冬を越えて、君に繋がる物語6
結果を申しますと、交際を申し込まれたようです……!
「ようです」と曖昧なのは、その日は特に当たり障りのないお話をされて、後日「結婚を前提としたお付き合いを……」というお手紙が保護者のエラ宛に届いたんですよっ。
エラはテーブルに肘をついて深くため息をつきました。
「エラ、わたしが上手く立ち回れず申し訳ありません」
「ああ、違うの、そうじゃないの。ため息の原因はこれなの」
エラはもう一通の封筒を差し出しました。
なんだか見覚えのある封蝋に嫌な予感がします。
「隣り町の道路工事、アレン道路工業が担当されるらしいのよ。それで現場監督として」
「まさか委員長……フェリクスさんがいらっしゃるのですか?」
「正解。何度か会って、もう一度婚約を再考してもらえないかって。それで駄目ならすっぱり諦める、と今度は親御さんじゃなくてご本人から」
お茶を一口飲み続けます。
「ルーシーはどちらかとお付き合いしたい?」
「いいえ、その気はありません」
「そうなのね。マイケル様の方は手紙で断るのは軽すぎるので、仲介のケイレブおじ様のところに直接手土産持って断りに行ってくるわね。で、その私が留守の間にアレン様がいらっしゃるみたいなのよ。……ルーシー自分で断れる?」
「もう子供ではありませんから大丈夫です。それよりエラ、マイケル様の方お手数ですがよろしくお願いします」
わたしが頭を下げると、エラは手を伸ばしてきて、わたしの頭を撫でました。
「ルーシーやめて、私達は家族よ。私があなたに代わってお断りに行くのは当たり前なの。頭を下げたりしないで」
「分かりました。ありがとうございますエラ」
委員長が来るのは来週です。
週末に会いにいらっしゃるようですので、なんだか平日も落ち着かずにソワソワしてしまいます。お陰で小さなミスを繰り返し、残業となってしまいました。
「ふぅ」
小さなため息をついて、誰もいなくなった職員室で試験の丸付けをします。明日返却なので、せっせと手を動かしていると、お腹がぐぅと鳴りました。ランプも灯りがチラつきます。油が減っているのでしょう。あと少しです。
最後の一枚の採点を終えてペンを置くと、同僚の先生が入ってきました。
「あら、帰られたのではなかったのですか?」
「灯りが見えて、差し入れを持ってきました」
ありがたいことにサンドイッチの差し入れです。
「まぁ、嬉しいです。ありがとうございます」
「あの、ルーシー先生」
「はい?」
「あの、その……」
あ、まずいです。
雰囲気にそう悟りましたが、気づくのが遅かったようです。
「好きです。俺とお付き合いしていただけないでしょうか」
は、はははは。
わたしも乙女の端くれですから? 知っています。こういうのは誰しも一生に一回くらいあるそうです。
そう、「モテ期」と呼ばれる期間が。
「申し訳ありませんが、今はどなたともお付き合いする気はないんです。明日以降も先生同士としてよろしくお願いします」
「い、行き遅れと、言われてしまいますよ」
「周りになんと言われようと結構です。では失礼いたします」
「あ……」
何か言いたそうにしていましたが、ピシャリと打ち切って職員室を出てきました。もちろんサンドイッチは置き去りです。
わたし的に、時間外とはいえ職場で告白するのもちょっとロマンチックに欠けると思います。嫌味を言う方は論外です。
なんだかどっと疲れました。
幸いなのは普段そんなに接点が多くない先生ということでしょうか。日中特に会話する必要が無く、平日を乗り切ります。
翌日からの集中力は自分を褒めたいほどで、残業のざの字も許さぬ仕事ぶりでしたわ。
そして週末。
「ルーシーさん!」
出発前にエラが手配してくれた個室のレストランで待ち合わせです。
到着すると椅子から立ち上がり迎えてくれました。
「委員長、お久しぶりです」
「あはは、懐かしい呼ばれ方。僕もう委員長じゃないよ。フェリクスと呼んでほしいな」
「ではアレンさんと」
「じゃ、今はそれで」
エスコートして椅子を引いてくださるので、腰を下ろします。学生時代から品のある振る舞いをする方でしたが、スマートさも加わって、非の打ち所がありません。
(何故わたしとなんて……ふぅ)
食前酒をいただきながら雑談をします。
「ごめんね、面倒くさいなと思っているでしょう」
「(流石にそこまで)思っていません」
「顔に出てるよ?」
これでもわたしの表情管理は兄上様に褒められる程なのです。この様な場で相手に感情を悟らせることはいたしません。
「嘘おっしゃらないで下さい」
「バレたか。でも好意のない異性から誘われるのは面倒だろう? それは理解しているつもり」
「ではどういうおつもりなのです?」
「これでも僕跡取りだからさ、そろそろ結婚に対して親族が口を出してくるようになって」
一度ワインで言葉を区切ってから、委員長はひたむきな視線をわたしに向けました。
「ルーシーさんは覚えてる? 僕との婚約を断った時のこと」
「え? ええ」
「言ったよね、僕を好きになれないわけじゃない、ただヘンダーの町から離れたくないのだと」
確かに言いました。人として委員長は好感が持てる方ですから。
「こんなの、未練がましくて好かれない行為なのはわかってる。だけど、最後のチャンスをくれないか」
「チャンス、ですか?」
「隣り町には短くて一年はいる。その間時々、いや、月に一回程度でかまわない。今日みたいに僕とデートをしてくれないだろうか」
今日ってデートだったんですかっ!?
おお、わたし初デートですわ。
「それでやっぱりルーシーさんが僕を異性として好きになれないというのなら、君のことは諦める」
真摯で切実に訴えられると、断り難くて仕方ありません。しかも人としてならなんの問題もないから尚更です。
「うぅぅ〜ん。そう、ですね……月一で友人と食事を共にするというのなら、やぶさかではありません」
委員長はぱっと表情を明るくして「ありがとう」と言いました。
その後は気まずいかと思われましたが、委員長は学生時代の懐かしい話で場を盛り上げてくれて、思いの外楽しい時間となりました。
「また来月、予定を確認して手紙を出すね」
「分かりました。あ、わたし今一人暮らしをしていて、住所を」
「一人暮らしぃ!? っごめん、急に気持ち悪いかもしれないけど、心配だから部屋の近くまで送らせて」
「? 別に気持ち悪くはありませんが、大変ではないですか?」
「箱入り娘を一人でふらふらさせとく方が大変」
「わたしきちんと大人をしているのですけれど」
不満です。まぁ帰路も楽しかったので良しとしておきましょう。
その後エラからも帰宅の連絡をもらい、無事にお断り出来たと報告もいただきました。
委員長とのデートも月に一回、時間があれば二回行く事もあり、健全な友人付き合いを続けていて、告白してきた先生はいつの間にか学校を辞めていました。
平穏な生活を過ごし、待ちに待った長期休暇です。
「帰りました」
「レイ!」
レイの帰宅に合わせて玄関へ向かうと、ゾロゾロと同じ年頃の子が入ってきます。思いっきり抱きつきに行こうと思っていた足を止め、エラを見ると、エラは「あ」と声を上げました。
「ルーシーには伝え忘れたてたわね。ごめんなさい、今年はレイの学友が滞在するのですって」
「そうだったんですね。ではわたしに構っている時間はなさそうですね」
「あ、それとね」
エラは顔を寄せて、口の横に手を当てて小さな声で言いました。
「お見合いのこと、レイには言ってないから。あの子拗ねそうだし」
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
確かに、たまにしか会えないのに拗ねられるのは困ります。楽しく過ごしたいです。
レイのご学友に挨拶をし、エラと部屋へ案内します。お客様は男子三人に女子が二人。そのうち一人の女子がレイの腕に絡みました。
(あらやだ! 彼女かしら。これじゃあもうレイを撫で回せないわね……)
レイの成長に心の中で拍手を送っていると、レイはこちらをジロリと見て腕を振り解きました。照れているようです。
しかし、成長とは嬉しい反面淋しいものなのですね。もうレイを撫で回せないかと思うと胸の中がずぅんと重くなります。抱きつくのももう駄目なのかもしれません。
エラは一時的に下働きを増やし、采配に忙しそうです。わたしは邪魔にならないように早めに里帰りを切り上げることに致しました。
帰宅すると、早速委員長から次の予定の問い合わせが来ていました。
(結婚か……)
気がつけばいつの間にか、エラがレイを産んだ歳を越えています。このまま委員長と結婚すれば、エラとフィンは安心するのでしょうね。社長夫人なんて忙しそうだけれど、今の委員長となら上手くやれる気もします。
この時代を堂々と生き抜く、その目標に合致しているとも思います。
たとえ特別な“好き”を理解出来ずとも。
(前向きに、考えていきましょうか……)
わたしはフェリクスさんにお返事を書きました。
「ルーシー! すぐ会えて嬉しいよ」
「フェリクスさん、忙しくありませんでしたか?」
返事は早く、たった三日で会うことになりました。
駆け寄ってきたフェリクスさんに応えると、彼は足を止めて目を見開きます。
「なんて?」
「忙しくありませんでしたか?」
「の、前」
「フェリクスさん?」
「うわぁ」
フェリクスさんは口元を押さえて、頰を赤く染めます。赤はみるみる広がり首まで真っ赤です。そう過剰に反応されるとさすがに恥ずかしいです。
「友人でも名前でくらい呼びますから」
「そ、そうだね! 名前でくらい呼ぶよ。うん、呼ぶ呼ぶ。どんどん呼んで」
「用があれば呼びますね」
その日フェリクスさんは始終満面の笑みを浮かべていました。
帰りはアパートの前まで送っていただきました。しかし部屋へ入ると、すぐに扉をノックされました。言い忘れたことでもあったのでしょうか?
「フェリクスさん?」
ドアを開けずに問いかけると、思い切りドアを叩く音が響きました。驚きに肩をすくめて固まります。
「結婚する気はないって言ってたじゃないか! この嘘つき! 男とデレデレデートしやがって! 尻軽女め!」
急な怒声に、喉が張り付いたように声が出ません。心臓が早鐘を打ち、その振動が伝わるように体が震え出しました。
「あいつも遊びなのかぁ!? 男を弄びやがって、なんとか言えよ! ああ!? くそ女がぁ!」
叫びながらもドアを強く叩かれ、わたしは後退りました。誰が、何の為に、いえそれよりドアを破られたらどうしたらよいのでしょう。不安になるほど強くドアが振動しています。ガチャガチャと回されるドアノブが視界からも不安を煽ります。
息も抑えて、口元を覆います。もう居るのはバレているのに、なんとか存在感を抑えようと必死です。部屋を見回して視線がキッチンに止まりました。
(ナイフが……でも、刺して相手が死んでしまったら?)
「はっ、はっ、はっ」
息苦しく、短い呼吸が吐き出されます。
ナイフは取り上げられて刺し返されるのも怖いです。他に何か武器……あ、フライパン。フライパンはどうでしょう。足音が鳴らないようにそっと踵を上げた時。
「おらぁっ!」
掛け声と共にバキリと何かが割れる音が聞こえて、一瞬呼吸が止まりました。ドアを破られたと思ったのです。しかしドアは無事で、叩く音も止まりました。固まったまま耳を澄ませます。
「誰か! 警吏隊を呼んでくれ!」
「君! もう殴るのをやめないか、死んでしまう」
どうやら騒ぎを聞きつけた誰かが助けに入ってくれたようでした。あの怒声はどこまで鳴り響いていたのでしょう。全身から力が抜けてペタリと床に座ります。
そして控えめにドアをノックされました。再び息を呑むわたしの耳に届いたのは、声変わり途中の掠れた甘い声でした。
「ルールー?」
誰かなんて確認する必要はありません。絶対的に安心で、誰よりも美しい瞳の持ち主です。わたしは反射的に駆け出し鍵を開けて、抱きつきました。
「わっ、ルールー! 大丈夫か?」
「うっ、うっ、ふぅっ」
夢中で泣き縋るわたしをレイは優しく抱きしめ返して背中を撫でてくれました。レイの身長はもうわたしより大きくて、薄く筋肉もついていて、頼もしい体つきになっていました。遠慮なく肩に顔を擦り付けます。温かいシャツに涙が染み込んでいきました。
「よしよし、もう大丈夫だ」
「う、うん。こ、こわか、たぁ、です」
どれほどそうしていたのでしょう。レイの温かさで震えも止まり、落ち着きを取り戻して顔を上げると、レイ越しに苦笑するフェリクスさんと目が合いました。
「え」
「やあ、落ち着いたかい?」
「あ、や、その……はい」
恥ずかしい〜〜!!
乱れた髪を手櫛で直し、皺のついたスカートを軽く叩きます。そんなわたしの顔を、レイは無遠慮に覗き込みます。
「怪我はないか?」
「な、ないですよ」
辺りを見回せば、折れた箒が落ちています。
「レイが助けてくれたんですか?」
「ああ、これでも父さんに扱かれてるからな」
そうでした。フィンは剣術が強いのです。兄上様も教わっていたではありませんか。
「ありがとうございます」
「うん。それでそこの兄さんが警吏を呼んでくれて、近所の人とかも不審者を抑えるのに協力してくれたよ」
「じゃ、じゃあ後でお詫びとお礼にいかないとですね」
「後でいいだろ。今日は屋敷へ帰ろう」
「僕もそうした方がいいと思う。後日お見舞いに伺うよ」
確かにひとり残って眠れる気がしません。わたしは素直に頷きました。




