冬を越えて、君に繋がる物語2
終戦の報せが町々に届いても、村の男性達は帰って来ませんでした。
「首都からこの村までは馬車を使っても三日はかかるのです。食料を集め、荒れた道を徒歩で向かうならば十日以上かかるでしょう」
エラは村人達にそう説明しました。人々は納得しましたが、不安は拭いきれません。大丈夫、まだ時間がかかるだけと自分を納得させつつも、駄目だったのかもという考えが常に心の片隅にあります。
一時的に村に避難していた人は町へと帰り、エラも数人を交代で町へ送り様子を確認します。
「奥様、麦や雑穀だけじゃなく、野菜もとんでもない値段で売られていましたよ。村の分は採れた果物は雑穀と交換してもらえたけど、宝石なんてゴミ扱いでした」
「そうなのね。ありがとう、今日は休んでね」
そんな状態ですから、男衆が食糧を手に入れるのはもっと苦労しそうです。
時間が経つにつれ領主館に詰めていた人も、半分はお年寄りと合流して自分の家へ帰って行きました。
残り半分はお年寄りといえど男手が無い家の人達です。
エラも不安なのか、女性や子供達の滞在を歓迎しました。ですが無理しているのでしょう、食事量が少なく、とても顔色の悪い日々が続きます。
ある日とうとう、エラが吐いて倒れてしまいました。
「エラ! エラ、いやよ。死なないで」
泣き喚く私に、女性達は顔を見合わせて目を瞬かせました。
「奥様、おめでたじゃないですか?」
「え?」
「子ですよ、お子ができたんじゃないですか?」
「ええっ!? エラ、そうなの? 病気じゃないの?」
顔色の悪いエラは目を彷徨わせた後に両手で顔を覆い、小さな声で言いました。
「そ、そうかも……」
照れているようです。
「こりゃめでたいねぇ! 村長にも知らせましょ! 久々の明るい話題だわ」
「家のことはあたし達でやるから、奥様は休んでいて下さい」
「ええっ!? でも……」
「いいの、いいの。ルーシー、ついていておあげ」
「うん!」
その日は村長が張り切って鳥を一羽仕留めて来てくれて、皆で久々に肉を分けました。一人一口ですが、ご馳走です。
それからわたくしに課せられた使命は、動き回ろうとするエラの見張りとお世話です。吐いた後の片付けだって出来るようになりました。
「ルーシー、ごめんなさいね」
「大丈夫よ! エラは元気な赤ちゃんを産んでね」
「ふふ、まだまだ先よ」
お腹はまだ細いままです。いつ大きくなるのでしょう? こんなに食べなくて大丈夫なのでしょうか? 女性達は心配し過ぎなくても大丈夫と言います。
「おーーい!」
村に、出兵した男性が最初に帰って来たのは、終戦の報せからひと月もしてからでした。しかも二人だけ。
手を振り帰ってくる男性を見て、子供達が村に知らせて周り、家族達は泣きながら駆け寄り、抱きしめ合います。
村の人々に問われて男性達は言いました。
「俺達二人は同じ配属先だったんだ。しかも村寄りだ。もっと遠い場所に配属されてたら帰ってくるにももっとかかるだろうな。ましてその、俺たちは敗戦国側だ。一時捕虜になってすぐ解放されたが、ナルディアナ兵が横暴な場所はそうもいかないと聞く。その……怪我をしていたら時間もかかるだろう」
敗戦兵は皆殺しにされる場合もあるそうです。捕虜と称して奴隷送りにされることも。ただ、兄上様はそのようなことはなさらないと、わたくしは信じたいのです。
その思いが通じたのか、何ヶ月もかけて男性達が次々と帰って来ました。その度に村は喜びの声で溢れ、お祝いをしました。
その一方で、首都の貴族達には大きな変動期が訪れました。
終戦から三ヶ月、ナルディアナ王国とカーネス王国が統合し、ナルディネス国となり、新国王セオドラ陛下が即位されました。
兄上様は本当に、長く続いたこの戦争に終止符を打ったのです。
合併ですから、カーネスもナルディアナと同じナルディネスの国民となりますので、市民の奴隷化も違法とされるでしょう。平和を願ったあの頃の兄上様は、やはりわたくしの兄上様であったと思わずにはいられません。
それに伴い旧カーネス王家と戦争推進派の粛清、宮廷貴族の整理、お取り潰し、領地の再編成が追々行われると通達がありました。
エラのところにもあったようです。後ろ暗い貴族達は慌ただしく亡命を始めましたが、エラは「小さい領地だし、上に任せましょう」と落ち着いた様子でした。少なくとも繋がりがある貴族に巻き込まれて連座という心配はないようでした。淡々と手紙を整理していましたから。
エラの悪阻は収まり、領主館に留まる家族も一組、また一組と減って行きます。
年の暮れにはとうとう皆が家に帰りました。
「あ、動いた」
「本当ね」
フィンはまだ戻りませんでした。領主館にはお腹の大きくなったエラと二人の生活です。
静か過ぎて不安になり、時々フィンがもう帰って来ないんじゃないかと涙が出そうになります。そんな時はこうしてエラのお腹に触らせてもらいます。
小さい命が私に勇気をくれるのです。
「エラ、わたしこの子のお姉ちゃんになっていい?」
「もちろんよ。ルーシーがいれば安心ね」
「うん! 赤ちゃん、お姉ちゃんだよー。絶対絶対わたしが守るからね」
年が明けて、冬の終わり。春目前にそれは来ました。
「いたたた……」
「エラ! エラ大丈夫?」
「うん、大丈夫よ。ルーシー、陣痛が来たって村に知らせに行ってくれるかしら?」
「任せて! すぐに戻るからね!」
わたくしは全速力で村長さんのお家へ駆け込み、エラの陣痛を知らせて、また駆け足で戻りました。村長の奥さんが後から様子を見に来てくれるそうです。
エラはわたくしがいない間にまた動き回っていました。
「ご飯の支度も、お産の準備もみんながしてくれるから、寝てて!」
「まだ大丈夫よ。痛みが治っている間にできることしちゃわないと。なんだか落ち着かないし。あ、いたたた……」
「もー!」
陣痛の感覚が短くなってきて、エラはやっと床につきました。ウロウロされてしまうとこちらが落ち着きません。
村の奥さん達はキッチンの火を絶やさずに焚き、常に鍋に水を入れて沸かし続けています。部屋を出されたわたくしも自室では落ち着かずにキッチンの隅で大人しくしています。
「ほら、ルーシー。ご飯食べちゃいな」
奥さんが家で作ったスープを分けて持って来てくれました。戦争の影響で一時期程ではありませんがいまだに食料は貴重です。芋と豆のスープを有り難くいただきます。
「赤ちゃんが産まれるのって時間がかかるのね」
「ふふ、そうさねぇ。とはいえもう丸一日か」
「長い?」
「まぁね。でも人によってないわけじゃないから」
その時です。玄関の方から足音が鳴り響き、エラのいる二階が俄かに騒がしくなりました。
「うまれた!?」
わたくしも慌ててキッチンを飛び出して階段を上がります。そこには、部屋から追い出されている汚いおじさんがいました。髪も髭も伸びてボサボサ、服も汚れシミだらけです。ですがその灰白色の髪は良く知る色でした。
「えっ、えっ!? もしかしてフィン!? わっ、くっさい!」
驚き飛び退りますと、わたくしの方に腕を伸ばされていたフィンの動きが固まりました。
わたくしとしても、もしフィンが帰って来ましたら労って差し上げたい、抱っこして欲しいと思っておりましたのに、なんということでしょう。くさい。
部屋からフィンを追い出した奥さんが、カゴを持って再び出て来ました。
「領主様、生きて帰って来てくれてとても嬉しいです。ですがその格好でこの部屋に入れるわけには行きません。奥様の安全の為に。わかりますね。水浴びして着替えて来て下さい」
籠には着替えが入っていました。エラが丁寧に用意していたものです。
フィンは首肯し、外へと走って出て行きました。「水浴び」というのはことばの綾で、身綺麗にしてきてという意味だったのだと思うのですが、フィンはこの寒い中、井戸で身体を洗ったようです。
「ルーシー、帰った!」
髭を剃り、前髪を整えたフィンは見知ったフィンです。わたくしは躊躇わずにその腕に飛び込みました。
「フィンおかえりなさい! わ、冷たいっ」
「あ、すまない」
生乾きの髪はともかく、肌までとても冷たくなっています。よく見れば頰が痩け、唇は割れ、腕も硬く骨張っています。
「フィン、スープあるよ。村の奥さんが作ってくれたやつ。あったかいよ」
冷たい顔を掌で撫でると、フィンは柔らかく目元を細めました。
「ああ、ありがとう。もらおうかな」
二人でスープを平らげると、再び二階が騒がしくなります。
「今度こそうまれた!?」
フィンと二人で階段を駆け上がります。
寝室の扉は開け放たれて、猫の声のような泣き声が聞こえます。赤く汚れた布を盥に入れた奥さん数人が出て来ました。
「おめでとう、領主様! 元気な男の子だよ!」
「おめでとう!」
「お祝いを知らせてくるわ」
奥さん達は口々にお祝いの言葉を言います。わたくしは力の抜けたフィンの手を掴んで思い切り振りました。
「フィン、男の子だって!」
「あ、ああ」
「エラのとこ行こう」
「あ、ああ」
奥さんのひとりが赤ちゃんの体を拭いてから入り口まで連れてきてくれました。
「領主様、抱っこしますか?」
「あ、ああ」
「わたしにも見せて!」
小さな小さな赤ちゃんが、フィンの腕の中にそっとおさまります。フィンは屈んで、わたくしにも見せてくれました。
まだ開かない目はわかりませんが、頭に張り付いた髪はフィンと同じ灰白色です。一生懸命口をぱくぱくさせています。
「元気だね。お腹空いてるのかな?」
「あ、ああ」
「フィン、それしか言ってないよ」
「あ、ああ」
「赤ちゃんかわいいね」
「あ、ああ。……かわいい」
フィンを見れば、その群青色の瞳からぽたぽたと涙が溢れていました。またたきせず、涙も拭わず、一心に赤ちゃんを見つめていました。
「今度は……間に合った」
フィンは微かな声でそう呟きました。
意味はわかりませんでしたが、フィンは噛み締めるように笑いました。
「……フィン」
エラの声でフィンがハッと顔を上げます。
わたくしも改めてエラを見ました。エラは疲れ切った顔に笑顔を浮かべていましたが、顔色が良くありません。
「エラ、ありがとう、ありがとう。ああ、大丈夫なのか? エラ、顔色が悪い」
「フィン、お帰りなさい。ずっと、待ってた。帰ってきてくれて嬉しい」
「遅くなって悪かった。ただいま、エラ。もうそばにいるから、だから休んでくれ」
エラは力なく頷きます。
「うん、ちゃんと休むわ。でもその前にフィン、赤ちゃんの名前を教えて」
「名前……俺が、つけていいのか?」
「当たり前よ」
赤ちゃんの名前です。なんと付けるのでしょう?
「…………レイ。レイと付けてもいいだろうか?」
「レイ……。いい名前ね。ありがとう」
レイ。ナルディアナでも使われていた古い言葉です。それは“一筋の光”を意味します。
わたくしも良い名前だと思いました。
エラがわたくしを見て手招きします。
「光をもたらす者と一筋の光なんて、本当の姉弟みたいな名前ね」
そう言われて、わたくしは嬉しくなりました。
「うん! わたしお姉ちゃんとして、頑張るからね!」
「ふふ、お願いね」
産後しばらく、エラは体調を崩しました。その間フィンはエラの看病とレイのお世話に全力を尽くしていました。
わたくしももちろんお手伝いを沢山しました。ですがフィンのお世話は鬼気迫るほどに凄くて、決してレイをひとりにはしません。夜の闇の中でもレイのベッドの横に座って眠って、絶対に離れようとしませんでした。
日中は出来るだけお守りを代わります。
「フィン、わたし暫くレイ見てるよ。休んできて」
「ああ、ありがとう。そうさせてもらう」
「どうしてそんなに心配なの?」
「え? だってレイが可愛いすぎて、妖精が連れていっちゃうかもしれないだろう?」
「そ、うだね……」
冗談、だったのでしょうか?
疲れ切った顔を真顔にして言われて、判別がつきません。
だけど少なくとももう、その心配はいらないような気が致しました。この森はあの頃と変わったのです。わたくし達が来た頃の濃厚な森の気配とは。
レイがすくすくと育つ一方で、国のあり方は目まぐるしく変化していきました。
君主であるセオドラ陛下御自ら、王政廃止を公言なされたのです。
領地の再編成はその下準備ともいえました。
「えっと、国土を六つの群に分けられるのですって。そこを更に市に分け、市の中を町にわける。フィンはそこの町長に任命されたわ」
「何で俺みたいな弱小新米小領主なんかにそんな話が」
「人手が足りないのかしらね?」
領地を特定の貴族に渡し、平民に貸し出して畑を耕させるのではなく、土地を個人で所有し、個人で税を納めさせ、その取り立てや管理を長に頼むものでした。その管理もずっとや世襲ではなく、そこに住む人々が選ぶというものです。
最初は不正をせずに治め続けた元領主達を据え置いた感じだとエラは言います。
「君主制から民主制への移行は三年後、その時善政を敷いていれば自ずと次期も同じ座に着いていられるということね」
フィンが割り当てられた町は、今住むこの村を含む隣り町一帯のエリアでした。フィンは元々そこの傭兵団にいたそうなので、「知ってる土地でよかった」と言います。隣り町を納めていた人はさらに大きいの土地に配属されたそうです。
ですが皆が皆、エラやフィンのように落ち着いていられるわけがありません。
町長ということで、わたくし達一家は村を出て町に居を移さなければならなくりました。
「町はどんなところかしらね、レイ」
「あーう、うぅだぁ」
一歳になったレイは好奇心いっぱいであちこち歩き回るので、わたくしは背後をついて歩きます。名前を呼ぶと、レイは振り返ってにっこり笑いました。
その、湖面に写った木々のようなエメラルド色の瞳に日差しが差し込み、きらきらと輝く瞬間がたまらなく愛おしいのです。
(そのうちお姉ちゃんと呼んでくれるかしら)
たどたどしく『おねーたまぁ』と口にするレイの様子を想像して口元が緩みます。
期待して待つことにいたしましょう。




