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妖精の森、時は巡りて  作者: たろんぱす


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番外 春と夏の間に2



 その後国から特に返信はなく、フィンは晴れて傭兵を辞めた。

 まさか国の中枢からこれ程までに戦争に対する関心が下がってしまっていたなんて。そもそも先王の時代からお祖父様の元に傭兵維持費が支払われなくなったというし、その頃が関心低下の始まりだったのかもしれない。


 実家にいた時には気が付けなかった。

 なんだか国の行末が不安になるわ。


 家の改装が終わり、広くなった夫婦の部室に家具をいれて服やアクセサリーなどを運び込み、使えるように整える。私の荷物のなくなった部屋には机を設置して立派な執務室になった。二階の空き部屋は客室として使えるようにした。泊まるようなお客様が来るかは謎だけれども。

 応接間の家具も揃えられたし、使用人部屋前の廊下のボロボロカーテンも交換済み。

 ハミルには毎日ビスケットを食べさせている。私は結構味に慣れてきたんだけど、ハミルはそうでもないみたい。毎回眉間の皺が深いもの。


 もう少しでフィンの小屋暮らし期間も終わり。


(なんだか、ちょっと緊張するかも)


 料理はちょっとずつ上達してきたので、大丈夫。怒らせることはないはずよ。

 しかし、今日訪ねてきたフィンは言った。


「今夜で小屋暮らしは終わりだろう? だから明日朝一でちょっと遠出してくる。領を任せきりで済まないが」

「えっ、あ、わ、わかったわ」


 “村の人がお祝いとして結婚式を挙げてくれるって。”

 そう伝えようとしていたので、急なフィンの予定に言い淀む。


「エラ? どうした?」

「ううん、何でもないわ。それで、どれくらいで帰ってくるの?」

「長くても一ヶ月。一ヶ月で絶対帰ってくる」

「一ヶ月も……。も、目的をお聞きしても?」

「ああ、探している人がいてな」

「わかりました」


 探している人。

 どうして私は思い至らなかったのかしら。私がそうであったように、フィンにだって好きな人くらいいたでしょうに。

 どうしてといえば、それだけフィンが私に好意的に接してくれていたからだけど。でもどうして探しているの?

 は! 私との婚姻が決まってショックで逃げてしまったとか? それで結婚を納得していると見せかけて恋人を探して……!? あり得る。だから私なんかに優しかったのかも。


「エラ? おーい、聞いているか?」


 フィンが呆然とする私の前で手を振る。

 私はぎこちなくフィンと目を合わせた。


「き、気をつけて行ってらして」

「あ、ああ」


 一ヶ月と長めに私に告げたのは帰ってくる気がないからかもしれない。




「いやいやいやいや、奥様、それはございませんって」


 手直しを終えた式の衣装の試着をしながら、サリーがおもいっきり手を振る。


「そうかしら?」

「演技で奥様へあんな笑顔が出来たら傭兵より役者が向いております。何より出会いからずっと奥様にべったりではありませんか。疑われる領主様の方が酷です」


 そう言われるとそんな気もするが、でも妹を選んだ元婚約者候補は私の前でもニコニコしていた。本当に愛する人の為になるなら、演技くらいするかもしれない。


 サリーが余計なフリルや飾りをとった青のドレスはツーピースになっていた。飾りを取ったと言っても野暮ったくなく、皮で足されたハイウェストの背面編み上げが村の雰囲気ともマッチしていて可愛い。


「大変だったでしょう」

「慣れない繊細な生地でしたので少々。でも楽しく作らせていただきました。こちらは余った生地で作った領主様のタイと胸飾りです。どうでしょうか?」

「まあ、素敵ね。ありがとう」


 サイズはぴったりだった。まだ日付があるので余った布で髪飾りも足してくれるみたい。




 フィンが居なくとも村は平和で、実家から届いた帳簿を確認して整理していたら結構あっという間だった。


(そろそろ帰ってくるかしらね)


 今はもう夏真っ盛りで、日中は毎日暑い。でも令嬢時代に比べると、快適な部類だ。コルセットは綿素材で自分で締めるから苦しくないし、肌荒れするほど汗が溜まらない。森の日陰は涼しくて窓を開ければ時折吹く風に癒される。


 朝の身支度をしながら、今日は夏の果物を収穫している村の様子を見に行こうかと考えていたら。


「うわっ」


 階下から驚く声が聞こえた。ハミルだ。不思議に思い階下へ向かう。


「どうしたの?」

「奥様……!」


 使用人部屋の方から声がしたので向かってみれば、声の理由はわかった。


「え、カーテンが」


 再びボロボロになっていたのだ。


「どうして?」

「村の子供達ですよ! 間違いありません」

「まず施錠を確認しましょう。ハミルは一階を見て回って」

「わかりました」


 私も二階に上がって確認する。全ての部屋を回ったが、開いているのは換気の為に開けた自室の窓のみだった。

 一階へ戻りキッチン前でハミルと合流する。


「どうだった?」

「……私の部屋のみ、換気の為に開けていました」

「じゃあやっぱり子供には無理じゃない?」


 ハミルは納得していない感じだが、証拠もないのだ。「わかりました」と頷いて業務へと戻る。

 私は破れたカーテンへと向かう。使用人廊下の窓は全部で三箇所。その廊下の突き当たりにあるカーテンが破れていた。

 切り口はギザギザで引きちぎったかのようなのだが、折り返した生地の厚い場所まで切れている。試しに残骸となったカーテンを引っ張ってみるが、やはり重なっているところは破けなかった。


 その日掃除と洗濯に来てくれた村の女性達に今朝の話をしてみる。


「今日村に残っている子供は小さい子だけですから、ないと思うんですけど」

「大きい子は親の手伝いに行ってますからね」

「やっぱりそうよね。ごめんなさいね、疑ってるわけではなくて確認だから」


 そう告げると二人は明らかにホッとした様子だった。私は二人に家事を任せて村へと向かう。村は二人の言う通り、十歳より小さい子達が広場でハイハイよちよちしている子を見ていた。その側で椅子を持ち出した村長さんが全体をのんびり見ている。


「おや、こんにちは奥様」

「こんにちは、今日は収穫だと聞いたのですけれど村長さんはよろしいの?」

「いや〜腰を痛めましてなぁ。もう現場は息子に譲ります」

「まあ腰を? 大丈夫ですか?」


 無難な会話から始めて、今朝あったことを告げると、村長はなんてことない風に「ああ、それですか」と言った。


「ご存知なの?」

「そうですな、村でもごくたまーにそういう話を聞くことがあります。だいたいがね、ビスケットを食べない人の周りに起こるんですよ」

「え? ビスケットを?」


 でも最近のハミルはビスケットを食べていたはずだけど。


「ビスケットは妖精へのお礼と仲間の証です。同じ家に住み、同じ物を食べる。そうしない者を異物と捉えるそうで。大体の者は妖精の気配に怯えてビスケットを食べるのですが。これまたごくたまーに鈍感な者がおりまして」

「鈍感」


 神経質そうなハミルにはあんまりピンとこない言葉である。


「妖精が人へ干渉する時、強く影響を受ける者と大して受けない者がおります。この、妖精の干渉を受けにくい者を鈍感と言ってます。妖精が存在を報せても感じない、信じられない。そんな訳でビスケットも食べないそうで」


 それでいうと悪戯の影響は殆ど受けないってことね。それは利点な気もするけれど、本当にそれで周りが荒らされているならデメリットよね。


「ビスケット食べたら収まります?」

「よっぽど妖精に嫌われてなければ大丈夫でしょう」


(嫌われてたらダメなのね……)


 良い話を聞けたので邸に戻りハミルにきいた。


「ハミル、毎朝渡しているビスケットはちゃんと食べているのよね?」

「ええ、食べておりますが?」


 なら問題は起きないはずよね、うん。




 翌日は朝から二階の施錠を確認してから下へ降りる。既にハミルが起き出していて、キッチンから音がする。


「おはよう」

「おはようございます。今日は町まで手紙を取りに行ってきますので、朝食後に出発させていただきます」

「わかったわ。私も出したい手紙があるから一緒にお願いね」

「かしこまりました」


 朝食を済ませ、割ったビスケットを渡して自分も口に入れる。二階から手紙束を持ってきて手渡すと、ハミルは出掛けて行った。

 少ししてお手伝いの奥さん二人と一緒に子供が数人やってきた。昨日広場にいた十歳未満の子供達だ。ハイハイしていた子は奥さんに抱かれている。


「おはよう。どうしたの?」

「おはようございます。それが、昨日の奥様の話を人伝に聞いて、身の潔白を晴らすのだと」

「奥様おはようございます!」

「おはようございます!」

「はよ、ごじゃましゅ」


 元気な挨拶がこだまのように次々上がる。


「申し訳ございません。お邪魔なようならすぐに」

「大丈夫よ、今日は刺繍でもしようかと思っていたから。一緒に遊びましょうか」

「やったぁ!」

「あしょぶー」

「奥様、おみやげです」


 一番大きい子、確かテスと言ったわね。テスが籠を差し出してきた。中身は丸々と大きいビルベリーだ。


「こんなに沢山。いいの?」

「昨日収穫しに行った人たちからのお裾分けです」

「ウチにもたっくさんあるから大丈夫だよ」

「ふふ、嬉しい。有り難くいただくわ」


 売却や納税用の果樹とは別に、森に自生する果物も沢山あるらしい。それらも収穫すると狩りと同じくみんなでわけるという。


「掃除が終わった後にジャムにしましょうか?」

「いいわね、教えてね」

「はい」


 キッチンに行き半分をジャム用に分けて、更に残りの半分はドライフルーツに、余ったものはお皿に乗せておやつにする。


「その平たいカゴを持ってきて。あなたはこれを持ってね」


 ハイハイの赤ちゃん、アンを抱っこして荷物をお願いして外へ出る。木陰に敷いた敷物の上にアンを下ろして、更に運んできた物を並べる


「平たい籠に並べるのを手伝ってね」

「「はーい」」


 女の子二人はお返事してくれた。テスはよちやち歩きの男の子と駆け回っている。

 ヘタが残っている物はとって、せっせと籠に並べて天日干しする。ジャム分もヘタやゴミを取り除いて、残りはつまみ食いしながら取る。

 その間にアンは眠ってしまった。


「すぐに終わったわね。お手伝いありがとう」

「えへへ」

「どういたしまして」


 二人は誇らしげに笑い、みんなで男の子とのかけっこに混じった。

 途中、私が飲み物を用意したり、テスがお手洗いに行ったり、起きたアンが空腹で泣きじゃくったりと、あっという間に午前中が過ぎて行った。




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