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好感度マイナスの恋巫女候補に転移しましたが、領地だけは建て直します  作者: 御堂あゆこ
第4章

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21-1. 疑われた魔獣と、雪の下の知恵

 詳しく聞き取った結果、領民たちの疑いは、ひとつの魔獣に向かっていた。


 雪綿獣(ゆきわたじゅう)


 北領地の山裾に棲む、白い長毛に覆われた大きな魔獣だという。

 昔はもっと山奥にいて、人里へ下りてくることはほとんどなかったらしい。けれど最近になって、畑の端や祠の裏手で姿を見た者が増えていた。


「やっぱり、あれじゃないか」


「山羊が消えた晩にも、大きな足跡があったんだ」


「ふわふわしてるからって、魔獣は魔獣だろう」


 領民たちの声には、切実な怯えが混じっていた。


「雪綿獣、ですか」


「昔は、人里になんぞ近づかねえ魔獣だったんです」


「それがこのところ、畑の端や祠の裏手まで出てくるようになって……」


「山羊を襲ったところを見た方は?」


 私が尋ねると、誰も答えなかった。


 見た者はいない。

 けれど、山羊が消えたこと。血の跡があったこと。大きな足跡が残っていたこと。そして、最近になって雪綿獣が人里近くに出ていること。


 それらが領民たちの中で結びつき、ひとつの答えになりかけている。


「では、雪綿獣が山羊を襲ったと断定できる材料は、まだありませんわね」


「でも、他に何がいるっていうんですか」


 若い男が声を荒らげた。


「雪綿獣が怪しいなら、追い払うなり、討つなりしないと!」


 その言葉に、何人かが頷く。


「雪綿獣は、山羊を襲う類の魔獣なのですか?」


 私が尋ねると、倉庫の奥の守り石のそばに、淡い銀の輪郭が結ばれた。


 氷冥だった。


「雪綿獣は肉食の魔獣ではない。草や苔を食み、自ら他の獣を襲うこともほとんどない」


 低く静かな声が落ちる。


 領民たちはぎょっとして氷冥を見た。

 まだ彼の存在に慣れていない者も多い。そりゃそうだ。守り石から美しい青年が現れる状況に、即座に順応できる人間の方が少ないだろう。


「では、なぜ人里近くに?」


 私が問うと、氷冥は村の外へ視線を向けた。


「追われている可能性がある」


「追われている……?」


「断定はできぬ。だが、山の霊気が乱れている」


 霊気。

 その言葉に、私の右手の指輪が、冷たく反応した気がした。


 倉庫の戸口近くで、小さな白い影が動いた。


 しらたまだった。


 私と目が合うと、しらたまは一歩だけ後ずさる。

 胸の奥が、きゅっと痛んだ。


 近づいてはいけない。

 今、私が無理に距離を詰めたら、あの子はきっとまた逃げる。


 しらたまは少し迷うように耳を伏せ、それから小さな声で言った。


「……ぼくは、違う気がする」


 それだけだった。

 けれど、私は聞き逃さなかった。


「どうして、そう思うのですか」


 できるだけ静かに尋ねたつもりだった。

 それでも、しらたまはびくっと肩を揺らす。


 しまった。

 詰問するつもりはなかった。ただ理由を聞きたかっただけなのに、私の声は思ったより硬かった。


 しらたまは戸口の影に半分隠れたまま、ぽつりと言った。


「……においが、違う。怖がってるにおいがした」


「怖がっている?」


「うん」


 それ以上は言わなかった。


「一度、現場を見ますわ」


「澄音様、危険です」


 清十郎さんがすぐに言った。


「承知しています。雪綿獣の様子と、霊気の流れを確認するだけです」


「……また、ひとりで抱え込む気か」


 氷冥の声が低くなる。


 私はたぶん、立ち止まるのが怖い。

 しらたまに謝ることもできないまま、それでも領地の問題だけは進めようとしている。


「……同行をお願いします」


 そう言うと、氷冥はわずかに目を伏せた。


「わかった」


 戸口の影で、しらたまの尾が小さく揺れた。


 ◇


 村外れの雪原には、確かに大きな足跡が残っていた。


 丸みを帯びた、幅広の跡。

 爪は深く沈んでおらず、雪の表面を押しつぶすように続いている。


「これは、雪綿獣のものですか」


「そうだ」


 氷冥が答える。


 足跡は山裾から村の近くまで続いていた。

 途中、青白い苔が薄く削られた場所がある。食べ跡だろう。


 私はしゃがみ込み、雪の表面を見る。


「……草や苔を食べる、という話とは一致しますわね」


 そのすぐ近くに、別の跡があった。


 細く、深く、雪を裂くような線。

 爪の跡だ。


 雪綿獣の丸い足跡とは、まるで違う。


「これは……」


「気づいたか」


「ええ」


 私は指先で雪の裂け目に触れた。

 そこに、わずかな黒ずみが残っている。


 嫌な感じがした。


 腐った水に指を入れるような、粘りつく不快感。

 以前、守り石に絡みついていた黒いものと似ているようで、違う。


 視界の端に、薄い線が走る。


 霊気解析。


 雪の下、木々の根元、山裾へと続く細い流れ。

 その一部が、ねじれている。


 山々のさらに奥、魔族領に近い方角で、霊気の流れが乱れていた。


「……これは、少し厄介ですわね」


「今、追うべきではない」


「わかっています。現時点では情報が足りません」


 そう言いながら、私は足跡の向こうを見た。


 雪原の先、木立の影に、白い塊がいくつか見える。


「あれは……」


「あれが雪綿獣だ」


 想像していたよりも大きい。

 ずんぐりとした体を、雪をかぶった雲のような毛が覆っている。短い角の下で、黒く丸い目がこちらを見ていた。


 そのうちの一頭が、びくりと身を震わせる。

 襲ってくる気配はない。むしろ、こちらを恐れているように見えた。


「戻りましょう」


「いいのか」


「ええ。少なくとも、今の段階で雪綿獣を犯人と決めつけるのは早計です。領民には、そう伝えます」


 そして、もうひとつ。


 山の霊気が乱れている。

 それが雪綿獣を人里近くへ押し出している可能性がある。


 問題は、思ったより複雑そうだ。


 ……本当にこの領地、Super Hardモードの名に恥じない。

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