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妖精の森、時は巡りて  作者: たろんぱす


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冬を越えて、君に繋がる物語4



 わたくしは大きな波乱なく順調に歳を重ねました。

 ナルディアナとカーネスの溝は、少なくとも学内では随分と浅くなり、クラス内の空気は悪くありません。

 四年生にもなると皆が将来の話を始めます。


「私は商会の手伝いしながら、新しい支店出して、そこを任されたい」

「メイジーははっきりしてますのね」


 わたくしもエラやフィンの力になりたいと思っておりますので、ヘンダー町役場への就職を第一希望にしようかしら。最近は働く女性も増えてきているそうですし。

 エラとフィンは「一旦戻ってのんびりしてから決めてもいいのよ」とわたくしに甘過ぎる対応をします。


「クラスの女の子達の半数はもうどこかと婚約してるみたい」

「そうなのね。貴族制が崩れつつある今、もっと減っているかと思いましたわ」

「古い名家とお金の繋がりは時代が変わっても欲するものなのよ」


 そんなものなのですねぇ、なんて他人事だったのが良くなかったのでしょうか。




「あの、ルーシーさん。君のことが好きなんだ」


 まさかわたくしが男性から想いを告げられる日が来るなんて。

 その方はクラス委員長で、なにかと優しく、誠実なお人柄でした。ミルクティー色の髪と瞳も穏やかで、クラスでの皆からの信頼も篤く、決して悪い方ではありません。


「も、申し訳ございません。わたくし……」


 ですがわたくしは応えて差し上げることが出来ませんでした。

 この時になって初めて、わたくしは兄上様に言われた言葉の意味を真剣に考えたからかもしれません。


『エルシィ、ねぇそれでもいい? 生きていける? 自分が生きる時は今なんだって、堂々と過ごしていける?』


 口元を押さえて立ちすくむわたくしに、委員長は「少し考えてみてほしい」と告げて去っていきました。


 もし。

 もしも、わたくしがこの“時”に留まらなければ。

 彼は誰と過ごし、誰と結ばれていたのでしょう。

 もしも、わたくしがこの“時”を選ばなければ。

 彼に想われ、愛されていたのは誰だったのでしょう。


 わたくしは、いびつなる存在。


 レイが、エラとフィンがあまりにも当たり前みたいにわたくしを受け止めて下さるから、わたくしは失念しておりました。

 それ程に、幸せな時を過ごさせていただいているのです。


『堂々と生きていける?』


 兄上様の問いかけに向き合う為、わたくしはやっと、目を逸らしていた“エルシィ”について調べました。


 当時六歳です。六歳で姿を消した小さな姫について、詳しく書かれた書物はありません。

 学校の図書室には限界がある為、町の資料を集めた図書館へと赴きました。

 その図書館の隅に納められたナルディアナ王室記録の写しには生年の記録と“行方不明のち、死亡と処理”とありました。

 墓は王家の墓地ではなくて祖父上様のご領地にあるそうです。

 きっと兄上様と祖父上様で葬儀を行なって下さったのでしょう。

 性格や人となりの記録も肖像画もなく、ただ処理され一行の記録が残るのみ。これが“エルシィ”。


(事件として扱われたとか、行方を調べた記録もない。……婚約者候補だった人は?)


 子爵、と言っていました。

 幸いなことにカーネスとナルディアナの貴族名鑑どちらも最後から数年遡った分が残っておりました。戦後の発行はされていないようです。

 子爵の欄を端から確認していきます。十年前の時点で未婚か、妻に先立たれているか。それで王妃に賄賂を贈れる金銭的余裕がある人物。


「この人、かな?」


 二十歳の差のあるかなり若い奥さんを貰っていますが、終戦の前年に戦死しておりました。もしわたくしがこの女性が嫁いだ歳に嫁いでいたとなると……十一歳?

 背筋が寒くなります。


(この女性はわたくしの身代わりだったのでしょうか。それともわたくしは妾として貰われる予定だったのでしょうか)


 今となっては真実はわかりません。ただ少しの罪悪感に胸がモヤつきました。


(堂々と生きていく……)


 それはなんと難しいことなのでしょう。

 開き直って堂々と恋をしてやろうなんて、わたくしには到底思えません。


「ただのルーシーであること以上を望むなんて、愚かよエルシィ」


 傲慢で貪欲な大馬鹿者になんてなりたくありせん。

 ただのルーシーとしてエラ達家族のそばに居たい。それ以上は弁えるべき、望むべきではないのです。


 わたくしは兄上様をおひとりにしてしまいました。どなたかを身代わりにして逃げました。姫としての責任全てを放棄しました。そのわたくしが誰かと添い遂げるなど、それは夢のまた夢。いいえ夢見ることも許してはいけないと思いました。


「ルーシー、告白されたんだって!?」

「っ!? げほっ、けほけほっ」

「大丈夫?」


 何故なのでしょう。わたくしは誰にも話していないのに、委員長に告白されたことが四学年生の間で噂になってしまったのです。


「な、何故?」

「知ってるかって? ルーシーのクラスの委員長人気だもん。成績良し顔良し、性格も横暴なとことかないじゃない? しかも家がさぁ、道路整備している会社なんだって。今国からの依頼がばんばん入って業績が右肩上がりみたい」

「……理想的な婚約者候補ね」


 さすがメイジー、情報通ですわ。


「わかってるじゃない! だから狙ってる子すっごくいるよ。告白も追っかけの子に見られてたんじゃないかな」

「なんということでしょう……」


 お断りしようと思っていてのに、注目の的だなんて頭をかかえてしまいます。


「委員長も見る目あるよね。ちゃんと上流階級の所作が身についている子を選ぶんだから」

「そんな理由で選ばれたのなら、気兼ねなくお断り出来るのですが」

「ええっ!? 断るの?」

「しいぃぃーーーー! 声が大きいですわ!」


 時すでに遅し。わたくしとメイジーの会話は瞬く間に駆け抜けました。こんな話をお昼の食堂でするんじゃありませんでしたわ。


 おかげで、委員長に想いを寄せる方々からの小さな嫌がらせが続きました。先生からの伝言が伝わってこない、廊下ですれ違いざまに嫌味を言われる、置いといたペンやインクが行ったこともない教室から見つかるなど、実害はありませんが疲れるものばかりです。


 委員長は噂でお断りの話を耳にしたようで、あからさまに話題を避ける為に返事もままならない状態です。

 四学年は結局気まずいまま終わり、帰省の時期を迎えました。




 ヘンダー町へ戻ると、レイは七歳になっていました。

 わたくしの癒やし……!


「レイ! 帰りましたよ」

「あ……」


 あああ、人見知りの馬鹿あぁぁ! ですわあぁ。

 抱きしめようと腕を伸ばすと、さっと避けられてしまいました。

 フィンに似た切れ長の目尻はまだあどけなく、エメラルド色がきらきらと輝くと変わらずに愛おしいです。頬は桃色で、灰白色の髪の下では眉尻を下げて困っています。

 困らせているのはわたくしなのですがね。


 わたくしはとぼとぼとエラの元に戻りました。


「ルーシー、落ち込まないで。貴女の帰る時期が近くなるといつも『ルールーはいつ帰るの?』って聞いてくるんだから。照れて本人に何も言えないなんて、レイは意気地なしね」

「本当? エラわたし嫌われていない? 最近はお絵描きも同封されていませんし……」

「むしろ逆ね。好き過ぎてどうしたらいいのかわからないって感じだわ」

「それは嘘ですぅ〜。流石にその慰めはわかります」


 エラは励まして下さいますが、わたくしは騙されません。そこへ扉がノックされて、フィンがレイと共に現れました。


「今いいかな?」

「フィン、どうしたの?」


 フィンは手にもったドライフラワーの飾りが付いた華やかな封書をヒラヒラと振りました。


「ルーシー、“フェリクス・アレン”を知っているか?」

「えっ!?」


 何故その名をフィンが知っているのでしょう。クラス委員長の名前です。

 わたくしは不覚にも驚き肩を上げてしまいました。

 フィンが持っていた手紙をエラに渡し、目を通したエラがわたくしに回してきます。


「婚約の打診だ。アレン家って今急成長中の家だろう? 嫁ぎ先としていいんじゃないか、と思ったんだが。……ルーシーが乗り気じゃないなら断るぞ」


 本当に委員長家からの打診です。正式に父親から出されたもので、これを承諾したら結婚確定といった感じでしょう。


「ですが、わたしがこの家に嫁げばヘンダー家は強い繋がりを得ますよね」

「そんなことは別にいい」

「そうよ。ルーシーが幸せになれるか、それだけを考えて」


 二人の気持ちに胸が苦しくなります。わたくしが誰とも結婚することを望まないと申し上げたら、二人を悩ませてしまうでしょうか。


「ルーシー、大丈夫か? まさか学校でコイツに“嫁になれ”とか脅されてないだろうな?」

「ち、違います! その、気持ちは伝えられてて……でも考えて、応えられないって断ろうと思ったら避けられるようになってしまって」

「「あ〜……」」


 二人が気まずそうな表情でハモリます。

 微妙な関係を理解して下さったようです。


「ねえ、ヨメってなぁに?」

「レイ。えっと、エラとフィンみたいに結婚して家族になってずっと一緒にいようねって約束した二人の、女性側のことをそう呼ぶのですよ」

「ルールーケッコンするの?」

「ううん、お断りするのです」

「ふーん」


 レイはわたくしをジロリと睨んで部屋から出て行きました。


「な、なんでしょう? わたしレイを怒らせましたか?」

「いや、あれは嫉妬だな」

「本当、レイは言葉足らずねぇ」

「お姉ちゃんがお嫁に行くのを寂しいと思ってくれてるということでしょうか?」


 な、なんて嬉しい嫉妬でしょう。


「「違う、そうじゃない」の」


 違うのですか……。

 二人で口を合わせて否定されると本気で凹みますわ。



 五学年が始まって早々に、委員長が謝りに来てくれました。


「ごめん、僕が煮え切らないせいで、父が思い切ってしまったんだ。君の気持ちを聞く勇気を持てなかった」

「いいえ、わたくしこそごめんなさい。こんなわたくしを想って下さってありがとうございます。ですがわたくしはヘンダーの町から離れる気はないのです」

「その、僕を好きになれない、とかじゃなく?」

「え? ええ、委員長は良い方だと思いますけれど?」

「そっか」


 委員長は五学年のクラスでも委員長続投になりました。

 わたくしはかねてより興味のあった生徒会へと立候補しました。といっても役職付きではありません。庶務です。エラの補佐として働く時に役立つのではないかと思ったからです。

 あとついでに、生徒会と関わりがあると変な嫉妬や嫌がらせの対象になりにくいとかなんとか聞いたのです。


 無事に入会テストに合格し、庶務として働き始めました。実際生徒会に入ってみれば、皆さん三学年、四学年から入ってらっしゃる方ばかりで、大きい学年での新人は、わたくししかおらず、周りが気を遣って下さり少々大変でした。

 ですが慣れれば、お茶くみから会議資料の準備、集まる部屋の予約、先生方との調整とやりがいがあります。

 クラス委員長も時々生徒会を手伝うらしく、委員長も偶に様子を見に来てくれました。


 まあ、陰で委員長との仲を噂されるのはちょっと困りましたが。名も知らぬ女生徒に睨まれるのは遠慮したいのです。

 生徒会防御壁は恋する乙女の前では微々たるもののようです。


 五学年と六学年の間の長期休暇は帰省しませんでした。

 メイジーが店舗を手伝うというので、アルバイトをさせていただくことにしたのです。庶務をして思ったのですが、やはり色々な経験は大事だということです。

 メイジーの家でお世話になりつつ、店先で売り子をします。商品の名前、使い方、特徴と覚えてセールスするのはとても楽しく感じました。

 下宿代を引いたお給料もいただけて、良い経験となりました。六学年が始まっても、週末は働かせていただこうと思います。


「大丈夫なの? ルーシー忙しくない?」

「なんだか、最終学年ですし。頑張りたい気分なのですわ」


 忙しいと自分の感情に鈍くなるのも良いのです。


 最高学年でも庶務をやらせていただきました。

 去年教わったことを新しく入る子達に教えながら、共にこなします。


 授業の数は減り、就職や更なる進学へ向けてのそれぞれの準備が重要視されます。

 学校生活がもう最後だと、日を追うごとに実感いたします。このように友人と気兼ねなく過ごせる時間はもうないのでしょう。大半は家に入り、夫人となり、母となる。ある者は家を継ぎ、ある者は旅に出るでしょう。


 わたくしはどうしたらいいのでしょう。

 ホントウのわたくしとは、どうやって定義付けたら良いのでしょう。

 人の役に立ちたくはありますが、歪なるわたくしがこの先更に沢山の人と関わることに尻込みする気持ちもあります。


(やはり戻りましょう、ヘンダーに)


 もしあの日、わたくしが兄上様と共に過去へ帰っていたのなら、今どのように生きていたのでしょうか。

 あの子爵と結婚していたのかしら。

 いいえ、でも兄上様が祖父上様に保護されていたのなら、わたくしも一緒に保護されていたかもしれません。

 侯爵令嬢として、別の方と婚姻したかもしれないし、王妃の手が入り城に帰っていたかもしれない。


(わたくしが迷っていれば、いつでも兄上様が前に立って下さった)


 でももうわたくしは、ひとりで決めねばならないのですね。



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