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妖精の森、時は巡りて  作者: たろんぱす


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冬を越えて、君に繋がる物語3



 新しく町に越すと、村のゆったりした生活から一変しました。

 デスクワークに慣れないフィンに、エラが秘書のように付き従い手伝います。広くなった屋敷には執事やメイドが入り、料理人もいてエラの作るご飯を食べることは無くなりました。


 あの不思議な時間、ビスケットを家族で分けて食べ、窓辺と竈にあげる習慣も無くなってしまいました。美味しくない物を義務的に食べる時間がなくなったというのに、何故かとても寂しい気がします。


 服は綿から絹になり、わたくしには家庭教師がつけられました。家庭教師にはいい思い出がひとつもありませんで、村での言葉遣いを厳しく指摘され、少々ムキになりました。だって目を釣り上げて「町長の娘として相応しくありません」なんておっしゃるのですもの。

 以前の言葉遣いに戻してやったのです。こんなこと造作もありません。むしろ皆の前で気をつけて砕けた口調にしておりましたので、貴女のお陰(せい)ということにして、言葉遣いをすっかり戻してしまいましょう。ボロが出なくて助かります。

 エラとフィンには「前と同じでいいんだよ」と言われましたが、戻さないでいると、家庭教師の先生が優しい先生に代わりました。あらまぁ、ごめんあそばせ、ですわ。


 レイの面倒は乳母が見てくれて、わたくしと過ごす時間が大幅に減少しました。悲しすぎます。もう家庭教師など不要です、と言いたいですが二人目ですからね。エラの顔を立てて申し上げたりはいたしませんが、成長を見逃すのが悔しいっ。


 町へ遊びに行こうにも、町は物騒で遊ぶどころではありません。君主制派、民主制派、それ以外にもカーネス復興派、貴族制推進派と、様々な派閥の方々が各方面から現れては演説を行い、他派閥同士で邪魔し、乱闘騒ぎを起こすのです。


 かなり手を焼いたフィンはジャック達元傭兵のメンバーに声をかけ、希望者を私兵として雇いました。お出かけの時はついてきてくれて、騒ぎが起こればすぐに隠してくれます。ですが彼らがいてもお出かけは緊張感を伴いました。


 レイは屋敷の敷地から出せない日々が続きましたが、物心つくころには賢く穏やかな性格に育ちました。賢さは確実にエラ似であると言えるでしょう。

 ひとつの物が気にいると一日中それで遊んでいる一途さはフィン似かもしれません。


 そして待ちに待った「お姉ちゃん」呼びですが。


「ルールー」


 叶いませんでした。なんということでしょう。


「ルールー、おはなぁ、おはなボキしてぇ」

「お花ボキはちょっと。庭師にハサミを借りてチョッキンに致しましょう」

「チョッキー、チョキしてママどうじょするぅ〜」

「いいですね。そう致しましょう」

「ルールーどうじょも、するぅ」

「っレイ……! わたしにもくださるのですね」

「うん」


 レイはまだ三歳前なのに、言葉が達者な気がいたします。乳母もそうおっしゃられていましたし。間違いなくお利口な子になるでしょう。いえ、もうなっておりました。同年の追随を許さぬ賢さを持っていると思われます。

 そして愛らしく優しい。もう非の打ち所がありませんわ。


 このままずっと成長を見守っていたい。

 ですがそういかないのが世の常というものです。

 民主制の移行と共に、市民の学力向上を掲げ、十歳から十六歳までの六年間教育を受けることが国民に推奨され始めたのです。

 金銭的に余裕のない家はともかく、中流以上は皆通い始めました。

 フィンの治める町には学校がないため、十歳を迎えたわたくしは遠方の学校の寮へと入ることになりました。


「すまないルーシー。必ずこの町にも学校を建てるから」

「長期のお休みの日は帰ってきてね。約束よルーシー。あ、あとお手紙も出してね。忘れちゃダメよ」

「ルールー、おでかけ、レーもいくぅ」


 わたくしに手を伸ばす天使を振り切り、馬車に乗り込みます。ここから一日半かけて向かいます。

 わたくしが入学する学校がある場所は、元ナルディアナと元カーネスの国境があった場所です。小競り合いが多い場所でしたので、隠れられないように見晴らしがよくされていました。

 何もない場所だったからこそ開拓がスムーズだったと聞きます。

 市長の腕も良かったのでしょう。たった三年で著しく成長した都市に、驚きを隠せません。とんでもない数の人が行き交っています。


 手伝いに着いてきてくれたメイドと、案内された部屋に荷物を運び、片付けが済んだらメイドは帰っていきました。

 入れ替わりにルームメイトがやってきます。


「初めまして、ルーシーと申します」

「メイジー・ダントスよ。よろしく」


 メイジーは毅然とした態度の素敵な赤毛の女の子でした。クラスは違いましが、仲良くなれそうで嬉しいです。思えば、同い年の友人は初めてです。


「ルーシーは元ナルディアナの人?」

「え? あー……えっと、わたくし戦災孤児で小さな頃の記憶が曖昧でなんとも。わたくしを保護して下さった養父母はカーネス人ですわ」


 ということにしています。

 正直、エラとフィンにも森に来る前の記憶は曖昧でよく覚えていないと伝えています。たとえ普通に調べたとして、わたくしの過去は出てこないでしょう。

 真実を知るのは兄上様のみです。


「そうなんだ。私はカーネス人。同室の人がカーネス寄りの人で良かった!」

「そうなのですか?」

「ん? ルーシー、もしかして、言い方悪いけど田舎者?」

「ええ、その通りですわ」


 ものすごく申し訳なく言われたけれど、元トレック村は隣り町としか繋がりのないド田舎です。しかもその隣り町と融合して今のヘンダー町です。立腹も出来ませんわ。

 

「あのね、この町が元国境の上に出来た町であることは知ってるよね?」

「ええ」

「たがらか、ナルディアナ人とカーネス人の衝突が凄く多いの。上級生もそれでピリピリしてるってウワサ! クラスでも気をつけて。そうそう、大通りなんか絶対ひとりで行ってはダメよ。目があっただけでからまれるわ」


 田舎者には知り得ない情報をいろいろ教えてくれます。


「ダントス嬢は随分とこの町詳しそうですね」

「メイジーでいいよ。うちの父が隣り町で商会をやってるからね。この町にも支店出してるしよく来るの」

「まぁ! では流行にもお詳しいのでしょうね。わたくしの養父は町長ですわ。ド田舎のですけれど」

「へぇ、意外! もっと深窓のご令嬢かと思ったわ。元伯爵家とかの」

「他にもいろいろ教えて下さる?」


 ルームメイトとは仲良くやっていけそうですわ。




 わたくしが入学した学園は一番上が四年生だそうです。セオドラ陛下が布令を出されてから新設したそうなので、わたくし達は四期生となります。

 確かにクラスの中もざっくりと二分し、ぎこちない空気感はありますが、新設だからなのか、学校全体に厳格な雰囲気はなく、新しく活躍していこうという人達が多く感じます。


「気をつけてね。新しく始めようって意気込みが強い人ほど変な思想に捕まってることあるから」

「メイジーの側にいれば安心ですのに」


 この王政廃止と共に貴族制の廃止も勧められているが、こちらは未だに反発が多く、何年もかけて落とし所を探しているそうです。領地がなくても、行政官吏の地位を追われても、貴族という肩書にこだわる人は大勢いるのですね。


(兄上様が頑張っていらっしゃるのよ! わたくしも頑張らないでどうするの)


 兄上様が目指した平和な世の為に、まずはクラスメイトみんなに挨拶をすることから始めました。

 不思議なことに、元ナルディアナ人から声を掛けられることがとても多く、第一声は大抵「あなたもナルディアナ人?」でした。


 鞭で体に貼り付けられたマナーを剥がすのって難しいのですね……!


 どうやら染みついたマナーがナルディアナの中でも上流階級のものらしいのです。それはそうでしょうよ、と申したいところですが、それではいけないのです。


 下品になりたいとは申しませんが、やり過ぎ注意ですわね。




 お休みの日、メイジーがお出かけに誘って下さいました。

 じつはエラとフィンがお小遣いを持たせて下さったのですわ! わたくし自分でお買い物しますのは、初めてなのです!


「メイジー、いかほど持って行けばよろしいのかしら?」

「ああ、こらお嬢様。他人の前にお金じゃらじゃら出すんじゃないの。悪い人だったら奪われてるよ」

「わたくしだって信用ならない人の前ではやらない分別くらいございます」


 田舎者であってお嬢様ではありませんのに、と頰を膨らませますと、メイジーに突っつかれました。

 とはいえメイジーはお金のことなら間違いありません。


「これ一年分で、帰省の交通費込み?」

「多分?」

「ルーシーは不安だなぁ。一応交通費抜いて、月割りにして、ひと月分の一割はもしもの時ように避けて……とりあえずこれくらいかな? 買うものにもよるけど」

「ありがとうございますメイジー!」

「この金額で何が買えるかは自分で学んでね」

「はい、メイジー先生」


 わたくし、ひとつ賢くなった気が致します。


 メイジーと行った町は雑多に混み合い、ものすごい人出です。行き交う人が時々ぶつかり、メイジーが「スリに気をつけて」と言った意味を理解します。

 胸の前に鞄を抱えて歩き、乗合馬車に乗って今流行りの「婦人通り」という場所へと向かいます。


「女性もののお店が集まってるから、比較的治安がいいの」


 とのこと。

 ですが到着して、わたくしは別のことで度肝とやらを引っこ抜かれたのです。


「あれは?」


 キャアキャアと女性達が列を成して黄色い声を上げています。大きな建物は劇場でしょうか? 今公演中の演目の絵が壁面に大きく飾られています。黒髪で緑の目をした男性が青い剣を構える絵に、女性達が興奮しているようでした。


「呆れた、ルーシー貴女“妖精王”も知らないの?」

「妖精王?」

「現代に甦りし伝説の妖精王、セオドラ陛下よ!」


 は? なんですって?


「湖の妖精から授かりし剣で、長く続いた戦を終わらせたその姿から、陛下は現代の妖精王と呼ばれているのよ。ナルディアナの子達からは建国記の初代王みたーい、とかで人気だし。ナルディアナの建国記を知らないカーネス側もアーサー王とエクスカリバーみたいだって盛り上がって、どちらの女子からも人気なんだから!」


 兄上様が現代の妖精王!?


「しかも御歳二十五歳になろうというのに、婚約者どころか恋人の陰もないじゃない? 国王を退かれたとしても、未だ国議会には引っ張りだこだし。クールでミステリアスで素敵って。ぶっちゃけこの話でナルディアナ女子とカーネス女子で垣根を越えて仲良くなった子多いんだから。そりゃもー、それを題材にした演目はどこでも大人気ね」


 驚きも一周回って笑えてきましたわ。

 クールでミステリアスですか。どう見ても分かりやすくエラに初恋をしていましたけれど。……え? エラへの恋心を拗らせて未だに独り身、とかではないですわよね?


「そ、そうなのね。教えて下さりありがとう」

「役者も男前そろえててね〜。次の公演は今一番人気の役者みたい! ルーシーも興味ある? 演劇」

「いえ、結構です」


 兄上様の伝説の演劇なんて、流石に微妙な気持ちになってしまいますわ……。




 驚きもございましたが、わたくしの学園生活は概ね順調でございました。月一くらいのペースでエラやフィンから手紙が届くのですが、レイのお絵描きが同封されている時もあり、わたくしの最上級の癒しです。お返事も捗ります。


 必死に勉強して上位をキープし、一年の終わりにヘンダー町へ帰ります。

 

 フィンとエラは町の人々からの人気も上々で、国から指定された期間が過ぎても、町長に選ばれました。誇らしいことです。


 帰るとレイは一回り大きくなっていて、しかも人見知りが始まってしまいました。なんということでしょう。照れながら「ルールー」と呼ぶ姿は可愛くもありますが、一線引かれたような感覚に悲しくなります。

 共に過ごし、レイがわたくしに慣れてきた頃にはまたさよならです。


「そして湖の妖精は女王となり、男は王様になったのでした。二人は仲良く暮らしました、おしまい」

「ルールー、明日もお話聴かせて?」

「ぐっ……ごめんなさい、明日は学校に戻らなくてはいけなくて」

「そんな、ルールー僕を置いていくの」

「くっっ!」


 きゅるきゅるお目目の上目遣いの、なんと尊いことでしょう。

 この瞬間だけは、学校を辞めたくなりました。




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