19-2. 私が切り拓き、繋いでいたもの
「君があれと繋がったのは、偶然ではない」
その言葉に、こちらへ来る直前の白い空間がよぎった。
適性を問う、五つの質問。
それに答えたあと、最後に表示された文字。
――神獣契約、準備完了。
しらたまと繋がったのは、きっとあのときだ。
「君は、物事の本質を見る目を持っていた。だから神獣の力に引きずられず、あれの中に残った古い縁を見誤らずに済んだ。だが、それだけでは繋がれない」
氷冥の視線が、私の右手へ落ちた。
「神獣の主となるには、己を保つ芯がいる。あれは幼く見えても神獣だ。自分の軸を持たぬ者が繋がれば、縁を結ぶどころか、その縁に呑まれる」
私は無意識に、右手の指輪に触れた。
「君には、神にも世界にも委ねきらぬ矜持もあった。歪みから目を逸らさず、正面から確かめようとする性質もあった」
そこで、氷冥は一度言葉を切った。
「だが、あれが君に繋がったのは、力のためだけではない。君の中には群れに馴染みきれぬ孤独があった。主と名を失い、世の理から外れたあれは、君に同じ気配を見つけた」
「……孤独、ですか」
「孤独を知る者だからこそ、声にならぬ痛みに気づける」
氷冥は静かに言った。
「そして君は、与えられた未来ではなく、自ら選ぶことを望んだ。そのすべてが揃ったから、あれとの縁は結ばれた」
「……それで、私はどう受け止めればよろしいのですか?」
氷冥はすぐには答えなかった。
その沈黙が腹立たしくて、ずっと見ないふりをしていたものが、少しずつ言葉になっていく。
「私は、自分で望んでこの世界に来たわけではありません。帰れるかもわからない。なのに、気づけば役割ばかり増えていく」
答えは返らない。
「私は、いったい何を求められているのですか。答えてください、氷冥」
指先から温度が抜けた。
「名を呼ぶな」
「では、教えてください。氷冥」
彼の名を呼ぶたび、身体の芯が薄く削られていく。それでも、止める気にはなれなかった。
「君だけの問題ではない」
氷冥の声が硬くなった。
「……どういう意味ですの」
「あれは今、君を拠り所にしている。君の存在が揺らげば、あれの存在も揺らぐ」
「しらたまは神獣でしょう。私とは別の存在です」
「別の存在だ。だが、今は君と繋がっている」
「……もっと詳しく説明してください」
「かつて、あれは私の眷属だった。私の意志を地上に伝え、北の民と私を繋ぐ神獣だった」
氷冥は、遠い記憶をたぐるように目を伏せた。
「だが、やがて信仰は薄れ、私の力は衰えた。このまま繋いでいれば、私が消えるとき、あれも巻き込まれる」
「だから、縁を切ったのですか」
「そうだ」
守り石の前で、しらたまが氷冥の名を呼んだときのことがよみがえった。
――思い出したい。
あのとき、しらたまは確かにそう言っていた。
「記憶も、奪ったのですか」
氷冥は答えなかった。
否定しないのなら、そういうことなのだろう。
「勝手なことを」
自分の声が、低くなる。
「守るためだったと言えば聞こえはいいです。でも、あなたは何も知らせずに切り離した。名前も、主も、全部忘れさせて」
「そうしなければ、あれは私を探した」
「探してはいけなかったのですか」
「消えるものに縋れば、共に消える」
「それでも、あなたのそばにいたいと望む権利は、あの子にもあったはずです」
氷冥は、否定しなかった。
「私も、こちらの世界に来るときに、選んだつもりではありましたわ。けれど、何を選ばされていたのかまでは知らされていませんでした。あの問いに答えた結果、神獣との契約が結ばれるなど、誰が想像できますの」
言葉にして初めて、自分が何に傷ついていたのかが形を持った。
「しらたまはそれすら許されなかった。あなたのそばにいるか、忘れるか、探しに行くか。何ひとつ、自分で選べなかったのでしょう」
「……そうしなければ、あれは消えていた」
「それは、あなたの意思ですわ。しらたまがどうしたかったのかまで、あなたが決めていいはずがありません」
氷冥は苦しげに目を伏せた。
彼もまた傷ついているのだとわかった。けれど、だからこそ余計に許せなかった。
痛みを知りながら、しらたまの気持ちを置き去りにしたのだ。
「私が間違えたら、領民だけでなく、あの子まで消えてしまうかもしれないなんて」
しらたまの顔が浮かんだ。
名前をつけたとき、ぱあっと輝いた大きな瞳。私が倒れそうになるたび、慌てて寄ってきた温もり。
――しらたまが消える。
その可能性を考えるだけで、自分の手が氷のように冷えていく。
「……重いのです。私は、そんなに強くありませんわ」
そのとき、入口で小さな物音がした。
振り返ると、戸の隙間に白い毛が見える。
「しらたま……?」
白い毛玉が、そこに立っていた。薄青の瞳が、大きく見開かれている。
「……ぼく、氷冥の眷属だったの? そんな大事なこと、忘れてたの?」
「しらたま、今のは――」
一歩近づくと、しらたまは後ずさった。
「澄音も、重いって思ってたの?」
「違いますわ」
「でも、言ってた」
しらたまの声が震えた。
「ぼくがいると、澄音まで大変になるんでしょ」
すぐに否定しなければならないのに、言葉が遅れた。
違う。重いのは、しらたまではない。
「じゃあ、ぼくは迷惑かけてるの?」
小さな声が、床に落ちた。
「氷冥に捨てられて、澄音に重いって思われて……ぼく、いらないの?」
「違います!」
今度ははっきり声が出たけれど、遅かった。
しらたまは身をひるがえし、倉庫の外へ駆け出した。
「しらたま!」
追いかけようとして、足元がぐらつく。それでも戸口まで走った。
外はもう薄暗い。北領地の冷たい風が、地面の霜を細かく舞い上げていた。
白い毛玉が、路地の向こうへ消えていく。
「しらたま!」
返事はなかった。
さっきまで、自分はいなくてもいいのではないかと思っていた。
それなのに、私は今、その痛みをしらたまにも味わわせてしまった。
――しらたまに、いなくなってほしくない。
ようやく、ぐちゃぐちゃになった感情の中で、その気持ちだけが確かなものになった。
6月後半は少し立て込んでいるため、次回更新まで少し間が空きます。
ごめんなさい…(´;ω;`)
遅くても7月初めには再開できる見込みです。
物語は引き続き進めていきますので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。




