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妖精の森、時は巡りて  作者: たろんぱす


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赦しを待つ夏4

※流血シーンがあります。ご注意下さい。苦手な方はご遠慮下さい。



 襲ってきた連中は統率が取れていて、まるで訓練された兵士の様な集団で、俺たちは成すすべなく逃げ、殿を勤めた俺を含めた数人が捕まり、違う場所へと連れて行かれた。


「おら、お前たちは今日からここで働け」


 連れてこられたのは国境沿いの紛争地帯だった。

 来る日も来る日も雑役をさせられる日々。周りは同じく襲撃を受けて傭兵から身を崩したという男達だらけだった。


「何で傭兵ばかり」

「聞いた話によると、この国はいよいよダメみたいだな」


 その中でもウマの合うデュークという男とよく話すようになった。北方の傭兵団に所属していたが、依頼中に俺らと同じように襲われてここに連れて来られたらしい。北方特有の色素の薄い金髪とグレーの瞳の背の高いヤツなのだが、話が上手く、色々な奴と雑談しては情報を集めてきた。


「最近負け続きだろう? そんで褒賞や下賜する土地がなくなったんだ。上層部は隣国と取引をして自治権を認める属国としての立ち位置を手に入れたいらしい。それなのに手柄を上げちまう傭兵が邪魔ってわけだ」

「それじゃあまさか、国中で傭兵を攻撃してるのは……」

「国兵だろうな。若しくはそれに賛同する貴族の領兵。俺達は逃げないと死ぬまでここでコキ使われるぜ」


 ハッとした。デュークは逃げるつもりなのだ。

 エラは出発前に「今の情勢なら」と口にしていた。間違いなくこの国動きを把握していたはずだ。


(話を聞かなかった俺は大馬鹿野郎だ)


「今一緒に脱走する奴らを集めている。お前も行くか?」

「行く」


 脱走に迷いはなかった。

 従順に日々を過ごし、機会を待って過ごした。ここでは誰かが毎日死んで、誰もが疲弊していく。ストレスが溜まるのは捕まった奴らばかりじゃない。見張りの兵士達もかなりピリピリしている。


 機会は、ここに来て一年たつ少し前にやってきた。


「明日、最寄りの村で新年の祝祭が行われるらしい」


 夜中、雑魚寝小屋の片隅に集まる俺たちに、情報収集が上手いデュークが切り出した。


「息抜きに、それに参加するという兵士が少なからずいるみたいだ。特に責任者の兵士が参加する確率が高い。だから……」

「明日決行って事だな」

「ああ」


 次の日、夕方前に兵士が建物から出ていくのを慎重に数えた。


(半数は出たな)


 俺達は作戦を決行し、逃げ出した。脱走のメンバーじゃなかった奴らも、それに触発されて飛び出し、脱走は大規模になった。元々傭兵だった奴らがほとんどで、走る、戦うはお手のものだ。

 兵士達が連携を発揮する前に、とにかく走って逃げた。捕まって罰を受ける者も居るだろうが、自分の事だけを考えて、ひたすら走った。


 捕まっている間、ずっと考えていた。

 俺はどうしてエラの言うことをもっとちゃんと聞かなかったのだろう。

 傭兵団の団長としてのプライドと責任があった。仲間を引き連れて何度も死地を潜り抜けた自信もあった。この依頼に問題があっても、俺達なら切り抜けられる。経験が、危機感を鈍らせた。

 そういうものがエラの言葉をきちんと聞かなかったことに繋がったのかもしれない。


(エラ、すまない。絶対君の下に帰るから。君のところに帰りたいんだ)


 逃げた後はしばらく野山に潜伏し、真冬直前に町に潜り込んだ。下働きとして雇ってくれるところを探し、冬を超えてから、町を出てトレック村を目指した。歩いて、時に兵士から隠れながら、帰り着く頃には更に半年も経っていた。


(ここまで来た……! この森を抜ければやっと)


 やっと帰って来れたんだ、と逸る心を抑えて森の入り口から入る。だが少し歩くと森の外へ出ていた。


「え?」


 再び試すも、気がつくと森の外にいる。


(どうして)


『追い出されちゃうよ』


 そうだ。村に来た頃聞いた、子供の声。

 きちんと妖精に認められなきゃ追い出されちゃうよと、そう言われた。


(追い出された……?)


 森の入り口に立ち尽くしていると、背後から声をかけられた。


「あんた誰だ? 何か用か?」


 振り返ると見覚えのある男だった。確か。


「……トーマス?」

「ん? えっ! まさかフィンさんか?」


 髭は伸び放題、薄汚れて服はボロボロ。一目で分からないのも無理はない。


「ああ、ちょっとトラブルがあってやっと帰って来れたんだが、村に入れなくて」


 そういうとトーマスは痛ましそうに顔を歪めて首を振った。


「森に入れないなら、もう俺にはどうしようもできないよ」

「そんな……! エラは? エラが待ってるのに」


 トーマスは目をきつく閉じた。


「奥様は、亡くなったよ」

「は?」

「去年の秋の事だ。奥様、妊娠してたんだ。だけど出産の時に血が止まらなくて、そのまま……」


 エラが死んだ。

 ガクリと膝から力が抜けてへたり込んだ。

 嘘だ。そんなの嘘だと言ってくれ。


「一緒にいた、あの黒髪の子供達は……?」

「森のお客様は奥様がお亡くなりになった後すぐお帰りになったようだよ。それから産まれた子だけど……」


 俺はばっと顔を上げた。子が無事なのか!?


「チェンジリングにあった」

「チェ……?」

「村長の奥さんを中心に村の女達で順番に面倒をみていたんだが、ある日少し目を離した隙に泥人形と入れ替わっていたそうだ。俺も一目見たけど、フィンさんにそっくりな髪色の可愛い赤ちゃんだったよ。残念だけど……」


 理解が追いつかない。

 俺はふらりと立ち上がり歩き出した。


「フィンさん!?」


 これからどこに行こう。どうやって生きていこう。

 エラが死んだ。子供が消えた。

 最後に何を話しただろう。


『俺だって別に素人じゃないんだ。上手くやってくるさ』


 そうだ。そんなクソみたいなプライドで、せっかく心配してくれたエラに苛立ったんだ。


「エラ、エラ……」


 エラごめん。俺がバカだった。

 エラお願い。帰ってきて。


 お願いだから。

 もう間違えないから。

 大事にするから。




「エラ……」




 俺は独りだ。


 無気力にふらついていて、ゴミ溜めに転がっていた俺は、気がつけば再び戦線へと送られていた。町の治安維持の一環として浮浪者を集めて、まとめて送りつけられたみたいだ。


(どうでもいい)


 防具はなく、鈍らの剣だけ持たされて戦線へ放り出される。長年の傭兵生活で染みついたのか、無意識でも体が動いて敵を倒そうとする。

 防御なんてしない。ただただ前へ。それしかないから。切りつけて、血を浴びて、血を出して。

 だけど不思議なんだ。心が痛すぎて、体は全然痛くない。痺れるような動き難さだけ。


 そんな闘い方は長くは続かず、力尽きた俺は地に倒れた。辛さなんてない。安堵が胸に満ちる。

 やっと終われる。

 やっと、エラに会える。


「エラ……」


 声を出したのなんて久しぶりで、ひどく掠れた。

 あとは死ぬだけ。

 空虚な喜びに支配された意識の前に、誰かが立つ。


「やっと見つけた」


(誰だ?)


 男の声だ。シュリン、と剣を抜く澄んだ音がする。いい剣の音だ。視線を男の顔に向ける。酷く冷たい視線が印象的だった。


「エラに侘びながら死ね」


 ドス、と剣が腹を貫いた。口から血が溢れる。体中から熱が逃げて地面と同じ温度になっていく。


 俺を殺した男は、黒髪で緑の瞳だった。






「っはあっ!?」


 喉に詰まった息を一気に吐き出す。

 びっしょりと冷や汗をかいたシャツをパタパタと捲ってから額を拭った。


(なんだ?)


「あ、寝てやがりますね。人に御者させてー」

「え?」

「昨夜はミランダちゃんと過ごして夜更かしして眠いんでしょ」

「ジャック?」

「そうですよ。寝ぼけすぎですって」


 辺りを見回す。深緑を透かした柔らかな木漏れ日が自身に降り注ぐ。


「森の中……?」

「村は森の中にあるそうですよ」

「森の中に入れただと?」

「本当、どうしちゃったんです? 団長」


 俺は荷車から飛び降りて森の中を走った。


「あっ!? 団長ー!」


 頼りない木の柵と門代わりの木枠、広場、すれ違う子供達。向かいから来る、揺れる茶髪に輝く若草色の瞳。


「エラ!!」

「きゃっ!?」


 俺はエラの両脇に手を差し込んで抱き上げてくるくる回って、そのまま抱きしめた。


「エラ……」


 その襟元に顔を埋めて息を吸う。温かさと覚えのある石鹸の香りが生きていると教えてくれる。

 じわりと涙が、次から次へと溢れて止まらない。

 よくわからないが、戻っている。時が、家に、戻っている。

 エラは凄まじい勢いでバシバシと肩を叩いてきた。


「ちょっと、一回離して下さい! 離して!」

「やだ。無理。エラ……」


 エラは諦めたように脱力して、ポツリと言った。


「新しい領主様、でお間違いないですよね? ……もしかして貴方、妖精に悪戯されました?」


 俺の体がギシリと強張ると、エラはイラついようにため息をついた。


「悪戯、っていうのか? わかんない、わかんないけど……怖かった」


 怖かった。

 そう言うと益々涙が溢れてきた。

 そう、それはとても。本当に、怖かった。怖くて怖くて堪らなかった。


「うっ……うう、ぐすっ。うっ、うっ」

「えっ!? 泣いているんですか? ええっ!? ど、どうしましょう?」

「げぇっ!? 団長が泣いてるぅっ!? 気持ち悪っ!」


 困惑するエラを抱きしめたまま泣く俺を見て、いつの間にか追いついたジャックがドン引きしていた。

 俺はジャンクに向かって手を出す。


「ジャック、婚姻届」

「あ、ああはいはい、えーと」


 エラを離せないのでそのままサインし、エラにペンを手渡してから後ろから抱き付く。

 エラは変な顔をしながらもサインしてくれた。


「じゃ、じゃあ俺はこれを代理で教会に提出すればいいんですよね? お幸せに〜」


 奇妙な俺から距離を取りつつ、ジャックは素早く去っていった。

 暫し沈黙の後、エラはえーっと、と口を開いた。


「あの旦那様、ご挨拶させて欲しいのですが」

「うん、このままでして」

「一度離して」

「……」

「は、な、し、て」


 渋々離すと、エラは振り返って長いスカートを持ち上げて膝を折った。俺なんかに花開くように優雅で美しい礼を取る。前も確かに美しかったが、こんなに美しかっただろうか。輝きが増している気がする。いや気のせいではない。


「改めまして、貴方の妻となりましたエラ・ランパードと申します。どうぞよろしくお願いします」

「よろしくお願いするのは俺の方だ。俺はどうしようもない大馬鹿者だが、どうか捨てないで欲しい」


 そうしてエラの両手をギュッと握ると、一度おさまった涙が再び溢れた。

 エラの表情は同情のような、怒りのような、複雑な顔をしていた。


「貴方が大馬鹿者かどうかは知らないわ。だけどどうしようもないことをしたら叱ってあげるから、泣かないの」


 エラはいつも俺に対して一線を引いていた。その原因は俺が彼女を傷つけたからで、俺が悪いのだが、敬語じゃなくてもいいと言っても止めてもらえなかった。

 だが今俺の情けない姿を見て、エラも素の姿を出していた。なんか嬉しい。


「ふ、ふふ。うん。叱ってくれ」


 そして手を繋いで歩く。エラは前と同じように村の案内をしてくれた。途中子供達とすれ違い、村ならではの忠告を受け、今度は真摯に受け止める。

 平和な村でエラの声を聴く時間は心地よかった。


「そろそろ領主邸へご案内しますね」

「ああ。……あの、ユーゲリウス殿に挨拶をしたいのだが」

「っ! 祖父はひと月ほど前に他界しておりまして」

「うん、だから墓に案内してくれ」

「……わかりました」

 

 以前は結局行くことはなかった。いつでも行けると思うと人は行かないものなのだなと思う。

 エラは北の森へ徐に入り、ずんずん進んだ。途中野花を二輪摘み、更に奥へ進むと墓地はあった。

 森の木を避けるように大小様々な石が木と木の間に置かれている。石はいずれも苔むしていて、年代を感じる。そんな中黒く大きい石だけは苔が無くつるりと綺麗だった。その前でエラが止まる。


「この黒い石が祖父の墓石です。宜しければこちらをどうぞ」

「ありがとう」


 エラが途中で摘んだ花を一輪手渡してくれる。俺は礼を言って受け取り、花を手向けた。


(ユーゲリウス殿。貴方はどんな領主だったんですか。妖精がいるなんてそんな村とどう上手く付き合っていったんですか)


 一度過ぎ去った時間が重石のようにのしかかる。同じ失敗はしない。

 覚悟を決める俺の背後で、エラはポツリポツリと語った。


「貴方が、妖精の悪戯で何を見たのかは聞きません。ただ、気にし過ぎないで下さい。この森の妖精は森を守る為に人を利用しているのです。とても性悪で、悪質です」


 振り返り下からエラを見上げる。鼻の先を赤くして、泣くのを我慢しているような、怒りを抑えているような。


『貴方、妖精に悪戯された?』

『何を見たのかは聞きません』


 君はすぐわかってたね。

 聞かれたくないことがあるのか。


 悪戯をされたのは俺だけじゃないんだ。

 ずっとあった違和感がやっと晴れる。

 どうして村に来たばかりのエラがこんなにも村の風習を守っているのか。馴染んでいるのか。


(だから、だったのか)


 独りは好きじゃない。

 だから彼女を独りにしてはいけない。


 立ち上がってエラを抱きしめる。


「そうだな。妖精なんて最悪かもな。でも領主として、俺頑張るよ」


 笑ってみせると、エラの強張った顔が少し和らいだ。今はそれでいいんだ。




 その日の晩、俺は彼女を抱かなかった。

 ただ並んで座り、お茶を飲みながら話をした。

 好きな色、好きな食べ物、一番嬉しかった誕生日プレゼント、子供の頃はどんなだったか。

 彼女の事が知りたかった。


「初恋はいつ?」

「えっ……っと、内緒」


 眉尻を下げて人差し指を唇に当てる姿がとんでもなく可憐で、心臓が暴れ回る。


「じゃあ、今は?」

「え?」

「今の君の好きな人は?」

「……いないわ」


 悲しそうに笑った君は俯いて、小さく、小さく溢した。暴れていた心臓がギュウギュウに締め付けられて痛い。


 嘘だよ。いなかったらそんな切ない顔で笑ったりしないって、君は知らないんだね。

 信じたくなる嘘。本当にそうだったらいいのに。


「別にいても怒ったりしない」

「そうじゃないの。本当に()()()の。それに私……」

「うん?」

「私子供の頃からずっと、ずっと沢山勉強して、努力してきたわ。いつか領を治められるようにって。だから、浮ついた心なんて、私の努力が負ける気がして、なんか嫌なのよ」


(そうか)


 彼女の閨言葉で使っていた『受けて立つ』。あれは現状に負けたくないという気持ちが強く出ていたからなのか。

 そんな彼女を俺は暴いたのか。


「エラ……」


 大事にするから。

 一生大事にするから。

 今度は間違えないから。


(だからいつか俺を好きになって)


 馬鹿だな厚かましい。彼女が前のことを知ったなら、きっと俺を赦しはしないのに。

 じわりと視界が涙でぼやける。


「ど、どうしたの!?」

「はは、なんだろ」


 へらりと笑ってこたえる。


「旦那様も想う方がいらしたの?」

「いいや。……なぁ、旦那様って呼ばれるのも好きだけど、名前で呼んで欲しいな」

「……フィン?」

「うん、エラ」


 手を取って指先にキスをすると、彼女は驚き瞬いた。その手に指を絡めて頬擦りする。


 全部全部、目に焼き付けよう。

 愚かなこの脳みそが直ぐに忘れてしまわない様に。

 俺の罪ごと。


「これからよろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします」




 そして翌日、俺はすぐに森の小屋へ向かった。




〈赦しを待つ夏・終〉




次は森のお客様兄妹の兄のお話。

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― 新着の感想 ―
悪い夢が覚めたようで良かった。 きっと、エラを大切にして、これからを幸せに過ごしてほしいです。 性悪妖精に負けないで!フィン! でも、やり直しができることは、フィンにとって救いですね。
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