16-1. 正ヒロインは、奇跡を起こす
彼女は、こちらに気づくと、ぱっと表情を明るくした。
赤茶の髪をふわりと揺らしながら、駆け寄ってくる。頬には血色があり、瞳はきらきらと輝いていた。北領地の冷たい空気の中でも、彼女の周囲だけ春の日差しが差しているみたいだった。
後ろに立つ照国の存在感も相まって、少し眩しい。
「お久しぶりです、澄音さん。あの、急に来てしまってすみません」
「……いえ。こちらこそ、遠いところをようこそお越しくださいました」
口から出た言葉は、いつものお嬢様仕様だったが、内心では、どう受け止めるべきか判断しかねていた。
彩葉は胸の前で両手を合わせ、少し照れたように笑った。
「南領地のほうが、ひとまず落ち着いたんです。照国様たちのお力もあって、霊気も巡るようになって、村のみなさんも笑顔が増えて……」
照国が満足そうに目を細めた。
「彩葉はよくやった。南領地は、着任から一週間足らずで初期達成条件を満たしている。民の幸福度、霊気循環、治安、資源、そして神々との親和。いずれも申し分ない」
初期達成条件。
頭の中でゲームの記憶が起動する。
領地育成フェーズにおける序盤の到達ライン。
霊気循環の安定。
領民の幸福度の一定値突破。
治安と資源の最低ライン確保。
神々との親密度上昇。
そこを越えると、その領地はひとまず自走できる状態に入る。
もちろん最終評価は別にある。けれど、序盤の失格リスクは大きく下がる。
着任から一週間足らず。
その間、こちらは領地の現状を把握し、問題の優先順位をつけるだけでも手いっぱいだった。
一方で、南領地はもう初期達成条件に到達している。
なるほど。もう勝利は見えている、と言いたいわけだ。
彩葉はそんな私の内心など知るはずもなく、まっすぐな目でこちらを見る。
「それで……北領地は大変だって聞いたので、私にも何かできないかなって思ったんです」
悪意はない。それはわかる。
彩葉は本当に、北領地のことを心配している。私を追い詰めようとしているわけでも、自分の優位を見せつけようとしているわけでもない。
ただ、南領地で成功したから、余裕ができたから、困っているこちらへ手を差し伸べに来た。それだけだ。
「お気遣い、ありがとうございます」
私は静かにそう答えた。
彩葉はほっとしたように笑った。
「よかった。澄音さん、きっと一人で頑張りすぎているんじゃないかと思って」
一人で頑張りすぎている。
その言葉は、たぶん優しさだ。
けれど、胸の奥に小さな棘みたいに刺さった。
「ご心配には及びませんわ。北領地には北領地の状況があります。まずは、現状をご覧いただいた方が早いかと」
そう言うと、彩葉は力強くうなずいた。
「はい。私、できることなら何でもします!」
その言葉に、照国が柔らかく微笑む。
「彩葉らしい。己の領地が整えば、次は他者を思いやる。愛とは、そうして広がるものだ」
私は黙ってその言葉を聞いた。
愛。またそれか。
北領地の空気は冷たい。倉庫にはまだ異常の痕跡が残り、病人たちは回復途中で、食糧不足も解決していない。
けれど、今この場には、南領地を早々に安定させたヒロインと、その成功を祝福する神々がいる。
この世界はたぶん、彼女の方を正解と呼ぶ。
いや、元の世界でも同じだ。
明るくて、素直で、誰かに頼ることも、手を差し伸べることもためらわない人。そういう人の方が、多くの場所で受け入れられる。
毎回1話が長くなりがちなので、今回は2回に分割します。
後半は本日午後にアップします(*- -)(*_ _)ペコリ




