冬を越えて、君に繋がる物語1
〈四章 冬を越えて、君に繋がる物語〉は全八話です。よろしくお願いします。
──◯月◯日 わたくしの唯一の血縁であり、本当の家族がいなくなりました。一緒に行けなかった意気地のないわたくしをどうか許して下さい。あにうえさまはかの場所に帰りつけたのでしょうか。知る由もございませんが、ただただ御身のご無事をお祈りしております。今日からはこの地に残りましたわたくしの、いびつなる時を記したく、日記を書くことにいたします。
その日記は、そんな文書から始まっていた。
***
「フィン! セオは!?」
フィンは静かに首を振りました。
「多分だが、森で消えた。いなくなったんだ。……元いた場所へ戻ったんじゃないのか?」
エラは何も言わず、わたくしの前にしゃがみ強く抱きしめました。わたくしも泣きじゃくりながらエラに縋ります。
「ルーシー」
「エラ、エラぁ。わたし、どうしよう。お兄ちゃんをひとりにしちゃった。でも、でもね、わたし帰りたくないの」
「大丈夫よ、大丈夫。ルーシーは帰らずにここにいる。それが答えなのだわ」
「わたし、“森のお客様”じゃなくなりたい。ここの子になりたくて」
「うん、大丈夫。ルーシーはウチの子よ。お客様なんかじゃない。大丈夫」
わたくしの混乱が治るまで、エラは何度も「大丈夫」と言い背中を撫で続けてくれました。
わたくしが落ち着くと、デュークと入れ替わるように、別の方がいらっしゃいました。
「フィン!!」
「ジャック? どうした」
「手紙の配達を頼まれたんすけど、これ……!」
その方はとても慌てた様子で息を切らし、汗を拭わず、呼吸を落ち着けることなく、フィンに手紙を渡しました。その封筒は赤い紙に黒の縁取りがされていて、とても不吉な予感がいたしました。
隣にいたエラもはっと息を止め、フィンを凝視します。
フィンは眉間に皺を寄せて苦悶の表情を浮かべました。
「徴兵の、召喚状か」
それは国の為に戦えという王からの命令でした。戦況が芳しく無い今、戦役で爵位を得たフィンには当然と言えます。これを拒否すれば逆賊と見做され殺されるでしょう。
「ジャック、俺の馬はまだあるか」
「ったり前ですよ! 今は荷馬車引いてもらってますけどねぇ、アイツはいつだって団長と走りたがってます!」
「助かる」
フィンは召喚状の封を切り、ピタリと動きを止めました。
「ジャックの傭兵団に声はかかったか?」
「あ、前に仲間達と何でも屋として生計を立ててるって言ったじゃないっすか。最初は一時的なつもりだったんですけど、最近は正式に荷運び屋として転職したんです。なんで傭兵としての依頼はなかったですね」
「……なるほど。じゃあ俺達を運ぶ仕事を頼むことになるかもな」
エラが心配そうにフィンに問いかけます。
「フィン? どういうことなの?」
「徴兵の召喚状で間違いない。この村へのな」
「「!」」
フィンとジャックは村長の家に行くと、走って出て行きました。
「私達も行きましょう。村長の奥さんと話さなきゃね」
「うん」
エラは籠に野菜を詰めてから村長宅へと向かいました。既に近所の女性達が集まり、男性の話し合いの結果が出るのを待っているようです。
エラと村長夫人が先頭して料理の支度が始まります。スープが出来上がる頃、フィンが皆を集め告げました。
「村の十八から四十までの男達を兵役として首都へ出すことになった。応じれば今年の村の税金は無くなる。村には村長と領主夫人のエラが残る。二人の言うことを聞いて村を守ってくれ」
そして急遽パン焼き竈に火を入れることになりました。戦地へ向かう者へ持たす保存食と、ここが戦地になった場合を考えての作り貯めです。
スープを食べ終え、皆がそれぞれの家へ散って行きます。
「ルーシーは寝ましょうか」
エラにそう言われましたが、わたくしはとても独りで部屋に帰れそうにはありませんでした。
「……エラといてもいい?」
「もちろんいいわ。そうね、椅子と膝掛けをキッチンに持って来ましょうか」
「うん」
椅子二脚並べてクッションを乗せて、わたくしはその上に丸まって横になりました。
「寝ちゃっててもいいからね」
「うん」
エラはわたくしの頭をひと撫でして、料理へととりかかりました。
竈に小さい火が入れられて、水の入った鍋がかけられます。パチパチと小さな火の音を聞きながらエラを見つめます。
お母さんがいたら、きっとこんな感じなのだと思います。優しくて、あったかくて、不安を拭ってくれるのです。
エラはありったけのボウルを出して、豆粉と穀物粉を混ぜて捏ねて行きます。旅に持たせるようは細長く成形して二度焼きするそうです。家に置いとく用はお酒と、蓄えていた砂糖を惜しげもなく入れて長持ちさせます。出来たら甘い方もフィンに持たせたいなとエラは小さく言います。
いつもの食事パンも作るみたいです。エラがパンを飾っている間に、わたくしは眠ったようでした。
お城での生活が、わたくしは嫌いでした。
わたくしは母上様を存じ上げません。城にある肖像画は小さなポートレートも一枚残さず、王妃様に処分されたと聞きます。
兄上様が一度だけ描いてくれた似顔絵と、兄上様が語る母上様との思い出話。それだけがわたくしの母上様を形作りました。
家庭教師だって教えてくれないのです。いつも「こんなことも出来ないのか」と嘲笑うしか出来ない教師でした。そのくせ一日中張り付いてチクチクと嫌味を言うのです。
父王様にはお話するとこさえ叶いません。晩餐の時に端の席からこっそりお姿を拝見するだけです。父王様はわたくしを見たりは致しません。王妃様が怖いのだと兄上様は言います。
メイドはいつもちょっと小さい服や靴を用意します。「痛い」「苦しい」と言うとはしたないと叱られます。ぎゅうぎゅうに髪を結われるのを我慢し、苦いお茶を我慢し、きつい靴を我慢して笑顔で挨拶しなければなりません。耐えて頑張っても結局、少し短いスカートが皆の笑いの種になります。
おやつには時々毒が入っているみたいで、とても苦いです。でも口から出すのははしたないのですって。お腹が痛いと言っても「まぁはしたない」と笑われます。
会話が成り立つのは兄上様だけ。きっと兄上様もそう思っていらしてるでしょう。
そうそう、兄妹仲がよろしくても「はしたない」と言われます。でもいいのです。たった二人の家族、唯一の味方ですもの。
そんなこともわからないメイドや侍女はわたくし達を引き離そうとします。
そんな、お城の全てが嫌いです。
その日もわたくしの存在など気にも止めずに、メイド達は話します。
「もうすぐ姫様の婚約が成り立つそうよ」
「聞いたわ、あの子爵家でしょう?」
「ぷっ、仮にも姫の降嫁先が子爵って」
「王妃様は貢物をたくさんいただいたらしいわ。下賜されるのが楽しみね〜」
どうやらわたくしは「あの」とつく訳あり子爵様に売られるようでした。既に子爵様と言うことはお歳も何十と離れているのでしょう。
そんなわたくしが行方不明になってしまって、兄上様と共にわたくしを連れ出したメイドは、とっても重い罰を受けたでしょうね。
ですがわたくしは誰よりもそのメイドに感謝をしております。だってそうでしょう? そのおかげでエラの下へと辿り着けたのですから。
「エラ」
そう呼びかければ笑顔で「なぁに?」と答えて下さるのです。膝を折って目を合わせてお話を聞いてくれます。
フィンは服を引いて手を伸ばせば抱っこしてくれます。わたくし物心ついてから、抱っこというものを初めてされたのですが、あれは良いものです。誰にも置いていかれません。あったかくて、ぎゅっとされると「大切だ」と伝えてくれているみたいです。
まるでお母さんとお父さんみたいです。ずっとずっと一緒にいたいです。
その為ならどんな暗闇だって走ります。
「エラ? フィン? どこ?」
森の中だって。野犬に追いかけられても。
走って走って、迫り来る時間に追いつかれませんように。王妃からもお城からも逃げなくては。
「エラ! フィン!」
ハッと目を覚まします。
荒れた呼吸を落ち着けて横を見れば、エラが眠っていました。反対側を向くと、そこにはフィンが心配そうにこちらを見ていました。
ここはいつも眠っているベッドではありません。エラとフィンの寝室です。眠ったわたくしを運び、寄り添ってくれているようです。胸が温かくなります。
「大丈夫か? 悪い夢でも見たか?」
フィンがそっと頰を拭ってくれます。いつの間にか泣いていたようです。
「いいえ、わたくしは大丈夫です。お二人がおりますもの」
「そうか。じゃあ朝までもうちょっと眠ろうな」
「はい」
咄嗟に昔みたいな言葉が出てしまいましたが、フィンは言及することなく優しく髪を撫でてくれました。
やっぱりわたくしはここにいたい。お二人が大好きなのです。絶対に後悔などいたしません。
エラは夜中のうちにパンを焼いて、明け方近くに眠ったらしく、起きたらキッチンはパンだらけでした。
「これは前に焼いたパン。こっちはフィンのだから袋に詰めてと。こちらは切り分けてワックスラップで包んで」
保存用とフィンに持たせる用で仕分けしています。既にフィンはおりません。
「よし、ルーシーも一緒にいきましょ」
「うん」
エラと麻袋を抱えて家を出ました。
村の広場には男の人がたくさん集まっていて、皆がそれぞれ武器を携えております。
「フィン!」
「エラ、準備ありがとう」
「意外と武器が揃っているのね? もっと農具とか狩猟道具かと思ったわ」
「それはユーゲリウス殿のお陰だな。狩猟の道具とは別に自費で剣を購入して教えていたそうだ。この村に自警団などないからな」
ユーゲリウス殿というのはエラのお祖父様だと聞きました。日誌も残されていますし、領主としてご立派な方だったのでしょう。
広場は出兵する者とその家族、つまり村の全員が集まってきました。女性達は男性達が持っていく荷物や食料を確認し別れの挨拶をしました。
フィンはエラを抱きしめて……はわわわわっ。くっ、口付けを贈りました! きゃー! 素敵だわ! お二人のこういった夫婦のやりとりを初めて見てしまいました! エラはほんのり頰を染めて可愛いです。わたくしの顔まできっと真っ赤ですわ。
そしてフィンはわたくしの頭を撫でて、先頭を歩き出しまた。町まで歩いて行き、そこからジャックが準備してくれた荷馬車に乗って首都へと向かうみたいです。
残された家族の、洟を啜る音が時折聞こえます。
皆様、どうかご無事で帰って来て下さいませ。
村に残されたのはお年寄り、女性と子供達。男性達が帰ってくるまで、できるだけ集団で過ごすこととなりました。村の入り口から近い村長さん宅にはお年寄りが、奥まり村から少し離れた領主館には女性や子供達が集う事になりました。
ベッドが足りませんから、それぞれの家に敷物をを持ち込んで、部屋いっぱいに敷き詰めて床まで寝床にします。
領主館も夫婦の部屋はわたくしとエラ二人で使いますが、他の部屋はリビングまでぎっしりと寝床が作られました。
動ける女性で村の見回りも行います。
とは言っても女性達は村の入り口を中心に見て回るようでした。
どうしてなのでしょう?
「多分、妖精が守ってくれると信じているのだわ。今までこの村は妖精の加護で悪い人が来たことがないらしいの」
エラと二人で見回りしている時に教えてくれました。確かに、この村には妖精に関する風習が色濃く残っています。だからといって信じ過ぎるのはあまりにも浅はかな気もいたします。
「特に森はね。妖精の領域らしいから、悪意のある人は侵入出来ないんですって」
「ふしぎね」
それは夏の涼しい日、昼前の時間でした。
村の入り口の方から音がして、エラは首から下げた笛を鋭く吹きました。これは誰か来たから隠れるようにとの合図です。
「ルーシー、貴女も。村長さんのお家へ行って」
「いや! エラといる、絶対よ」
わたくしのわがままをエラは聞き入れてくれました。もう馬の蹄の音がすぐそこまで聞こえているから、仕方なくといったところです。
村に入って来たのは六人の男でした。一人一頭馬に乗り、革鎧を身につけています。エラの言うことを信じるならば、悪意は無いと言うことでしょうか。
エラは彼らの前に進み出て白旗を見せます。
その、相対する男の顔を見てわたくしは驚愕いたしました。
(兄上様……!?)
なんということでしょう。黒髪に緑の瞳、わたくしと目が合うと、少し目を細めて笑いました。
間違いありません、兄上様です!
兄上様が仰られていたことは真実でございました。わたくしが今いる時が十年先の時の世であると。
兄上様、無事かの地へ帰りついたのですね……!
しかし何故、再度この地をおとずれたのでしょう。
涙が溢れそうになるのを必死で耐えます。
兄上様はエラと話し、その正体を明かすことなく森の奥へと入って行かれました。わたくしも村長宅へ帰るふりをして後を追いました。
そしてさらに驚きました。
兄上様は湖の底から、あの初代国王の剣と思しき剣を持ち帰ったのです。
胸が痛いほど高鳴り、全ての事実を受け止めることが難しく感じました。
何が起きているのかと混乱するばかりです。追い討ちをかけるように、更なる問題が起こります。
それは兄上様が名残惜しそうに村を去った後のことでございました。
「何か、変だわ」
エラが言いました。村長宅を訪ねて村長や、お年寄り達に問いかけます。
「村の空気が変わった気がするの。なんだかとても不安になるわ」
「さっき来ていた人達は村で何をしていたんですか?」
「わからない、森の奥へと入っていったみたいなの」
「森の奥……まさか、湖ですか?」
村長やお年寄りがざわめきます。わたくしは言いました。
「湖よ。青い剣を持っていたわ」
「ルーシー!? 貴女まさか見にいったの?」
「う、ごめんなさい」
「もう! 無事で良かったわ」
そうして村長が聞かせてくれたのは、まさにナルディアナ伝承にある湖の妖精のお話そのものでした。最後の「こうして彼はナルディアナの初代国王となったのです」は国名がなくなり「こうして彼は王様となったのです」に変わっているくらいでしょうか。
驚くべきことに、遠い昔にナルディアナから切り離され、カーネスの一部となりながらも、この地ではナルディアナ伝承が語り継がれてきたのです。
「今も湖にはとても強い妖精が住んでいて、小さな妖精達ははその周りの土地に住み着き守っている。だから村もついでに守ってくれていると代々言われてきた。もしその妖精が剣と共に新たな主人についていったのだとしたら、村の妖精は……」
その先は皆が黙りました。
もしかしたら村を悪意から守る妖精は兄上様の持つ剣についていってしまったかもしれないということです。
「とにかく、見回りを増やしましょう。村の入り口以外も」
「そうですね、私達お年寄りも協力します」
結局、この村に妖精がいたのかいなかったのか。見えるものはおりませんので、真実は判然と致しませんでした。
ですが戦火の炎が隣りの町へと届き、私たちの森へと引火し森の一部が焼失したこと、家を焼かれた町の人が助けを求めて村に傾れ込んだきたことは、村に住む人々に大変な衝撃をもたらしました。
住人以外が大勢村に入ってきたことがなかったようです。
それから数日後、長く長く続いた戦争は終わりを迎えました。町で配られた終戦のビラが悲しさと虚しさと共に舞い散ります。
カーネス王国は負けたのです。
青の剣を持つ、ナルディアナ第三王子の手によって。




