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好感度マイナスの恋巫女候補に転移しましたが、領地だけは建て直します  作者: 御堂あゆこ
第3章

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18. 当て馬キャラですらなく、モブだった私

「……反論はしないのだな」


「事実は事実ですもの」


 口から出た声は、自分でも驚くほど静かだった。


 その静けさを破るように、慌ただしい足音が響いた。


「彩葉様……!」


 振り向くと、倉庫の入口に疲れ切った顔の女性が立っていた。病人の看病に回っていた人の一人だろう。

 腕には幼い子を抱き、隣には痩せた少年が寄り添っている。その後ろには、不安そうに様子をうかがう村人たちの姿もあった。


 女性は私ではなく、彩葉の方を見ていた。


「お願いでございます。どうか、どうか少しだけでも、食べるものを……」


 彩葉は驚いたように目を見開き、それからすぐに駆け寄った。


「大丈夫ですか? お子さん、顔色が……」


「熱は下がったんです。でも、ずっとろくに食べられていなくて……もう食べさせられるものが、何もなくて」


 女性の声が細くなる。


「せっかく熱が下がったのに、このままでは飢えで弱ってしまいます」


 わかっていた。


 病を止めても、食べ物がなければ人は弱る。

 だから次は、食糧確保と配給の見直しだと考えていた。


 けれど、この人が助けを求めたのは、私ではなかった。


「照国様……」


 彩葉が振り返る。


「何か、できませんか?」


 照国は彩葉へ答える前に、ほんの一瞬だけ私を見た。


 何も言われていない。

 けれどその視線に、責められているような気がした。


 神に願えばよかったのに。

 なぜ、最初からそうしなかった。


 そんな声が、胸の内側で勝手に形を持つ。


 照国が片手を上げると、倉庫の中に朱金の光が広がった。冷えきった空気に、ふっとぬくもりが差す。

 光は彼の掌へ集まり、やがて白い湯気を立てる一椀の粥へと変わった。

 やわらかく煮えた米粒の間に、淡い金色の光がほどけている。


 女性が息を呑んだ。


「神様が……食べ物を……」


「長くは保たぬ。冷める前に食べさせてやれ」


 照国の声は淡々としていたが、器から立ちのぼる湯気は、ひどくやさしかった。


 彩葉が器を受け取り、子どもの口元へ運ぶ。


「少しずつでいいですからね」


 子どもは最初、ぼんやりとした顔をしていた。けれど、ひと口飲み込むと、ゆっくり目を開いた。


「……あったかい」


 その声を聞いた瞬間、女性の目から涙がこぼれた。


「ありがとうございます……ありがとうございます、彩葉様、照国様……!」


 入口の外で様子をうかがっていた村人たちが、ざわめいた。


「食べ物まで……」


「神様の恵みだ」


「彩葉様が願ってくださったんだ」


「照国様。今みたいに、他の方にも食べさせてあげられませんか? 私も祈りますから!」


「却下だ」


 照国の返事は早かった。


 彩葉がびくりと肩を揺らす。


「この地は霊気が薄い。今のような食物を大量に生み出せば、土地の霊気を削る。足りぬ分をお前が祈りで補おうとすれば、今度はお前の身体がもたぬ」


「でも、少しでも食べられたら、助かる人がいるんです」


「ならばなおさら、無茶をするな。霊気を使い果たして倒れれば、救えるものも救えなくなる」


 照国の声は厳しかった。

 けれど、彩葉を責めているわけではない。むしろ大事にしているから止めているのだと、嫌でもわかった。


 彩葉は唇を噛み、それでも器を握る手に力を込めた。


「では、今すぐ必要な方だけでも……」


「それならば構わぬ」


 照国が再び光を集める。


「水分を取れていない者を先にしろ。衰弱が強い者には、薄くしたものを少しずつだ」


 私は口を開きかけて、やめた。

 照国の指示は、私がこれまで病人たちを見ながら考えていたことと、ほとんど同じだった。

 けれど今、それを告げたのは、私ではなく照国だった。


 彩葉は素直に頷き、村人たちに声をかける。


「重い方から順番にしましょう。小さい子と、起き上がれない方を先に。皆さん、案内してもらえますか?」


 村人たちが、次々に動き出した。


「こっちです、彩葉様」


「うちの母も、まだ食べられていなくて……」


「赤ん坊を抱えた家があるんです」


 彩葉の周りに、人が集まる。


 私が同じことを言っても、きっと、こうはならなかった。


「しらたま」


「うん?」


 足元にいた白い毛玉が、こちらを見上げる。


「彩葉さんたちについて行ってくださいませ」


「えっ」


 しらたまの耳がぴんと立った。


「ぼくは澄音の補佐だよ?」


「ええ。だから、補佐としてお願いします。村の道は入り組んでいますし、まだ体力の戻っていない方も、あなたの方が把握していますわ」


「でも、澄音は?」


「私は倉庫に残ります。食べ物を出していただいても、備蓄の問題は残っています。食糧の確保と、今後の配給を見直す必要がありますから」


「それは、そうだけど……」


 しらたまは不安そうに私の足元へ近づいた。


「澄音、顔色あんまりよくないよ」


「問題ありませんわ。……しらたま、お願いします。今は、私よりもあなたを必要としている方たちがいます」


「……澄音」


「これは、あなたにしか頼めないことです」


 その言葉に、しらたまの青い瞳が揺れた。

 迷って、迷って、それから小さく頷く。


「わかった。でも、すぐ戻るからね」


「ええ。お願いします」


「ほんとに、すぐだからね」


「わかりましたわ」


 しらたまは何度もこちらを振り返りながら、彩葉の方へ駆けていった。


「彩葉! こっちの家から行った方がいいよ。赤ちゃんがいる!」


「ありがとう、しらたまちゃん!」


 しらたまが先導するように駆け出し、彩葉は食事の入った籠を抱えてその後を追った。

 照国も彩葉の隣に並び、村人たちもほっとした顔で続いていく。


 やがて足音が遠ざかり、倉庫には私だけが残された。

 さっきまで人の気配で満ちていた場所が、急に広く感じる。


 私は帳簿を開いた。

 使える袋と隔離した袋の数を確かめ、一日に必要な配給量を計算する。病人に優先して回す分と、照国の加護で一時的に補える人数も書き出した。


 数字は、きちんと並んでいく。

 計算もできる。やるべきことも、わかっている。


 それなのに、次の一行を書こうとして、手が止まった。


 ……私一人いなくても、この世界は続くのかもしれない。


 彩葉がいれば、神々は力を貸す。

 照国が手をかざせば、温かい食べ物が生まれる。

 村人たちは、安心した顔で彼女についていく。


 私が汚染を止めたことにも、意味はあったのだと思う。

 帳簿をつけ、原因を切り分け、配給を見直すことにも。


 でも、それは私でなければならなかったのだろうか。


 前の世界でも、私の代わりはいた。

 UI設計も、挙動調整も、数値表示の最適化も、誰かが引き継いでしまえば仕事は回る。

 家族だって、妹がいればきっと困らない。


 ここでも同じなのかもしれない。


 それなら。


 私がここにいる意味は、何だろう。


 右手の人差し指が、ひやりと冷えた。

 孤心の指輪が、いつもより冷たく感じる。


 協調性にマイナス補正。

 好感度は上がりにくい。

 恋愛イベントは、ほぼ発生しない。

 神に助けを求めても、成功率は一桁。


 ……本当に、Super Hardにもほどがある。


 笑おうとしたのに、喉の奥が詰まった。


「……私が」


 口にした途端、ずっと目を逸らしてきた考えが、形を持ってしまった。


「私がいなくても、誰も困らないのかもしれませんわ」


 そのとき、倉庫の奥でかすかな冷気が揺れた。

 床下の守り石のあたりから、薄青い光が一度だけ瞬く。


「君は、数えるものを間違えている」


 振り向かずとも、その声が誰のものかはわかった。

澄音、自己肯定感がだいぶ迷子になっていてすみません。

でも大丈夫です。作者が一番「幸せになれ」と思っています。

早めに救出できるよう頑張りますので、引き続きお読みいただけると嬉しいです!

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