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妖精の森、時は巡りて  作者: たろんぱす


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20/27

冬を越えて、君に繋がる物語5



 卒業式の日はエラとフィンとレイ、皆がわたくしを迎えに来てくれました。


「ルールー、おめでとう」

「レイ……!」

 

 なんと、おめかししたレイが花束を手渡して下さったのです。ちょっと照れてぶっきらぼうになってしまった姿の、なんて愛いことでしよう。


「ありがとうございます! 一生大切にいたしますわ」

「大袈裟」


 ツンとしていますがお返事下さいます。わたくしがいない二年の間に大いに成長され、人見知りを克服したのでしょう。身長もわたくしの鳩尾辺りだったのに、すでに顎まで迫っています。

 お花の一部はドライフラワーにして一生保管しましょう。確定です。


「ルーシー、会わない間に大人っぽくなったわ。帰ったら一緒に服を買いに行きましょうね」

「今日はレストランを予約した。一泊して、明日一緒に帰ろう」

「……っはい!」


 皆さんとヘンダーへ帰りましたら、エラの秘書として修行を、と思っていましたら、エラとフィンから「暫くゆっくりしたら」と言われてしまいました。去年の長期休暇に帰省しなかったことも含めて随分心配をかけていたみたいです。


 ここは二人に従い、レイの勉強を見ながらのんびり暮らしました。その一年後、今度はレイが学校へ通う年になりました。


「えっ!? 首都の学校へ通う!?」


 そんなレイが急にとんでもないことを言い出したのです。わたくしは全然聞いておりませんでしたし、レイだってそんなそぶりは一度たったてありませんでした。

 屋敷の談話室で、向かい合ったソファに座っていたのですが、わたくしは慌ててレイの隣に移動して詰め寄ります。


「試験はどうしたのですか?」

「父さんの出張に一緒について行った時あったでしょ? その時に済ませたよ」


 本から目を離さずしれっと告げてくるのがなんとも憎らしい。

 そもそもわたくしが学生だった六年の間にフィンは本当に頑張って、ヘンダー町にも学校は設立しているのです。確かに確保できた先生の質や、町で求められる学力があまり高くないことなど、総合的に見て勉強に集中したい人が行く学校ではないかもしれませんが。


「レイ、そんなにお勉強好きだったんですね」

「まぁね」

「長期休暇には帰ってきますか?」

「どうかな」


 冷たいです。人見知りが終わったら吹雪のような冷たさが始まりました。こんな感じで新しいお友達なんて出来るのでしょうか。姉としてとても心配になります。

 しょぼんと下を向いていると、いつの間にかレイが目の前に立っていました。わたくしの手を取り見おろして来ます。


「だからさ、待っててよ」

「それは、もちろん」

「結婚、しちゃダメだよ」

「……する気はありません」

「僕がルールーを貰うから」

「え?」


 天使のような顔が近づいてきて、わたくしの頰に口づけをいたしました。

 一瞬何が起きたかわからず、ぼんやりしている間にレイは小走りで部屋から出て行きました。


「……………………え?」


 え?


 一体どういうことですのっっっ!?




 ぼんやりしていましたら、あっという間にレイは出発の日を迎えてしまいました。しかもわたくしに告げずに。知らぬ間に。気がついたらもう居ないとか、鬼過ぎませんか。わたくしをなんだと思っているのでしょう。


「そりゃ、未来のお嫁さん?」

「っっっ」


 エラにぼやきましたら、とんでもない返答が来ました。危うくお茶を吹き出しそうになりました。レイの気持ちを知っていたのでしょうか。


「エラ……」

「レイが片想いしてるなぁ……ってずっと思っていたから」


 その……の間は確実に面白がってますよね?


「照れてるだけならまだしも、以前ルーシーに婚約の打診が来たことあったじゃない?」


 委員長の家からのですね。


「その時の態度が本当に悪くてね。“貴方みたいに拗ねて八つ当たりしかしない人との結婚なんて絶対許可しない”と叱ったの。フィンもよ! “後悔する前に態度を改めろ”って。お陰で嫉妬で悪態つくのはやめたの。だから照れて恥ずかしくなると逃げちゃう癖も、そのうち直るでしょう」


 それは頰にキスがレイも恥ずかしかったということですね。でもだからって黙って出発しなくてもっ……!


「ああ、もちろんルーシーが嫌だ不愉快だと感じたら教えてね。絶対無理強いはさせないから。貴女の気持ちが一番よ」

「レイにされて嫌だったことはありません。でも、戸惑ってしまいます」

「そうよね。わかるわ」


 物凄く実感が籠っています。今でもフィンはエラを追いかけていますものね。

 エラはお茶を一口飲んで、躊躇った様子で言いました。


「貴女が帰ってこなかった二年の間、実はね、セオと連絡を取っているんじゃないかと思っていたの」

「え?」

「大きくなった今なら、当時の家紋や家名、避難してきた地域からなんとなく住んでいた場所が特定出来るでしょう? それで、セオの元に帰りたくなったんじゃないかって」


 エラは心配を隠しもせず吐露してくれました。

 確かに、成長しきった今の姿なら、落ち着いた服装と髪型をして、暗めの化粧をすれば十歳くらい誤魔化してしまえるでしょう。

 「実は生きていました」なんて姿を現して、他の誰が疑っても、兄上様だけは絶対に信じてくれる自信があります。

 だけどそれをしてしまったら、十年前の兄上様の決意に、無力な十年前に戻ると決めて、命をかけて積み上げてきた立場に、ただ寄りかかるだけになってしまう。


(それは、それだけは許せないわ)


 兄上様は優しいから、きっとダメと言わないでしょう。だけどそんな自分許せるわけがありません。


「もちろん、会えるなら会いたいです。でも、あの日あの時にわたしは自分でエラの側を選びました。そのことに後悔はありません。お兄ちゃんは大事だけれど、戻ったりは致しません」

「そっか。セオには悪いけれど、私は嬉しいわ。もし帰りたいと言われても素直に賛成できないくらい、貴女は私の大切な家族よ」

「エラには感謝しています」


 十年。思えばわたくしにもそれだけの年月が流れました。

 兄上様に比べ、わたくしはどれだけの事を成せたでしょう。成長は出来ているのでしょうか?

 十七になった今振り返っても、十歳の兄上様の足元にも及ばない気がいたします。兄上様はあの頃既に、今のわたくしより遥かに大きな御心を持ち、思慮深く大人だったように思うのです。


(いけませんね)


 もういい加減、区切るべきです。

 ルーシー(わたし)は大人になり、もうエルシィ(わたくし)とは別なのです。ふらふらと、心を乱すのはもうやめなければなりません。

 

『堂々と生きていける?』


 遅くはありません。

 この問いに、応えられる人間を目指しましょう。

 エラに心配かけずに、一人で立って生きていけるように。


 わたしは希望であったエラの秘書をやめて、ヘンダー町の学校の教師になる道を選びました。

 半端な時期でしたが、フィンのコネもあり雑用や手伝いの教員として無事採用されました。

 近くに部屋も借りて、初めて一人暮らしというものを経験してみました。

 料理はエラの手伝いをしていた時期があるので、慣れるのは早かったです。平日は授業の準備のお手伝いをして忙しく、週末にまとめて洗濯屋へと汚れ物を出します。近所付き合いしたり、同僚と食事したりと日々は過ぎて行きました。


 エラが忙しいと会えることなく何ヶ月も過ぎることもありました。


 長期休暇の時期は学校が変われど同じなので、レイに会いに帰省するのは決めていました。

 屋敷の談話室へ行けば、早速レイに捕まりました。


「ルールー、先生になったって本当なの? しかも一人暮らしって何?」


 帰省したレイは少し大きくなり、日焼けしていました。少し肩幅もがっしりしてきた気がします。目つきを鋭くしてこちらを見上げてきます。


「本当です。一人暮らしはしてみたかったので」

「何で勝手に決めたの?」

「勝手って、ただレイが出た後に決めたってだけです。お手紙の返事だってくれませんし。レイだって学校のこと一言も話してくださらなかったじゃありませんか」

「そ、それは」


 視線を彷徨わせると、観念したのかレイは乱暴にソファへ腰を下ろしました。わたしも隣に座ります。


「どうしてそんなに怒っているのですか?」

「……ごめん、怒ってない。俺の知らないうちにルールーがどこぞの馬の骨と仲良くなってるのかと思ったら心配になっただけ」

「馬の骨って……。そんな事実はありません」

「本当?」


 その不安そうな上目遣いは可愛い過ぎるからやめて下さらないかしら。


「本当です」


 メイドがお茶を運んできたので、配膳が終えるのを待ってから口を開きました。


「それで? 学校は楽しかったのですか?」

「ああ。興味ある学科があったし」

「それで遠い学校を選びましたのね。どんな学問ですか?」

「民俗文学科っていって、土地ごとの伝承を新しく探したり比較したりするんだ。カーネスにはないナルディアナの話とか面白い」

「そうなんですね。興味深いです」

「この前は語り部が来てね」

「はい」


 学校であった事を、エメラルドを煌めかせて話すレイは子供のような、授業内容を語る顔は大人びたような。その様子を少し寂しい気持ちで見守りました。




 一年毎に成長を感じて、三学年の終わりにとうとう身長が同じになりました。


「やった! やっと追いついた」


 レイがわたしに顔を寄せて、頭に額をごちりとぶつけます。


「いたっ、もう! 調子に乗って」

「ごめんごめん、嬉しくて。もうルールーより小さいのはごめんだよ」

「わたしはちょっぴり悲しいです。小さい天使の可愛いレイはどこへ行ってしまったのでしょうか」

「へへっ、残念でしたねー」


 はははっ、と白い歯を見せて笑う姿は立派な男の子です。だけどエメラルドが輝くたびに感じる愛しさはひとつも変わりません。これはレイがさらに調子づくので内緒です。

 自分に自信が出てきたのか、言動が素直になってきた気もします。反抗期が終わったのでしょうか?


「ルールー? 聞いてる?」

「あ、すみません」

「俺の目見てた?」

「えっ!?」


 どうしてバレたのでしょう。小さい頃散々「キラキラお目目が愛らしいね」と伝えていたからでしょうか。


「昔から好きだよね。いいよ、沢山見て。俺は髪の一筋から爪の先までルールーのものだから」

「なっ、何言ってるんですかっ」

「ふ、動揺してる。ぷくくっ」

「大人を揶揄ってますね!?」


 なんて憎らしく育ってしまったのでしょう。反抗期の時より質が悪くなっているではありませんか。来年はどれだけ太々しくなってしまうのでしょうか。今から不安になってしまいます。


 新学期に向けて再びレイが旅立つ日に、レイは冗談めかして言いました。


「ルールー、俺のこと貰ってね」

「貰いません!」

「ちぇー」


 エラとフィンの前で何てこと言うのでしょう。

 ですが、ちょっとだけ淋しそうな顔で馬車に乗り込むレイに罪悪感が疼きます。


「レイはそこそこ立派になってきたかと思うのだが、ルーシーの好みじゃないのか?」


 馬車に手を振りながらフィンが言いました。


「フィンまで言いますか!? そもそも歳が離れ過ぎています」

「別に七歳くらいいいだろう」

「男性が上ならそうかもしれませんが……」


 世間的に、逆はそうありません。

 それにやはり、堂々と生きると決めはしましたが、レイと生きることに頷けはしません。


「わたしじゃなくても、レイの相手はきっと沢山いると思うのです」

「そうか?」

「もしわたしが、“お客様”じゃなかったら。レイは違う人との未来があると思いませんか?」

「思わないな」

「え?」


 聞き間違いかと思うくらい、きっぱり言い返されて一瞬気のせいかと思いました。振り返ってフィンの顔を見ると、その顔は確信に満ちた、凪いだ笑顔を浮かべました。


「ルーシーのいない未来には、レイも存在していなかっただろう」

「何を根拠に……」

「変なことは気にせずに、好きなら好き、嫌なら嫌と応えてやってくれ」


 子供の頃のように頭を撫でてフィンは先に戻っていきました。困惑してエラを見ると、エラも肩をすくめています。


「前に言ったと思うけど、貴女の気持ちが一番よ。難しいことを考え過ぎないでね」


 エラはわたしの背中をポンと軽く叩いて、屋敷へと促しました。

 こんなに困ったのは人生初かもしれません。




 困ったことというのは続くもので。


「お見合い、ですか?」

「私のお祖父様の知り合いで、親戚のおじ様みたいな方なの。心配から声をかけてくれたものだからどうしても断りづらくって。この前あんな偉そうなこと言ったのに。ごめんなさいね」


 手紙で呼び出されて週末に帰省すると、そんな話でした。とても申し訳なさそうに言われましたが、エラの顔を立てて、ここは一丁頑張って着飾りましょうか。まぁ、お断りはすると思いますが。


 翌日のランチタイムにやってきたのは優しそうなおじい様と、似た穏やかさを持つ金髪碧眼の若い男性でした。絵に描いた王子様のようなビジュアルです。


「ようこそ、おいで下さいました」

「エラ嬢、久しぶりだね。いや、もうエラ夫人か」


 にこやかにエラと軽いハグを交わし、フィンとわたしは握手をします。


「夫のフィンです。お噂はかねがね」

「養子のルーシーです。初めまして」

「ヴァンプリッチ市長のケイレブ・ミラーヒルだ。よろしく。こちらは孫のマイケル」

「マイケルです。よろしくお願いします」


 ヴァンプリッチといえば、小麦の名産地ですね。これはナルディアナ時代から知っています。「あそこさえ潰せれば瓦解は早い」と言われる地でしたから。その頃の領主一族が変わらず市長も務めているということは、それだけ地域からの信頼が高いのでしょう。

 どうやらブァンプリッチ戦はトレック男爵(エラのお祖父様ですね)のお陰で勝利したという話は有名なようです。当時のブァンプリッチ伯はケイレブ様のお父上だったそうです。


 ランチに合わせた軽いコースメニューが運ばれてきます。


「エラ夫人、ご実家のことはお力になれずに申し訳なかったね」

「とんでもございません。連座でなかっただけよしとしております」

「ご家族はどうしているんだい?」

「市井にてつつがなく。私もあの時は新しく町長についた夫を支えることで精一杯で、大した手助けは出来ませんでしたから」


 フィンが静かに頭を下げます。

 エラの家族の話は初めてききました。仲が良くないのでしょうか? エラは家族を大事にしているのでちょっと意外です。


「そうか。そういえばご子息は大変に優秀であるそうだな」

「まぁ! おじ様の耳に入っていらっしゃるなんて嬉しいですわ」


 スープに口を付けながら、ケイレブ様のお話に耳を傾けますが、視線がですね。マイケル様からの視線が凄いのです。何か粗相でもしているのでしょうか。正直言って正式なテーブルマナーは入学前に家庭教師に習ったきりです。学校の礼儀作法の授業は軽くだったんですよね。澄ました顔で食べていますが、背中が冷や汗まみれです。


 デザートが運ばれてきて、やっとマイケル様に話しかけられました。


「ルーシー嬢のテーブルマナーはとても美しいですね」

「そうでしょうか。ありがとうございます」


 褒められました。粗相でなくて良かったです。これでエラの顔が立つってものです。


「よろしければこの後庭園をご一緒して下さいませんか?」

「わたしでよろしければ、ご案内いたします」

「ありがとうございます」




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