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妖精の森、時は巡りて  作者: たろんぱす


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刈り取る秋6



 その日は、唐突に来た。


「進軍だ!」


 秋も深まる頃、デュークが息を切らせて領主邸へ駆け込んで来た。


「どこまで進行している?」


 フィンは冷静にデュークを迎えた。慌てたエラに飲み物を用意するように言い、不安な表情のエルシィもくっついていった。

 僕はフィンの後ろに立って、デュークの報せに耳を傾けた。


「規模が大きいから足並みは早くない。五日前に王都を経った。こちらに着くまでにあと五日はかかると思う」


 デュークは手の中でくしゃくしゃに丸まった新聞をフィンに渡す。フィンは皺を伸ばして、顔を顰めた。


「お前、結構危ない橋を渡っただろう」


 僕ものぞかせてもらうと、三日前の日付の新聞で、“完全制圧へ!”というタイトルと共に第一王子が出立したということが書かれていた。

 三日前のナルディアナ王都の新聞を手に入れてくるなんて、とその危なさに僕も自然と険しい顔をしてしまった。

 

「へへ、大丈夫大丈夫。死に物狂いで走ったから。そんな事より逃げる準備をしておいた方がいい。国境戦線には例の攫われてきた傭兵ばかりだ。正直統率の取れた軍隊に敵うとは思えない。オレはこれから町にも報せに行くから」

「ああ、ありがとうデューク。お前も気をつけて逃げろよ」

「おう!」


 拳を打ち交わし、デュークは再び走り出て行った。


「あら、お茶淹れたのだけど」

「ああ、エラすまない。飲んだら俺たちも準備をしよう。セオとルーシーも、持っていきたい物があるならカバンに纏めなさい」


 僕たちは手を繋いで部屋へと戻った。扉を閉めると、エルシィが小さく震え始める。


「だ、誰が来るの……?」

第一王子(ディミアン兄上)だ」

「ああ、どうしてなのです? エラもフィンも、この村に住う人々全て、わたくし達と何も変わりはしないのに。ナルディアナとカーネスで、どうして争うのでしょう」


 エルシィは顔を覆って蹲った。


 そうだ。争う理由なんてもう、はっきりと覚えてる人は居ないのに。誰も止めない。でも負けられない。敗戦国は賠償を支払わなければならない。人々は奴隷にされ、家畜より粗末に命を奪われるのだ。


 誰か止めて。

 誰か。


 誰か。




「僕、帰る」


 エルシィは涙に濡れた顔を上げて、呆然と僕を見た。

 帰る。そう決めたら不安を通り越してだんだんと頭が澄んでいく。


「え?」

「止めるんだ。誰かじゃない。僕が、止めるんだ」


 エルシィはゆっくりと被り振って僕にしがみついた。


「いや、いやです!! あにうえさまっ! 行ってはいや……」

「エルシィは、どうする?」

「いやよ……いやなの」

「うん」


 エルシィをぎゅっと抱きしめる。僕がここに来た意味、ここにいる理由。それはこんなに簡単で、温かくて、儚くて。


「エルシィ、よく聞いて。ここはね、この世界は十年後なんだ。僕たちが住んでたあの時から、十年も経った場所なんだって」

「え?」

「十年経っても戦っているんだ、僕たちは」


 理解を超えたエルシィの目は、濡れたガラス玉のように澄んで、これ以上は耐えられないと壊れてしまいそうだ。


「今それを知って止められるのは僕だけだから。だから僕は帰るよ」

「わたし、わたくしは……」

「いいんだよ、エルシィ。君が楽な方で。それで間違ってなんかいないから。エルシィが大丈夫なら。ねぇそれでもいい? 生きていける? 自分が生きる時は今なんだって、堂々と過ごしていける?」

「そんな、だって。でも、ああ、お城はいやよ……。どうしてなのです、ただエラとフィンとあにうえさまがいれば、それでいいの。いいのに」


 混乱したエルシィの頭をそっと撫でる。


「大丈夫、大丈夫。同じ場所に居なくても、エルシィもルーシーも。エラもフィンも、僕が守るよ。大丈夫」


 僕がここへ来たのは、エルシィを安全な場所で、信頼できる人に預けるためだったのかもしれないね。

 

「エルシィは先に行ってて。僕は戻って、またここまで追いかけてくる。皆を守れる程強くなって、戻ってくるから」


 エルシィから体を離すと、フィンがくれた短剣を腰に挿して、僕は家を飛び出した。


「いや! あにうえさま!!」


 走る視界にエラとフィンの驚く顔が見えた。少し遅れてフィンが追いかけてくる。僕は全速力で中庭を駆けて森へと飛び込んだ。

 脇目もふらずに走った。息が切れて、苦しくて涙が出たけど、止まらなかった。喉が切れそうに痛くて、気持ち悪くても止まらない。走って走って。もっと早く。


 妖精、居るならお願いだよ。僕をあの、十年前のあの日に帰して。無力に嘆き、理不尽を諦めるしかなかったあの日に。もう逃げたりしないから。


 意識が朦朧としても止まらずに、足を動かした。






 目を覚ませば、俺は母方の祖父である侯爵家に保護されていた。

 時は十年前に戻っており、虚しさと安堵を同時に抱えることとなった。


 あの日、王都に敵兵の侵攻はなかった。

 第一王子派の女が単独で行った犯行であると公表され、実行犯のみの処刑になったと、祖父上様が教えてくれた。

 ボロボロの姿で彷徨っていた俺は保護され、今後侯爵家預かりになると公表されたが、エルシィは行方不明として処理された後、葬儀が行われた。

 献花にも埋葬にも涙ひとつどころか表情が微動だにしない俺に、周りはひどく困惑していたようだった。


(これで、よかったんだ)


 空っぽの墓の前で、俺は『自分は間違っていない』と何度も言い聞かせた。迷うたびに、めげそうになる度に、俺はこの空っぽの墓を訪れた。


 暫くは平和だったが、成人に近づくにつれて俺の暗殺者は増えて行った。勉強も、剣術も、国内で評判になり第三王子派が力をつけてきたからだろう。

 中でも一番力を入れて鍛えていたのは水泳と潜水だ。「いずれ必要になる」と言う俺を祖父上様はとても不思議がっていたが。


 驚いたことに、カーネスが白旗を振るので代わりに首都の自治権を、という話はこの頃からあったらしい。ナルディアナは賠償金の吊り上げや、首都も取り上げる思案で、五年程のらりくらりと長引かせていたことになる。


 第三王子派をさらに勢い付ける為に縁談が山程舞い込んだ。だがどうしても頷けなかった。若葉の瞳が十年経っても俺の心を離さないからだ。


『目だけで好きになるなんて変なの』


 そう言っていた男はまんまと瞳の魅力に囚われてしまった。好いた女性は十年で年下へと変わり、今ならフィンに勝って奪えるだろうか、だなんて馬鹿な妄想だってする。


(瞳で恋して、一途な俺は相当湖の妖精の血が濃いようだな)


 敵国へと嫁ぐ貴族女性はきっと不幸になるだろう。わかっていて、とても迎えになんて行けない。


「エラ、君は今幸せかな」


 幸せで、あって欲しい。




 時が経ち、第三王子派が最大勢力になると、兄上は王太子争いを一歩リードしようと、戦果を上げると公表した。


 侯爵領の街でその新聞を見て、とうとうあの日が来たなと思った。丸めた新聞を捨てようかと思ったが、金髪のやたらでかい男が目について、そいつにあげることにした。

 俺もそれなりに身長は伸びたのに、この男はさらに大男だったんだな。


「なんで……」


 困惑する姿が面白い。


「昔世話になったから、かな」

「坊ちゃんみたいな立派な御仁に会ったことなんてあったかな」


 笑顔を作りながらも、抜け目のない視線は俺の一挙手一投足を見張る。


「デュークだろ? 逃げることを勧めるよ」

「っ、そりゃ忠告どうも」


 懐かしい顔に気分が良くなる。


(これで“僕”が帰ってくる)


 俺の微笑みに怪訝な顔をしつつ、デュークは去っていった。


 そろそろ俺も行かなければいけない。

 俺の派閥は最大勢力になり、市井の支持率も一位。侯爵家の後ろ盾があり、自身の武力もつけて、財力も蓄えた。王宮に手勢を潜り込ませて情報も手元に十分ある。


 争いを終える準備は整った。


「結局十年、かかっちゃったな」




 信頼できる側近数名と、カーネスへ攻め込む第一王子軍に紛れて越境した。

 周辺の村は既に避難していて、もぬけの殻だ。空き巣をするナルディアナ軍から離れ馬を走らせてあの森へ向かう。森の入り口から入り、中の村へ到達する。


「こんなところに村が……。殿下ご存知だったので?」

「まぁね」


 何も、何も変わっていない。それはそうだ。“僕”が居たのは今この時なのだ。十年後のこの時に、俺は帰ってきた。

 今でも思い出せる。あの日はフィンが避難の指示を出そうとしていた。俺やエルシィに荷物を鞄に詰めるよう言って出ていったのだ。


(全員、ちゃんと避難していてくれよ)


 村には誰も居ない。それが余計に夢の中のような、不思議な感覚を湧き起こした。

 馬から降りて、ゆっくりと歩を進める。

 パン焼き竈、村の子と駆けた広場、湖に続く獣道。振り返って領主邸を見たい衝動は必死に堪える。あそこは少し離れていて、すぐには気づかれない。どうか少しでも長く隠れてて欲しい。


 そう願うが、足音がして俺は振り返った。側近二人が俺の前に立ちはだかり剣を抜く。

 俺が目にしたのは、艶やかな茶色の髪と恋焦がれた若葉の瞳。心臓が大きく鳴り響き、心が震えた。目頭が熱くなり、涙が溢れそうになる。


 会いたい、会いたかった。エラ。


 いつも俺は貴女を見上げていたのに。君はこんなにも小さかっただろうか。

 エラの腰にはしがみつくようにエルシィが隠れている。こちらを見る目が驚きに見開かれて、ちょっと可笑しかった。口元を手で隠しつつも笑みが隠せない。


 エラは手に持っていた棒を胸の前に掲げた。棒には白いシーツの切れ端が結び付けられている。


「私はこの村の領主夫人です。今この村には女性、子供、お年寄りしかいません。水や食料が必要なら差し出します。ですからどうかお見逃し下さい」


 白旗だ。旗を持つ手は震えているが、果敢に村を守ろうとする姿に愛しさを覚える。


(もう、本当にこの人は)


 本当の略奪兵には逆効果だぞと思う。

 俺は手を挙げて側近を制する。


「この村を荒らす気はない。少々用があるので一刻程滞在させてもらう。そうだな、その間馬の世話を頼めるか」

「は、はい。承知いたしました」


 エラは戸惑いながらも膝を深くおり承諾した。




(フィンがいなかったな)


「殿下、随分機嫌がよろしいですね」

「え? そうかな?」

「ええ、私は殿下のそんな笑顔を初めて見ました。穏やかと言いますか」

「あの女性が気に入ったのなら、下働きとして連れて帰りましょうか?」

「勝手なことはするなよ」


 そんなにわかりやすかったのか。エラが危なくなってしまう、気をつけよう。


 村に数人残した部下に馬を頼み、俺は側近二人をつれて、歩いて湖へ向かった。

 ほとりで革鎧と服を脱ぎ、湖へと足をつける。


「殿下、本当にここがあの湖で?」

「ああ。ここで待っていろ」


 湖に浸かり、中心を見る。そこは前と変わらずに光っていた。

 光の真上まで来て、中へと潜る。水は澄み、明るい。潜水の練習をしていた時は、水の中の暗さに驚いたものだが、ここは、下から光に照らされて、底まで綺麗に見える。綺麗過ぎて距離感が掴めない。

 もう息が続かない、と限界に達したところで底に辿り着いた。


(本当にあった……!)


 湖の藻に包まれて、それは水底に密かに眠っていた。よく見れば藻はまるで人型のように、不思議な形だった。藻が抱きしめる剣に触れると、それは強い光を放ち、俺を水面まで弾き飛ばした。


「ぶはっ」

「殿下!!」


 その手にはしっかりと剣を握りしめて。


「殿下、それは……! 本当にあるなんて」


 いつのまにか藻は取り払われ、水を思わせる淡い青銀のボディに、エメラルドの装飾が嵌る、妙に手に馴染む長剣が陽の光に照らされて姿を現した。


「は、ははは! 本当にある物なのだな!」


 その時、茂みからがさりと音が立った、側近二人が剣を抜く。俺も素早く振り返り、隠れ立つ人と目が合った。


(!! エルシィ!)


 エルシィも気がついたはずだ。目を見開き、走って逃げて行った。


「追います!」

「止めろ! 子供だ、殺すことは許さん。それより、先を急ごう」


 村を去る時、エラは深く頭を下げこちらを見ることはなかった。

 セオです。そう名乗れたら、良かったのにね。

 マントの下、腰に差したフィンの短剣に触れて目を閉じる。


(さよなら、エラ)




 俺たちは再び戦線へと合流し、機会を待った。

 残虐で、貪欲に王を求める第一王子が、戦に立ち快楽に剣を振るその時を。

 ずっと、ずっと待っていた。

 虐げられ、城の隅に追いやられたあの日々。失敗しないように、殺されないように、息を潜めて、エルシィを守るだけに生きていた。そして、捨てられた。

 ひとつも忘れない。忘れていない。こいつが王位につけば、その日々は国民までも巻き込んで、きっと一生終わらない。こいつに王位などくれてなるものか。

 戦乱を起こそうとするやつは。


「いらない」


 敵将の首を笑いながら落とすこの男を、俺は殺す。








 そうして俺は、兄の首を刈り取った。




〈刈り取る秋・終〉



次はルーシーとそれから……のお話。

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― 新着の感想 ―
エラの幸せを願うセオが切なかったです。 セオにも幸せになってほしい! デュークの持ってきた皺々の新聞がこんな風に繋がっていたのが興味深かったです。 一つ一つの章で、それぞれ違うファンタジー要素があるの…
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