冬を越えて、君に繋がる物語8
独りでしっかり生きていかなければ。
そう思っていた時に辞めた、エラの秘書という仕事をわたしは再び希望しました。今の秘書の下に助手としてついてコツコツと力を磨き、三年で正式に秘書として昇格致しました!
一方でレイとはその後何年も会っていません。
わたしがエラとトレック村に宿泊している間に、レイは学校が始まり、挨拶出来ずに戻っていきました。
翌年の長期休暇はフィールドワークへ行きたいと帰省せず、卒業式も来なくていいと言われてしまいました。フィンだけは様子を見に行ったようですが。
そしてレイは帰省する事なく首都の大学へと進学し、忙しくしているようです。
四年大学へ通いその後修士課程へと進み、各地を周ってその地に伝わる昔話を集めているとか。
月日は流れてわたしも二十九になりました。
もちろん独身のまま。秘密のあるわたしにはやはり結婚は難しく感じたのです。もう逃げてそう思っているわけではありません。これはわかり合いたいと思う裏返しの感情です。わたしのヘンテコな経歴は説明する訳にもいかないですし、したところで理解してもらえなければ悲しいですから。
ですので、歳とともに縁談も来なくなり、個人的にはホッとしているのですが、時折不躾な視線に晒されます。歳を重ねたわたしの鋼の心には届きませんが、お母さんはいつもイラっとしてくれます。
「ったく、レイがフラフラしてしっかりしていないから」
「レイももういい大人ですもの。きっと向こうで良い人を見つけていますよ」
わたしがそう言うとお母さんは不満そうに眉を顰めます。レイが子供の頃に憧れてくれた、そのことは誇りに思い、胸にしまわせて貰いますが、未だそうだと信じるほどわたしは子供ではありません。まして振られた経験があるわたしにはそのような夢見る心などありません。
お母さんの横で手紙を片付けていて、ふと手が止まりました。
「エラ、これ」
職場では流石に名前で呼びます。
「ああ、やはりダメなのね」
お母さんは悲痛に頭を抱えます。
去年、元トレック村だった場所に住む最後のお年寄りが亡くなりました。それにより住人が居なくなった“森”が国の所有地になるという通達でした。
お母さんはオレンジ色の邸をきちんと私財で権利を買い取っていたし、遺族達はお墓があるので森に入る事を許して欲しい、通行証などを発行して対策してほしいと訴えました。
しかし届いた手紙は全て却下する旨を告げたものでした。私有地すら端金を一方的に送りつけられて没収されたのです。
(多分、今迄は兄上様やその命に従っていた方が森を守って下さっていたのでしょうね。もう兄上様の不在が長いですもの。影響力が低下して、妖精の力を欲する者が、湖の剣の存在を突き止めて森を我が物としたかったのでしょう)
お墓はお母さんにとってかけがえのない大切な場所です。
「諦めずに訴え続けましょう、エラ」
「そうね、そうしたいけれど……」
そう言った時、フィンがノックもなく部屋を開けました。
「びっくりした! どうしたの?」
「レイが帰ってきた!」
「「えっ!?」」
お母さんと一斉に立ち上がって応接間へと急ぎます。こんなに急に帰ってきて一体何があったと言うのでしょう。怪我や病気ではありませんよね!?
「「レイ!」」
名前を呼びながら部屋へ傾れ込むと、そこにいたのはまるで知らない男の人でした。
身長はフィンと同じほどに大きく、筋肉がつき広い肩幅でした。切れ長の目には眼鏡をかけて、前髪を後ろへ流して正装しています。腕いっぱいに抱えたその花束はなんでしょう。
「だ、だれ……」
「ルールー」
笑み細まったエメラルドグリーンの瞳は彼がレイだと訴かけますが、全然あの天使と重なりません。低い声だって初めて聴くものです。
「レイなの?」
「そうだよ」
レイはゆっくり近づいてきて、わたしの前で跪きました。ばさりと花束が掲げられます。
「遅くなってごめん。ルールー僕と結婚してください」
内心では「いや、無理よ。わたしもう立派な行き遅れでおばさんで、何を言ってるの?」と答えているのに、現実では美しいエメラルドから目が離せずに固まってしまいました。
「ルーシー、断っていいのよ。こんな何年も放置してた甲斐性なしは」
「結婚はまず父親の許可を取るべきだ。まぁ、娘はやらんがな」
「父さんと母さんは黙ってて」
「「む」」
夫婦揃って口角を下げて黙る顔はそっくりです。しかし黙られては困ります。矛先がわたしのみになるではありませんか。
「どうして僕がこんなに時間をかけて、熱心に各地のお話を集めてきたと思っているの?」
「? それは、好きだからでしょう?」
「そう、ルールーがね」
「!?」
レイは立ち上がり私の手に花束を押し付けます。反射的に受け取ったわたしの耳にレイは囁きました。
「真面目で手強いルールー。君は秘密を抱えたまま、結婚の話を受けない気がしたんだ。そうだろう?」
『プリンセス・エルシィ』
「!!」
彼が無音声で呟いた名前にわたしはびくりと震えました。まさか、各地を周り、お話を集めて真実に辿り着いたと言うのでしょうか。そんな、馬鹿なです。そんな事が出来るわけがないのです。出来るわけがないのに。
「君の全ての痕跡を探して、見つけて来たよ。そんな誠実な僕を、どうか貰っておくれ。さぁ、遠慮なく」
「っっっっ!!」
幼く愛らしい彼は、いつの間にか天使から押しの強い悪魔へと変貌していたようです。
逃げ遅れたわたしがどうなったのか、それは皆さんの想像通りでしょう。
***
「おじいちゃーん!」
玄関が開くとともに、家中に声がけたたましく響き、私に孫娘の帰宅を報せた。
「おじいちゃんどこ!? おじいちゃーん!」
「書斎にいるよー」
少し張った声で答えれば、ドタドタうるさい足音がこちらに向かってくる。ノックもなくドアを開け放たれ、可愛い孫が飛び込んできた。
「おじいちゃあぁぁん!」
「お帰りアレックス。学校はどうだったんだい?」
弾丸のように抱きついてきたアレックスはもう十六だというのに、まだまだ子供のように天真爛漫だ。まあ、貴族の淑女教育を受けていた母や妻と比べてはいけないかもしれないが。
「それがね、聞いてよおぉ! シェリーがね、元伯爵家に連なる家系だったんだってえぇ!」
「ほお?」
「それでね、もう親族がいないからってシェリーのお家に遺産が舞い込むことになったんだって! あの子ったらもう自信満々で鼻につくったら! で、その噂を聞きつけたっ、聞きつけたうっ、リ、リアムがあぁぁ」
「ああ、よしよし」
リアム君の名前を口にした瞬間、アレックスの涙腺が崩壊した。
アレックスの頭を撫でながら、なるほど、失恋してしまったわけだなと思う。しかしながら、そんな遺産ひとつでコロリといってしまうような子とお付き合いして欲しくないな、とおじいちゃんは思うんだが。
「おじいちゃん、うちにもそーゆう話ないの?」
「うーん、うちも一応元男爵家なんだけど」
「それは知ってる。伯爵よりスゴイやつがいい」
「ううーん、ひいおばあちゃんは伯爵家の出だから、アレックスにも伯爵家の血は流れてるよ?」
「遺産は?」
「ない、かな」
ぐすんと鼻を啜り、全然納得してない顔をしている。ではとっておきの切り札を出すしかない。
「実は亡くなったおばあちゃんは某王家の出身で、元はお姫様だったのさ」
「えー! で? で? もしかして、私にも王位継承権があったり!? “貴女はお姫様です”ってお迎えが来ちゃったり?」
涙は一瞬で乾き、両手を打ち合わせて空中をうっとり見つめる。女の子のバイタリティって本当凄いと想う。
「今はもう無い国かな」
「ないんかい! てか嘘丸出しだし! おばあちゃん確かに美人で上品だったけど、フツーのおばあちゃんだったし。騙されないっての」
ぶう、と頬を膨らます孫のご機嫌取りに、今日骨董品店で見つけた一品を差し出す。
「そうだ、ほら。今日買ったこの美しい卓上ランプをアレックスにあげよう」
妖精がブルーベルに戯れる様子をステンドグラスで表現したランプシェードに心惹かれて購入したのだ。妖精の顔が少しアレックスに似ているところもいい。
「また中古品〜? 本当おじいちゃんは曰く付きの骨董品好きよね。それで今度はどんな謂れがあるの」
「随分昔に没落した伯爵家から接収されたらしい。綺麗だろう?」
「縁起悪っ。でも確かに綺麗ね。ありがとうおじいちゃん。ついでに男前の生徒さん紹介してよ、元教授先生」
「失恋の乗り越えが早くないかい?」
アレックスがランプを受け取りながら、ふと卓上に目を止めた。ルールーの日記帳とドライフラワーの栞が出しっぱなしだ。
「おばあちゃんの日記、また読み返していたの?」
「ん? ああ、ルールーがどれだけ私を好きだったかが沢山書かれているからね。時間があるなら毎日でも読みたいよ」
ふふん、と胸を張るとアレックスは呆れた顔をしながらもポツリと溢す。
「おじいちゃんは長生きしてね」
「ああ。ゼファーがポンコツのうちは死なんよ」
「パパのポンコツは一生治らないから安心ね」
一人息子のゼファーは私に似たのか文学が好きで劇作家を自称しているが、いい歳して未だに芽が出ない。のんびりした性格が災いしているのだろう。
「パパは仕事中?」
「ああ、近くの学校から“妖精王”の脚本リメイクを頼まれてね、それをしているよ」
「もー! またあんまりお金にならないやつー。いつまで経ってもママが出稼ぎから帰ってきてくれないじゃーん」
ぶぅぶぅ言いつつもアレックスはちゃんと父親を心配しているいい子だ。私の少ない遺産はちゃんと残しておいてあげよう。
そろそろ夕飯の準備をしようかと立ち上がると、外からチリンチリンと自転車のベルの音がした。書斎の窓を開けると、勝手知ったる郵便屋がこちらに向かってきた。
「ヘンダーさん、郵便です。サインお願いします」
「随分と厳重な郵便だね? 一体誰だろう」
受け取りのサインを書くと、厚紙に包まれた郵便を手渡し、郵便屋は帰って行った。
「なぁに? 誰から?」
「? 名前が書いてないな」
表にうちの住所と私の名前はあれど、裏に表記はない。紐で閉じられた包みを開けると、中には書類と、分厚い封筒が入っていた。白く滑らかな紙質は上品さを醸し出して高そうだ。
封筒を開けると薄い藤色の裏紙が使われている。そこから封筒と同じ紙質の便箋と昔の型の重厚な鍵が出てきた。
「この鍵は……」
机の引き出しを開けて、奥に仕舞った一本の鍵を取り出す。錆びて朽ちないように時々油で磨き、大事に皮袋に入れていた一本だ。
「えっ、同じ鍵ね。おじいちゃん、これどこの鍵なの?」
「私の生家の鍵だよ。今はもう、うちの財産ではなかったはずだが」
手紙に目を通す。
「なんて? なんて?」
「どうやら古い未処理の書類が出てきて、我が家の土地だと判明したらしい。ずっと前に国の管轄に移ったと思っていたのだが、うちに返還する旨が書かれている。こっちの書類は改めて発行された土地の権利書だ。国保管の書類には相続する者の名前を書いて返送するように、と。ふむ」
あのいわく付きの土地をどうして国が手放すことにしたのだろう。力の欲しい権力者がやたら執着していたはずだが。
まさか、森に入れなかったんだろうか? 今までずっと?
……十分にあり得る。剣が湖に帰っているのなら。
なにはともあれ巡り巡って私のところに返ってきてしまったみたいだな。
あの深い緑に囲まれた暖かな陽だまり色の可愛い家。
私は書類に“アレクサンドラ・ヘンダー”と記入した。
「えっ、なんで!?」
「はは、さっき遺産が欲しいと言っていたじゃないか」
「そうだけど」
困惑するアレックスの手に封筒に入っていた鍵を手渡す。まるで少し前に鋳造されたように、真新しい鍵だった。
──選ばれた人しか入れない、深い森を辿って、オレンジ色の家へ行ってごらん。
そこには妖精が住み、生活を少しだけ手助けしてくれるよ。毎日のミルクとビスケットを忘れないで。悪戯されちゃうからね。
人生に迷った時、挫折した時、何かを変えたい時、助けて欲しい時、尋ねてみたらどうかな。もしかしたら願いを叶えてくれるかもしれない。
君に資格があるのなら。
孫の、若葉色の瞳に笑いかける。
ゼファーはフィンに似て綺麗な群青色の瞳なのだ。私は好きなのだけれど、あの森の妖精は違って、とにかく王に連なる緑の瞳が好きらしい。
「機会があるなら、一度行ってみたらどうだろう。きっと君には資格があると思うんだ」
権力者には、内緒だけれどね。
〈冬を越えて、君に繋がる物語・終〉
「は! 遺産を手にしたということは、これで私にも素敵な爆イケダーリンが出来るってこと!?」
「……それはおじいちゃんなんとも言えないなぁ」
本日、エピローグも載せます。




