22. 大地神は、興味津々
翌朝、畑跡には思ったより多くの人が集まっていた。
昨日掘り出した氷芽芋の甘みがよほど衝撃的だったのか、村の中で一気に広まったらしい。
誰もが手に鍬や籠を持ち、雪に埋もれた畑を前にして立っている。
「本当に、まだ残っているのでしょうか」
清十郎さんが、雪を見下ろしながら不安そうに呟いた。
「掘ってみなければわかりませんわ」
私は畑跡へ視線を向ける。
「ただし、闇雲に掘るのは避けます。昨日の氷芽芋が残っていた場所、雪の深さ、土の湿り気、風の当たり方。それぞれ記録を取りながら進めましょう」
ただ掘って終わりではない。
偶然見つかった食料を、偶然のままにしてはいけない。
少し離れた雪の上で、しらたまがこちらを見ていた。
昨日よりは距離が近い。
けれど、まだ私の足元へは戻ってこない。
目が合うと、しらたまはふいっと顔を逸らした。
逃げてはいない。それだけで、今は十分だった。
そう思ったところで、村人たちのざわめきが別の方向へ広がった。
畑跡の端。
雪を踏まないようにでもしているのか、少し土の見えている場所に、深緑の衣をまとった青年が立っていた。
大地神、伊主那。
そして、その視線の先に、薄い冷気をまとった氷冥がいた。
氷冥の姿は、以前より輪郭がはっきりしている。
けれど、伊主那のように確かにそこに立っているわけではない。雪と冷気に、かろうじて形を借りているようだった。
昨日に続いて姿を現しているけれど、大丈夫なのだろうか。
「君は、何を媒介にしている?」
伊主那が、興味深そうに言った。
「答える義務はない」
氷冥が、面倒そうに返す。
……知り合い、というわけではなさそうだ。少なくとも、氷冥の方は歓迎していない。
私は思わず氷冥へ近づいた。
「……大丈夫なのですか」
氷冥の薄青の瞳が、こちらを見る。
「以前よりは、形を保ちやすい」
「なぜですの」
「君が何度も名を呼んだ。しらたまと共に守り石を清め、民がそこを守る場所として扱い始めた」
氷冥の声は、雪に吸い込まれるように静かだった。
「だが、長くはない。頼りすぎるな」
「承知しています」
「守り石か」
伊主那の視線が、氷冥から私へ移った。
「名を呼ばれ、土地に残った痕跡を媒介に、輪郭を保っている。……通常の神獣とも、土地に宿るものとも違う反応だな」
伊主那の目が、再び氷冥へ向く。
「君は、何者だ」
「知る必要はない」
氷冥は、先ほどよりもさらにそっけなく返した。
「伊主那様」
私は、できるだけ穏やかに口を挟んだ。
「彼を観察対象として扱うことは、今はお控えくださいませ」
伊主那の眉が、わずかに上がる。
「今は?」
「はい。今日の目的は、雪の下に残った氷芽芋と、畑の状態を確認することです」
伊主那はしばらく私を見て、それから畑跡へ視線を移した。
「……まあいい。この土地にも興味がある」
私は小さく息を吐いた。
なるほど。大地神にとって、土の中に何が残り、何が腐るのかは専門領域なのだろう。
ならば、その関心を利用させてもらおう。
氷冥への関心を逸らしながら、畑の状態も読んでもらう。
それくらいの図太さがなければ、この領地の冬は越せない。
「では、観察の一環として、ひとつ確認させてくださいませ」
「何だ」
「雪の深さ、凍土の厚み、腐敗の霊気が溜まりやすい場所。そういった差を、伊主那様なら読めますか」
「読める」
即答だった。それなら話は早い。
……と言いたいところだけれど、もちろん単純ではない。
万象盤に表示されていた伊主那の好感度は、マイナスだった。
正式な方法で助力を求めたところで、通るとは思えない。
そもそも、今の北領地に必要なのは、その場限りの助けではない。
一度だけ助けてもらって終わりでは、次の冬にはまた同じところで詰まる。
必要なのは、再現できる条件。続けられる仕組み。そして、その仕組みを作るための知見だ。
「では、後ほど正式に協力をお願いしたいと思います。対価も提示しますわ」
「対価?」
眼鏡の奥の目が、ほんの少しだけ興味を帯びた。
「神に、取引を持ちかけるのか」
「取引とお考えいただいても構いませんわ」
私は一度、雪に埋もれた畑跡へ視線を戻した。
「ただ祈って助けを待つだけでは、この畑は来年も同じままです。わたくしたちに必要なのは、一度きりの奇跡ではなく、自分たちだけでも続けられる仕組みです」
周囲の村人たちが、息を呑んだ。
神に助けを願うこと自体を、否定するつもりはない。
けれど、この土地が冬を迎えるたびに、誰かの助けを待つだけでいるつもりもなかった。
「ですから、伊主那様には加護ではなく、知見をお借りしたいのです。もちろん、こちらからも対価を提示します」
「……合理的だな」
「ありがとうございます」
「褒めているわけではない」
「あら、それは失礼いたしました」
しらたまが、少し離れた場所で小さく鼻を鳴らした。
笑ってくれたのかもしれない。
私は村人たちへ向き直った。
「まずは昨日の場所から掘ります。掘り出したものは、食べられるかどうかをすぐに判断せず、状態ごとに分けてください。形が残っているもの、腐りかけているもの、完全に駄目になっているもの。すべて記録します」
清十郎さんが頷く。
「承知しました」
「それから、畑の周辺も確認します」
「周辺、でございますか」
「ええ。雪の深さや風の当たり方は、畑の中だけを見てもわかりません。周囲の地形、水の流れ、獣が通る場所も含めて見なければ、来年同じ条件を再現できません」
私は、昨日雪綿獣を見かけた方角へ視線を向けた。
「それと、昨日見た食べ跡も確認したいです。足跡の途中で、青白い苔のようなものが薄く削られていました。あれが、雪綿獣が人里近くへ来ている理由に関わるかもしれません」
そのとき、少し離れた場所にいたしらたまの耳が、ぴくりと動いた。
「……しらたま?」
しらたまは、こちらを見ないまま、ぽつりと言った。
「氷苔」
「氷苔?」
「昨日、雪綿獣が食べてたやつ」
それだけ言うと、しらたまはまた顔を逸らした。
けれど、逃げなかった。
私が少し近づいても、雪の上に丸い足跡を残したまま、そこにいる。
「教えてくれて、ありがとう」
しらたまは、こちらを見ないまま黙っていた。
白い尾が、雪の上で小さく揺れる。
少なくとも、拒まれてはいない。
私はその小さな変化を、胸の奥にそっとしまい込んだ。
氷芽芋と氷苔。
その二つが、北領地の冬を変える手がかりになる。
そんな予感がした。




