいっ」


「こちらの確認は、そのまま続けてください。手つかずの袋と、様子のおかしい袋の仕分けも止めないでください」


「承知しました」


「倉庫番と夜番の方も、持ち場を離れないでください。鍵の確認と記録は、今決めた通りに」


 倉庫番と夜番の男が、反射的に背筋を伸ばす。


「配給そのものは、まだ止めません。ただし、湿った袋には誰も触れないこと。切り分けを優先してください」


 そこまで言ってから、私は男へ向き直った。


「あなたは案内を」


「……は?」


「奥さまとお子さんの様子を見ます」


 男が目を見開く。


「今確認すべきは、病人の様子ですわ。違いますか?」


 男は一瞬だけ言葉に詰まり、それから乱暴にうなずいた。


「……こっちだ」


 小鈴ちゃんが不安そうに私を見上げた。


「お姉ちゃん……」


「知らせてくれて助かりましたわ」


 そう言うと、小鈴ちゃんは泣きそうな顔のまま、こくりとうなずいた。


 私は男と共に、家族たちの待つ家へ向かった。

 背後では、半開きの倉庫の戸が、まだ嫌な気配を孕んだまま沈黙していた。

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