表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好感度マイナスの恋巫女候補に転移しましたが、領地だけは建て直します  作者: 御堂あゆこ
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/25

20. 食糧問題に、着手します

 その夜、しらたまは戻らなかった。


 村の外れ、祠の裏、倉庫の軒下、しらたまが気に入りそうな雪の積もった石垣の上。

 思いつく場所は、すべて探した。


 けれど、白い毛玉の姿はどこにもない。


 何度名前を呼んでも、返ってくるのは雪を踏む自分の足音だけだった。


 日付が変わるころ、清十郎さんに「これ以上は澄音様まで倒れてしまいます」と止められ、私はようやく足を止めた。


 眠れたのか、気絶したのかはわからない。

 ただ、目を開けたときには、窓の外が白く明るんでいた。


「……しらたま」


 呼んでも、部屋の中は静かだった。


 昨日の言葉を、なかったことにはできない。

 それでも、返事を待ってしまう自分がいた。


 身支度を整え、執務室へ向かう。

 病人の経過確認、備蓄の再計算、寒さへの対策。

 やることは山ほどある。


 感情は、後回しにできる。

 後回しにできてしまうことが、今は少しだけ嫌だった。


 執務室の戸を開けた瞬間、聞き慣れた明るい声がした。


「小鈴、だいじょうぶだよ。ぼく、神獣だからね!」


「ほんと? しらたまちゃん、昨日どこにいたの?」


「ひみつ!」


 部屋の中に、しらたまがいた。


 小鈴ちゃんのそばに座り、桃園さんに撫でられながら、いつも通りに胸を張っている。

 白い毛並みは乱れていない。声も明るい。少なくとも、ぱっと見ただけなら何も変わらない。


 無事でよかった。


 心からそう思ったはずなのに、胸がぎゅっと締め付けられる。


 私がどれだけ探しても、姿を見せてくれなかった。

 どれだけ呼んでも返事をしてくれなかった。


 けれど、桃園さんや小鈴ちゃんの前では、あんなふうに笑えるのだ。


 浮かんだ考えを、すぐに押し殺す。

 しらたまを傷つけたのは私だ。原因を作った私が、自分の痛みを主張するのは違う。


「しらたま」


 名前を呼ぶと、しらたまの耳がぴくりと動いた。

 けれど、こちらへ来ることはなかった。


「おはよう、澄音」


 声だけは、いつも通りだった。

 でも、私が一歩近づくと、しらたまはぴたりと動きを止めた。

 そして、さりげなく小鈴ちゃんの後ろへ回る。


 桃園さんが、心配そうに私を見る。


「澄音さん?」


「問題ありませんわ」


 問題はある。

 けれど、今ここで立ち止まっている暇はない。


 私は意識を切り替えるように、万象盤を取り出した。


「澄音さん、それは……?」


 桃園さんが、不思議そうに私の手元を覗き込む。


「記録用の盤ですわ」


 嘘ではない。

 少なくとも、領地の状態を記録しているのは確かだ。


「へえ……便利そうですね」


「ええ。便利ですわ」


 そう答えながら、盤面を見つめる。


 ……おかしい。

 表示が読めない。


「澄音さん、それ……逆さまでは?」


「……向きを確認していただけですわ」


「逆さまにして確認するんですか?」


「必要な場合もあります」


 私は何事もなかった顔で万象盤を持ち直した。


 盤面には、昨夜と同じ表示が残っていた。


【隠しイベント:謎の病の流行(停止)】

【状態:拡大停止】

【残課題:病人の体力回復/食糧不足/保存環境】


 病の拡大は止まった。

 けれど、削られた体力までは戻っていない。


 病人に必要なのは、休息と清潔な水。

 それから、身体に入れられるもの。


 食糧不足。

 やはり、そこに戻る。


「保存環境も課題ですわね。照りや……いえ、照国様の加護が薄い以上、自給にも限界がありますし」


「てりやき?」


 桃園さんが、恐る恐る確認してくる。


「言っていません」


「でも、いま……」


 私は、桃園さんの追及を聞こえなかったことにした。

 いつもなら、しらたまが真っ先に笑ってくれたはずだった。


「……ところで。この村の近くに、山羊がいると聞いた覚えがありますわ」


 私が呟くと、小鈴ちゃんがぱっと顔を上げた。


「山羊さんなら、村はずれにいるよ」


「小鈴ちゃん、場所がわかりますの?」


「うん。でも、近づいちゃだめって言われてる。野生だから、びっくりさせたらあぶないんだって」


 なるほど。完全に飼われているわけではないらしい。


「詳しいことを知っている方はいますか?」


「おとうなら知ってると思う!」


 小鈴ちゃんは、そう言って戸口の方を指さした。


「おとう、今、井戸のところにいるよ。聞きに行く?」


「お願いしますわ」


 私は万象盤を閉じた。

 病人のために使える栄養源があるなら、確認しない手はない。


 足りないものを数えているだけでは、何も増えない。


 ◇


 清十郎さんに話を聞いたあと、私たちは村外れの斜面へ向かった。


 山羊は、飼育されているわけではない。

 ただ、昔から村の近くに棲みついていて、刺激しなければ人を避けて暮らす、おとなしい獣なのだという。


 その山羊の群れが見える場所まで来たところで、清十郎さんが足を止めた。


「……おかしいですね」


 清十郎さんが眉をひそめた。


「以前は、もっと群れで動いていました。少なくとも、このあたりには十頭近くいたはずです」


 遠くの斜面に、痩せた山羊が三頭いる。

 どの個体も落ち着きがなく、何かを警戒しているように見えた。


「病や寒さで弱っただけ、という可能性は?」


「ないとは言えません。ただ、山羊は人より先に危険を察します。ああして固まっているときは、何かを怖がっていることが多い」


「外敵ですか」


 言いながら、私は周囲を見渡した。

 雪の上には、山羊の小さな蹄の跡がいくつも残っている。けれど、その一部が不自然に乱れていた。


 そのとき、少し離れた場所にいたしらたまが、ぴたりと足を止めた。


「……」


 呼びかけようとして、やめる。

 しらたまは私を見なかった。ただ、鼻先を地面へ近づけ、雪の影に隠れた何かをじっと見つめている。


「しらたまちゃん?」


 小鈴ちゃんが近づこうとすると、しらたまは短く首を振った。


 来ちゃだめ、というように。


 私は足元に気をつけながら、しらたまが見ている場所へ近づいた。

 雪の下に、赤黒い染みがあった。


 これは、血だ。


 そのすぐ横に、山羊のものではない大きな爪跡が残っている。

 雪を深く裂いた跡は、蹄では説明がつかない。


「……山羊同士の争いではありませんわね」


 清十郎さんの顔色が変わった。


「まさか、魔獣が……?」


「清十郎さん」


「はい」


「山羊が減りはじめた時期と、このあたりで目撃された魔獣の話を、できるだけ詳しく聞かせてくださいませ」


 風が、低く鳴った。

 北の森の奥で、何かがこちらを見ている気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ