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好感度マイナスの恋巫女候補に転移しましたが、領地だけは建て直します  作者: 御堂あゆこ
第3章

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15/25

15. 守り石の再起動と、好感度MAXの来訪者

 少し休んだあと、私は昼前に倉庫へ向かった。


「確認だけだからね。走らない。無理しない。倒れない」


「最後だけ、約束できかねますわね」


「そこが一番大事なの!」


 しらたまに念を押されながら外へ出ると、冷たい空気が頬に触れた。


 倉庫の前には、昨夜のうちに分けられた米袋が積まれていた。入口側には使えそうな袋。壁際には、湿って傷んだ袋。混ざらないよう、間に木箱まで置かれている。


 清十郎さんのそばには、辰蔵さんも立っていた。今朝、白湯を持ってきたときと同じように、どこか居心地悪そうな顔をしている。


 倉庫の奥へ目を向ける。昨夜、氷冥が立っていた場所には、もう銀の気配はなかった。守り石は静かに沈黙している。


「……氷冥は、まだ戻っていませんのね」


「うん。あのあと、急に気配が消えちゃって……ずっと探したんだけど、どこにもいなかったの。消えたわけじゃないと、思う。思うけど……」


 その声が小さく沈んだので、私はそれ以上追及しなかった。

 今は、できることから進めるしかない。


「清十郎さん、辰蔵さん。米以外で、日々の食事に回せるものはありますか」


「畑は痩せておりますし、すぐには難しいかと」


 清十郎さんが考え込む横で、辰蔵さんがぼそりと言った。


「……昔は、山羊を飼ってた」


「山羊?」


「ああ。乳をそのまま飲んだり、固めて水気を抜いたり、塩をまぶして日持ちさせたりしてたらしい。冬の食い物になったんだと。俺が子どものころには、もう数は減ってたが」


 清十郎さんも、思い出すように頷いた。


「山羊は今も村外れに数頭おりますが、山羊の数も、人手も足りません。乳が取れても、昔のようには保たないのです」


「理由は、わかりますか」


「すみません、はっきりとは……。作れる者が減ったこともありますし、道具も昔ほど揃っておりません」


 清十郎さんはそこで言葉を切り、沈黙する倉庫へ目を向けた。


「ただ、ここ数年は、何を置いても傷みが早いように感じます」


 もし昔と同じように加工してもすぐに傷むようになったというのなら、原因は何だろう。

 仮に食糧を確保できたとしても、保存できなければ意味がない。


「少し、守り石の状態を見ますわ」


 倉庫へ足を踏み入れると、しらたまが慌てて前に回り込んだ。


「確認だけ! 本当に確認だけだからね!」


「ええ。確認だけですわ」


「その顔、確認だけで終わらない顔なんだよぅ」


 守り石は、昨夜より静かだった。黒い淀みはもう見えない。けれど、霊気の流れは細く、頼りない。


 そのとき、空気が冷えた。

 守り石のそばに、銀の輪郭が淡く結ばれる。


「氷冥!」


 しらたまが弾かれたように声を上げた。


「どこにいたの!? 急に気配が消えたから、ぼく、ずっと探して……!」


「消えてはいない」


 氷冥は静かに答えた。けれど、しらたまへ向ける目元だけは、少しやわらかい。


「……不安にさせたな」


「……うん。不安だった」


 しらたまは小さく頷いて、それから氷冥の足元にぽすんと額を押しつけた。


「ぼく、毛が抜けるくらい心配したんだからね」


 氷冥はしばらく黙っていた。


 やがて、白い毛玉の上に、そっと手を置く。撫で方はどこかぎこちなく、ほんの数度、毛並みに沿って指が動いただけだった。


 それでもしらたまは、文句を言うのを忘れて、気持ちよさそうに目を細めた。


 そのやり取りを見て、胸の奥に小さな引っかかりが生まれた。


 ……いや、今は感傷に浸っている場合ではない。保存庫。食糧。病人。タスクは山積みだ。


 私は守り石へ視線を戻した。


「ところで、氷冥」


「何だ」


「今、守り石から現れたように見えましたが……もしかして、そこにお住まいですの?」


 しらたまが、きょとんとした顔で氷冥を見た。


「氷冥、ここに住んでるの?」


「君たちが知る必要はない」


 それ以上は答える気がなさそうだった。

 なら、追及しない。何かを隠しているのか、説明できないのかはわからないが、少なくとも今必要な情報ではないと判断した。


「では、別の質問です。近ごろ、この倉庫に置いたものが傷みやすかったそうです。もしかして、この石と関係がありますか」


 氷冥の薄青い瞳が、守り石へ向いた。


「ある。……この石は、かつて蔵の中のものを留める役目を持っていた。崩れやすいものを、急に崩れぬよう押し留める力だ」


「保存に近い働き、ということですの?」


「人の言葉で言えば、そうなる」


 氷冥は、わずかに目を細めた。


「だが、長く放置され、昨夜までは異物に食われていた。核を断った今も、石に残った力はまだ弱い」


 なるほど。


「では、その残った力をどうやったら補えますか」


「守り石を、蔵を保つ道具として扱う気か」


「守り石を軽んじるつもりはありません。けれど、今は使える力をひとつでも見落としたくありませんわ」


「使える力、か」


「はい。ただ祈って待つだけで食糧が保たれるなら、今ごろ祈祷の手順書を作って全戸に配っておりますわ。ですが、そんなにうまい話ではございませんわよね?」


 しらたまが、ぷっと吹き出した。


「澄音、祈りまで業務化する気だ」


「効果があるなら、当然ですわ」


 氷冥は表情を変えなかった。けれど、ほんのわずかに目を細めた気がした。


「これは便利な道具ではない。だが、残った力を通し直すことはできる」


「それは、どうすればできますの?」


「人の心と手が要る。人が忘れず、気にかけ、ここを守る場所だと扱うことで、力の通り道が戻る」


「……つまり、本当に祈祷の手順書が必要ですの?」


「澄音の出番だ!」


 しらたまがぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「違う」


 氷冥が短く否定した。


「その気持ちを、行動に移さねば何も変わらない」


 行動に移す、か。


 私はその言葉を、頭の中で実務に置き換えた。


「わかりました。村の方々が続けられる形を考えますわ」


 まずは、守り石のまわりを掃除するところから始めた。


 灰、湿った藁、古い木片。そういうものをどけ、床板の隙間に溜まった土を払い出す。食糧が入った袋は床に直置きしないよう、木箱と板の上へ積み直した。


 氷冥が守り石に手をかざすと、淡い青白い光が石の内側を走った。倉庫にこもっていた湿り気が、少しずつほどけていく。


「……空気が、軽くなりましたわね」


「あくまで応急処置だ。再び人が忘れ去れば、また淀む」


「承知しましたわ」


 しらたまが、守り石の前で胸を張った。


「つまり、今日からぼくたちは守り石のお世話係だね!」


 ◇


 翌朝から、私たちは守り石や倉庫のまわりを点検するようになった。祠の埃を払って磨き、倉庫の換気をして掃除をする。

 しらたまは毎回、守り石の前でぴしっと前足を揃えた。祈っているつもりらしい。


「氷冥、今日もよろしくね」


「これは祈りではありません。点検ですわ」


「はいはい、点検点検」


 最初に私たちの真似をし出したのは、小鈴ちゃんだった。次に、清十郎さん一家が自然に守り石に手を合わせ、その後ろで辰蔵さんがそれに倣うようになった。


 村全体の私に対する警戒が消えたわけではない。それでも、確認のために倉庫番たちが、直接私に報告や相談に来るようになった。


 数日が過ぎた夕方、万象盤が淡く光った。


【隠しイベント:謎の病の流行(停止)】

【汚染源:特定済】

【汚染核:切断済】

【配給停止:回避】

【領民死亡:0】

【状態:拡大停止】

【残課題:病人の体力回復/食糧不足/保存環境】


 ひとまず、最悪の流れは止めたらしい。


 続いて、表示が切り替わる。


【好感度】

 照国:-20

 津々巳:-9

 伊主那:-9

 氷冥:3


「……え」


 氷冥まで出るの?


 攻略対象欄に混ぜていい存在なのか、仕様書を確認したい。


 さらに下へ文字が流れる。


【参照:南領地/桃園彩葉】

 照国:100(MAX)

 津々巳:74

 伊主那:67


「……一週間で好感度が上限値になるなんて、どういうことですの」


 思わず呟いた瞬間、村の入口の方で強い光が弾けた。

 朱金、藍、深緑。三つの神気が、北領地の冷えた空気を押し広げる。


 その中心で、赤茶の髪を揺らした少女がこちらを見た。


「澄音さん!」


 桃園彩葉。


 その背後には、照国、津々巳、伊主那の姿があった。


 ……好感度MAXのヒロインが、攻略対象全員を引き連れて乗り込んできた。


「また未知の隠しイベントですの?」

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