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妖精の森、時は巡りて  作者: たろんぱす


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冬を越えて、君に繋がる物語7


 帰ってみれば、エラとフィンに信じられないくらい心配されてしまいました。


「もう家から通いなさい! どうしても一人で暮らしたいなら新しい部屋はもっと人通りの多い場所にして! 私も下見に行くわ」

「いや、一人暮らしなんて絶対淋しいじゃないか。淋しかっただろう? 毎朝俺が馬で送るから、やっぱり一緒に暮らそうルーシー」

「フィンは忙しいでしょう!? 私が馬車で」

「わかった! わかりましたから、またよろしくお願いします」


 部屋は引き払い、再び一緒に暮らす事になりました。もう大人なのに、二人の過保護は健在です。でも皆が居てくれれば安心です。


 そう思っていたのに。

 不幸は列を成してやって来る。

 なんて、不吉な言葉を残した先人は預言者だったに違いありません。


 翌日、屋敷の前は人集りが出来ていました。


「町長、ちょっと娘さんのことで聞きたいんですがー」

「すいませーん、出てきてくださーい」

「これは事実ですか?」


 ゴシップ記事に昨日のことが取り上げられたのです。レイが苛立って新聞を丸めます。見出しには『某町長の養女、とんだ悪女!』とあり、内容は某社長令息と交際しながら、職場で男漁りをし、義弟にも手を出しているというとんでもない内容でした。某市長令息とお見合いしたことまで書いてあります。


「何でだよ! ルールーはそんなことしてないだろう。しかもお見合いなんて……したのか?」


 ギロリと睨みを効かせてくるレイをエラがスルーして、わたしに話しかけます。


「今フィンが対応してくれてるから、安心してねルーシー」

「は、はい。それより折角来てくれたレイのお友達は」

「おい、見合いってなんだ」

「そ、それは断りましたから!」

「したのか……っ!」


 悔しそうな顔のレイはともかく、ご友人達はこんな騒ぎに巻き込んでしまって申し訳ないです。

 わたしはレイが丸めてしまった新聞を伸ばして閉じました。ゴシップ欄って真ん中辺りにあるんですねぇ。


「あーもう。ったく、あいつらは大丈夫だよ。寧ろ初めての体験だって喜んでてムカつくぐらい。しばらくは大人しく勉強するってさ」

「もしわたしに教えられるところがあれば言ってね」

「ん、ありがとルールー」


 新聞を表に返し、なんとなく一面を見ます。


「え?」


 その記事にもわたしは驚きました。




 記者の方が屋敷に出入りする人間に漏れなく声をかけているらしく、困ったエラは短期で雇った下女の中から、契約の間泊まり込みで働ける者以外は解雇しました。残ってくれた人達は減った人数でレイの学友達のお世話に忙しく、わたしは手伝いを申し出ました。


 新しいシーツの山を抱えて、客間エリアへ向かうと女の子の話し声がして、足を止めました。


「そっちはどうだった?」

「全然ダメね。脈なし」

「やっぱりね。あーあ、良い嫁入り先だと思ったんだけどなぁ。頭良いし、剣術の授業もトップだし、カッコいいし」

「レイのシスコンだけは本当無理。病的で引くわ。結婚すると姑との関係が大変だというけど、あんな小姑もついてたんじゃやってられないわ」

 

 小姑ってわたしのことではないかしら!?

 ショックです。わたしは知らず知らずのうちにレイのモテ期を潰していたようです。

 でも待ってください。レイの悪口言っています。あんなにいい子で天使で愛らしいのに。それが理解出来ないなんて。

 わかってもらいたいような、わかってくれなくてもいいような、なんだか胸がもやもやします。

 わたしはどうしちゃったのでしょう? 




 暫くして、一連の騒動は例の職員室で告白してきた男が騒ぎの犯人で、新聞にリークした人もその人であったと判明致しました。学校を欠席する時に「お見合いがあって」と他の先生に伝えたのを聞いていたみたいです。

 その報告を受けたフィンが記者達へ弁明して下さると、事態は数日で落ち着きました。良かったです。


 それからフェリクスさんの訪問があったのです。


「ルーシー今までありがとう。僕は君を諦めることにした」

「えっ? 急にどうしたのですか? わたし何か失礼をしたでしょうか? 新聞の内容でしたら、わたしそんなことは」


 フェリクスさんは困ったように笑い、掌をわたしの方に出しました。


「新聞は関係ないよ。そんな子じゃないことは僕だってよく知っている。ただ……」


 少しだけ声を落として、フェリクスさんは首を傾げた。


「ルーシーは自覚していないのかい?」

「なにを、でしょう?」

「ふふ、教えるほど親切ではないかな。ただ、そう。諦めることにした理由は、君が真っ直ぐ向かうその先に、僕が居なかったから。それだけだよ」


 フェリクスさん、いいえ、委員長は哀しみを湛えながらも微笑んで帰っていきました。

 つまり、わたしは振られたのです。

 婚約を承諾しようとする前に、振られてしまいました……。さすがにショックです。


 更には学校から手紙が届き、新学期からは来なくて良い旨が記されていました。理由は風評被害を受けたからということで、つまり、クビになったのです。


「はあ……」


 お行儀悪くテーブルに手紙を投げ置くと、先日見た一面記事が脳裏を過りました。

 それは『セオドラ元陛下、国会議出席せず』というものでした。別れの置き書きだけ残して、行方をくらませたそうです。書き置きのメモは朝の支度を手伝う従僕が発見し、警吏隊総出で捜索したが、妖精の青い剣共々見つかっておらず、誘拐か、妖精界へと帰ったのか、とおかしな憶測で結ばれていました。


 今回も考えてしまいます。

 もし“わたし”が居なかったら、と。

 区切ろう、やめよう、わたしが生きているのは今、と何度言い聞かせても、何度も心が戻ってしまいます。


(もうわたしも隠れてしまいましょうか。兄上様のように)


 疲れ切ったわたしを見兼ねたのか、朝食の席でエラはわたしを外泊に誘いました。


「ルーシー、ちょっと泊まりでお手伝いして欲しい事があるの。いいかしら?」

「ええ、わたしに出来ることならば」


 それから外泊の準備をして馬車に乗り、やってきた場所に驚きます。


「トレック村……」

「ルーシーは久しぶりでしょう? 最近騒がしかったから、落ち着くかと思って」

「ええ、本当……とても落ち着きます」


 森の香りを胸いっぱいに吸い込むと、逃げ出したいと切迫詰まっていた心が解ける気分でした。

 馬車の音を聞いた村人がパラパラと集まってきます。


「奥様、いつもありがとうございます」

「村長さん、いいのよ。それより皆さん元気にされてました? 病人や怪我人はいませんか?」


 集まってきた村人は全員お年寄りでした。

 エラは運んできた塩や糸、野菜や日用品を配り、代わりに果物や鳥の羽を受け取りました。


「これは前回の売り上げの残りね。少しだけど」

「いいんですよ、奥様戻して頂かなくても」

「いいのよ。貯めておいてお孫さんに贈り物したくなったら言ってちょうだい。その時は遠慮なくいただくから」

「あら、ふふ。わかりました」


 村人と別れ、受け取った荷物は馬車に入れ、馬車からトランクや籠を出し持ちます。御者はトレック村に両親がいるようで、そちらと合流しました。


「エラはいつからこちらに?」

「町の情勢が落ち着いてからは月に一度来ているわ。もうこの村にはね、お年寄りのご夫婦三組しか住んでいないの。他は皆は町へと移住してしまったわ」

「随分淋しくなっていたのですね」

「うん。不思議よね。本当に妖精が村人を留めていたみたい、なんて信じてしまうわ」


 かつて子供達で遊んだ広場はがらんと広く、パン焼き竈の屋根は劣化してボロボロでした。オレンジ色のお邸へと向かう踏み固められた土の道は雑草に侵食され、その道幅を狭くしています。エラが来なくなったら、いつかこの道は消えてしまうのでしょうか。

 その全てに哀しさがありました。


 お邸に荷物を置くと、窓を開けて換気して回ります。エラは二階へ行ったので、わたしは一階を開けて周り、テラスに出てみました。テラス前の庭はそのまま森へと繋がっています。わたし達はあそこからこの庭に飛び込み、そして兄上様は出ていきました。


「ルーシー、お散歩行かない?」


 二階の換気に行ったエラもテラスへ来て、そのまま外へ出ました。わたしも後をついて歩きます。


「私もね、あの場所から森に入ったことがあるわ」

「え?」

「セオの行先は何処に繋がっていたのかしら」


 エラは遠く、森の奥の方を見ました。


「私は森に入ったことを酷く後悔したわ。それにより、あるひとりの人生を縛り付けてしまったと思ったの」


 エラは広場へ向かう道の途中で横道へ入りました。草が伸び切って、そこに道があるなんて気がつきませんでした。それくらい細い獣道です。


「でもね、最近その考えはその人に失礼な気がしてきたの。私の存在がその人にそれ程の影響を与えたなんて傲慢な気がしてきて。理由の一端ではあれたのかもしれない。でもそれが全てじゃない」


 エラは道端の雑草の中から花の咲いているものを選び手折ります。わたしも手伝いますが、雑草の茎は強く、思い切り引くと根ごと抜けてしまいました。エラはおかしそうに笑います。


「妖精の気まぐれな悪戯は許せないけどね。でもその悪戯がセオとルーシーに出会わせてくれたんだと思うと、やっぱり悪いばかりではない気もして」


 根のついた花をエラは花束に加えて、奥へと進みました。木や草だらけの場所から開けた場所に出ました。


「ここは皆手入れしてくれているみたいね」


 大小様々な石が並んでいます。エラは黒く一抱えはありそうな大きな石の前に行き花束を手向けました。


「こちらは……」

「私のお祖父様のお墓よ」


 エラは両手を組み合わせて祈ると、苔のついた黒い石を大切そうに撫でました。


「お祖父様……。エラは、あまり会ったことが無いのでしたっけ?」

「ええ。私がきた時は病床につかれていて、力なく、白髪で。とても申し訳ない気持ちになったわ」

「え?」


 記憶違いかしら? 昔、いつだったか。

 そうだ、皆で湖へピクニックをして、その時に言っていたのは……。


「黒髪では……お兄ちゃんに似ていると、仰っていませんでしたか?」


 エラは目を見開いてから苦笑しました。


「ええ、そう。そうね」


 しばらく墓石を見つめていたエラが、へにょりと力の抜けた笑顔を浮かべました。


「ねぇルーシー、内緒話をしましょうか」

「内緒話、ですか?」

「ええ、絶対生涯誰にも言うつもりはなかったの。フィンも知らない。お墓まで持って行くつもりだった、内緒のお話」

「ええっ!? そんな、どうしてわたしに?」


 エラはふわりと優しく笑ってわたしを抱きしめました。


「だって私のたったひとりの娘だもの」


 エラは私の頭を撫でながら言います。


「貴女は今回とても辛かったわね。でもね、もしセオと帰っていたら起こらない問題だったかも、なんて考えないで欲しいの。きっと問題は別のきっかけでも起こったし、それはどの場所で生きていても起こりうることなのよ」

「そうでしょうか」

「そうよ。だからいなくなろうだなんて思わないでね」

「!」

「わたしはルーシーと出会えて幸せよ」


 エラには私の逃げてしまいたい気持ちが見えていたのでしょうか。


「本当はずっと待っていたんだけど、言ってくれないから言うわね。あのね、呼んで欲しいの。“お母さん”って。フィンもよ。あの人いつになったら“お父さん”と呼んでくれるのか、レイと結婚したら呼んでくれるんじゃないかって、いつもぼやいてるわ。当たり前だけど、別にレイのことは振ってくれてもいいの。それとは全然関係なく、私の本当の娘になってくれないかしら?」


 うふふとエラは笑うけど、その笑顔は滲んで、見ることは叶いませんでした。

 逃げてきた、ひとり残った、その気持ちを心の何処かでずっと後ろめたく思っていたのかもしれません。だからなにかあると、「もし居なければ」と考えてしまっていたのでしょう。でもエラはそんなわたしの逃げ腰なんてとっくに見通していて、それでもいいと言ってくれます。

 側にいて、家族でいていいと。たったひとりで頑張らなくてもいいのだと。


「おっ、ぐすっ……おかぁさん……」

「私の愛しい娘。母娘の記念に内緒の話をしましょうか。私の初恋の話をね」

「ぷっ、ははは、それはフィン……お父さんには絶対言えませんね」


 逃げたりしません。もう逃げようとも考えません。

 時間はかかりましたが、わたしが生きる時は今です。やっとそう言い切れます。


 ありがとうございます、エラ。





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