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好感度マイナスの恋巫女候補に転移しましたが、領地だけは建て直します  作者: 御堂あゆこ
第4章

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22. 大地神は、興味津々

 翌朝、畑跡には思ったより多くの人が集まっていた。


 昨日掘り出した氷芽芋の甘みがよほど衝撃的だったのか、村の中で一気に広まったらしい。

 誰もが手に鍬や籠を持ち、雪に埋もれた畑を前にして立っている。


「本当に、まだ残っているのでしょうか」


 清十郎さんが、雪を見下ろしながら不安そうに呟いた。


「掘ってみなければわかりませんわ」


 私は畑跡へ視線を向ける。


「ただし、闇雲に掘るのは避けます。昨日の氷芽芋が残っていた場所、雪の深さ、土の湿り気、風の当たり方。それぞれ記録を取りながら進めましょう」


 ただ掘って終わりではない。

 偶然見つかった食料を、偶然のままにしてはいけない。


 少し離れた雪の上で、しらたまがこちらを見ていた。


 昨日よりは距離が近い。

 けれど、まだ私の足元へは戻ってこない。

 目が合うと、しらたまはふいっと顔を逸らした。


 逃げてはいない。それだけで、今は十分だった。


 そう思ったところで、村人たちのざわめきが別の方向へ広がった。


 畑跡の端。

 雪を踏まないようにでもしているのか、少し土の見えている場所に、深緑の衣をまとった青年が立っていた。


 大地神、伊主那。


 そして、その視線の先に、薄い冷気をまとった氷冥がいた。

 氷冥の姿は、以前より輪郭がはっきりしている。


 けれど、伊主那のように確かにそこに立っているわけではない。雪と冷気に、かろうじて形を借りているようだった。


 昨日に続いて姿を現しているけれど、大丈夫なのだろうか。


「君は、何を媒介にしている?」


 伊主那が、興味深そうに言った。


「答える義務はない」


 氷冥が、面倒そうに返す。


 ……知り合い、というわけではなさそうだ。少なくとも、氷冥の方は歓迎していない。


 私は思わず氷冥へ近づいた。


「……大丈夫なのですか」


 氷冥の薄青の瞳が、こちらを見る。


「以前よりは、形を保ちやすい」


「なぜですの」


「君が何度も名を呼んだ。しらたまと共に守り石を清め、民がそこを守る場所として扱い始めた」


 氷冥の声は、雪に吸い込まれるように静かだった。


「だが、長くはない。頼りすぎるな」


「承知しています」


「守り石か」


 伊主那の視線が、氷冥から私へ移った。


「名を呼ばれ、土地に残った痕跡を媒介に、輪郭を保っている。……通常の神獣とも、土地に宿るものとも違う反応だな」


 伊主那の目が、再び氷冥へ向く。


「君は、何者だ」


「知る必要はない」


 氷冥は、先ほどよりもさらにそっけなく返した。


「伊主那様」


 私は、できるだけ穏やかに口を挟んだ。


「彼を観察対象として扱うことは、今はお控えくださいませ」


 伊主那の眉が、わずかに上がる。


「今は?」


「はい。今日の目的は、雪の下に残った氷芽芋と、畑の状態を確認することです」


 伊主那はしばらく私を見て、それから畑跡へ視線を移した。


「……まあいい。この土地にも興味がある」


 私は小さく息を吐いた。


 なるほど。大地神にとって、土の中に何が残り、何が腐るのかは専門領域なのだろう。

 ならば、その関心を利用させてもらおう。


 氷冥への関心を逸らしながら、畑の状態も読んでもらう。

 それくらいの図太さがなければ、この領地の冬は越せない。


「では、観察の一環として、ひとつ確認させてくださいませ」


「何だ」


「雪の深さ、凍土の厚み、腐敗の霊気が溜まりやすい場所。そういった差を、伊主那様なら読めますか」


「読める」


 即答だった。それなら話は早い。


 ……と言いたいところだけれど、もちろん単純ではない。


 万象盤に表示されていた伊主那の好感度は、マイナスだった。

 正式な方法で助力を求めたところで、通るとは思えない。


 そもそも、今の北領地に必要なのは、その場限りの助けではない。

 一度だけ助けてもらって終わりでは、次の冬にはまた同じところで詰まる。


 必要なのは、再現できる条件。続けられる仕組み。そして、その仕組みを作るための知見だ。


「では、後ほど正式に協力をお願いしたいと思います。対価も提示しますわ」


「対価?」


 眼鏡の奥の目が、ほんの少しだけ興味を帯びた。


「神に、取引を持ちかけるのか」


「取引とお考えいただいても構いませんわ」


 私は一度、雪に埋もれた畑跡へ視線を戻した。


「ただ祈って助けを待つだけでは、この畑は来年も同じままです。わたくしたちに必要なのは、一度きりの奇跡ではなく、自分たちだけでも続けられる仕組みです」


 周囲の村人たちが、息を呑んだ。


 神に助けを願うこと自体を、否定するつもりはない。

 けれど、この土地が冬を迎えるたびに、誰かの助けを待つだけでいるつもりもなかった。


「ですから、伊主那様には加護ではなく、知見をお借りしたいのです。もちろん、こちらからも対価を提示します」


「……合理的だな」


「ありがとうございます」


「褒めているわけではない」


「あら、それは失礼いたしました」


 しらたまが、少し離れた場所で小さく鼻を鳴らした。

 笑ってくれたのかもしれない。


 私は村人たちへ向き直った。


「まずは昨日の場所から掘ります。掘り出したものは、食べられるかどうかをすぐに判断せず、状態ごとに分けてください。形が残っているもの、腐りかけているもの、完全に駄目になっているもの。すべて記録します」


 清十郎さんが頷く。


「承知しました」


「それから、畑の周辺も確認します」


「周辺、でございますか」


「ええ。雪の深さや風の当たり方は、畑の中だけを見てもわかりません。周囲の地形、水の流れ、獣が通る場所も含めて見なければ、来年同じ条件を再現できません」


 私は、昨日雪綿獣を見かけた方角へ視線を向けた。


「それと、昨日見た食べ跡も確認したいです。足跡の途中で、青白い苔のようなものが薄く削られていました。あれが、雪綿獣が人里近くへ来ている理由に関わるかもしれません」


 そのとき、少し離れた場所にいたしらたまの耳が、ぴくりと動いた。


「……しらたま?」


 しらたまは、こちらを見ないまま、ぽつりと言った。


氷苔(こおりごけ)


「氷苔?」


「昨日、雪綿獣が食べてたやつ」


 それだけ言うと、しらたまはまた顔を逸らした。


 けれど、逃げなかった。

 私が少し近づいても、雪の上に丸い足跡を残したまま、そこにいる。


「教えてくれて、ありがとう」


 しらたまは、こちらを見ないまま黙っていた。

 白い尾が、雪の上で小さく揺れる。


 少なくとも、拒まれてはいない。


 私はその小さな変化を、胸の奥にそっとしまい込んだ。


 氷芽芋と氷苔。


 その二つが、北領地の冬を変える手がかりになる。

 そんな予感がした。

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