21-2. 疑われた魔獣と、雪の下の知恵
村へ戻る途中、私は雪に埋もれかけた一角で足を止めた。
崩れた木杭が、いくつも地面から突き出している。
畑というには荒れすぎていて、ただの空き地というには、人の手が入っていた痕跡が残っていた。
「ここは、何かに使っていた場所ですか」
私が尋ねると、清十郎さんが少し考え込んだ。
その横で、老女がおずおずと口を開く。
「……昔は、そのあたりに芋や根菜を埋めておりました」
「埋める?」
「はい。冬の前に、雪の下へ。雪が多ければ多いほど、春先まで保つことがあったのです」
「雪の下に、野菜を?」
「ええ。けれど今はもう……人手もなく、畑も荒れて、霊気も悪くなりました。埋めても腐るだけだと、皆が言うようになって。古い、貧しいやり方でございます」
「確認しましょう」
私が言うと、清十郎さんと老女は目を瞬いた。
「え?」
「本当に何も残っていないのかどうかは、掘ってみなければわかりません」
古い貧しいやり方。
そう切り捨てるのは簡単だ。
でも、今の話は迷信ではない。
雪を断熱材として使い、温度と湿度を一定に保つ保存方法だ。
元の世界でいう冷蔵庫も、まともな倉庫設備もないこの領地で、雪そのものを保存庫として使えるかもしれない。
「ここを掘りましょう。少しだけで構いません」
清十郎さんは頷くと、いったん村の方へ戻り、古びた鍬と木べらを持ってきた。
老女が、雪に埋もれた木杭の位置を確かめながら、おそるおそる指先で場所を示す。
私は木べらで雪を払い、清十郎さんが固くなった土を崩していった。
氷冥は少し離れた場所から、黙ってその様子を見ている。
しらたまもまた、雪の上にちょこんと座ったまま、こちらをじっと見ていた。
やがて、土の中から丸い塊が出てきた。
老女が息を呑む。
「……氷芽芋でございます」
「氷芽芋?」
表面は土にまみれているが、腐ってはいない。
小ぶりで、皮は薄く青白い。霜のような筋が走っている。
「食べられますか」
私が尋ねると、老女はおそるおそる芋を手に取った。
「味はよいものではございませんが、火を通せば食べられます」
火を借りるために老女の家へお邪魔すると、すぐに小さな火が起こされた。
薄く切った氷芽芋が、鉄板の上でじゅう、と音を立てる。
白い湯気が上がった。
焦げる匂い。土の匂い。そして、ほんの少し、甘い匂い。
焼き上がった薄片を、私は受け取った。
「澄音様、本当に……?」
清十郎さんが不安そうに声をかける。
「最初に確かめるべきは、わたくしですもの」
熱を冷ましてから、そっと口に運ぶ。
ほくりと崩れた。
覚悟していた土臭さやえぐみは、全くない。
派手な甘さではないけれど、冷えた身体にじんわり届く、やさしい甘みがあった。
「……甘いですわ」
その言葉に、老女が目を見開いた。
「甘い……?」
「ええ。雪の下で味が変わったのかもしれません」
老女がおそるおそる欠片を口にする。
しばらくして、その表情がゆっくり変わった。
「……本当です。美味しゅうございます」
清十郎さんも続いて口にし、一瞬黙ったあと、驚いたように芋を見下ろした。
「あの氷芽芋が、甘い……」
老女と清十郎さんの表情に、ほんの少しだけ明るさが差した。
雪の下には、まだ食べられるものが残っていた。
私は、手の中の氷芽芋を見る。
寒さにさらされた作物は、凍りつかないように内側のでんぷんを糖に変えることがある。
元の世界で、雪の下で保存された野菜が甘くなると聞いたことがあった。
北領地の雪が、外気の冷たさをやわらげ、土の湿り気を保つことで、作物を甘くするのだとしたら。
氷冥は何も言わなかった。
ただ、こちらを見つめる薄青の瞳が、ほんのわずかにやわらいだ気がした。
この土地はまだ終わっていない。
戸口の外では、しらたまが雪の上に座ったまま、こちらを見ている。
近づいてはこない。けれど、その白い尾が、小さく揺れていた。
焼けた氷芽芋をもう一度見る。
まずは、ここからだ。
雪の下に残っていたものを、ひとつずつ掘り起こす。
この領地が、自分たちの手で冬を越すために。




