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妖精の森、時は巡りて  作者: たろんぱす


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12/27

刈り取る秋3



「おはようございます」


 もう朝は自分たちで着替えて、呼ばれる前に一階へ降りていけるようになった。ダイニングにはフィンがひとりで座ってお茶を飲んでいた。なんとなく入り難く感じて、僕たちはエラを探してキッチンをのぞいた。


「あら、セオ、ルーシーおはよう」

「「おはようございます」」


 エラはパン生地の上に、編んだパン生地や、花の形にカットした生地をのせている。


「ルーシー、髪の毛結べたのね。お兄ちゃんがやってくれたのかしら?」

「うん! おにいちゃん、段々上手になってきた。でもエラにしてもらう方が好き」

「あらあら、セオは頑張ったのにがっかりね」


 エルシィはここ数日ですっかりエラが大好きになっていて、気負いなくエラの隣に駆け寄る。

 この辺りで、兄の事は「お兄ちゃん」と呼ぶらしい。貴族でも「お兄様」呼びが普通らしく、エルシィは「あにうえさま」と呼ぶのをやめた。言葉遣いもラフになるように、出来る限り崩している。


「いいんです、エラには敵いません。それよりこのたくさんのパンは?」


 テーブルに広げられた大きいパン生地、食卓にはカットされた状態で出てくるので元のサイズは知らなかったが、これは少し小さい気がする。この辺りは雑穀のパンで、生地は黄みがかった薄茶色をしている。


「今日は週に一度の共同のパン焼き竈に火を入れる日なの。生地を持って行って焼いてもらうから、一週間分のパンを仕込むのよ」

「一週間後にパン固くなっちゃわないの?」

「固くなるけど、仕方がないのよ。どうしても薪の量がね」


 冬に備えて一年を通して薪を節約しているらしい。周りは森に囲まれているのに、木を切ってはいけないのだろうか。


「森の木は切りすぎてはダメなの。大事に使うのよ」

「どうしてパンを可愛くしているの?」

「皆んなが持ち寄るからね。こうしておけばどのお家のパンかすぐにわかるでしょう? 三つ編みとお花がウチのパンよ。村長の奥さんのパンはとっても素敵なの。気にならない? 足が大丈夫なら一緒に行きましょう」

「いきたーい!」

「僕もご一緒します」


 エラはこの村に嫁いできて半年だというけれど、前向きで明るくて勤勉で、凄い。

 貴族の令嬢だったというし、絶対料理とかしたことなかったはずなのに、今はしっかりこなしている。


 エラはパンを入れたトレイに濡れ布巾をかけて、生地を休ませた。


「さ、発酵させてる間に朝ごはん食べちゃいましょ」


 スープをよそい、薄くスライスして炙ったパンを添える。りんごの甘煮を用意して皆んなでダイニングへと運ぶ。

 ダイニングではお茶を飲み終えたフィンが、缶ケースから、ドス緑な板状の何かを取り出しているところだった。エラがトレイからさっと小皿を出すと、フィンは板状のそれを皿の上で半分に割り、それぞれを更に半分割って置いた。


「それ、なぁに?」


 エルシィが配膳を手伝いながら興味津々でフィンに声をかけた。数日共に暮らしていたけど、初めて見るものだ。


「妖精のビスケットだ」


 鋭い視線からは想像出来ないほど可愛い単語が出てきて、僕もエルシィも固まる。


「食うか?」

「『森のお客様』なら食べなくても大丈夫なんじゃない? 今日まで何もなかったし。その、マズいわよ」


 エラが渋い顔をしてズバリ言う。わかる。見た目でわかる。これはマズいと。

 だがエルシィの興味は尽きないみたいだ。


「食べるとどうなるの?」

「妖精が守ってくれる」


 フィンは無愛想だが、落ち着いた声でエルシィに答えてくれる。根は優しい人なんだと思う。


「食べないとどうなるの?」

「夜な夜なお化けが訪ねてくる。トントンってノックしてな」

「「えっ!?」 私そんな話聞いた事ないわよ!?」


 エルシィとエラの驚く声が被り、エラはフィンを振り返り言った。


「嘘よね?」

「なんだエラ、お化け怖かったのか?」

「こ、怖くないわよ」


 エラの強がりに、フィンは口元を押さえて「くっ」と笑い声を上げる。


「怖くないからね!?」

「わかったわかった」

「わたしはちょっと怖いから、ビスケット食べてもいい?」

「ん」


 フィンは指先程の小さな欠片をエルシィと僕のお皿に乗せて、一つはダイニングの窓辺へ、一つは自分の口に放り込み、残り二つをエラに渡した。


「エラが二つ食べるの?」

「いいえ、一つは後で竈にあげるのよ。火事にならないように火の番をしてくれる竈の妖精に」

「私があげてもいい?」

「いいわよ。食べたら一緒にあげましょうか」


 食前の感謝を捧げて、最初に緑色のビスケットを食べた。マズいものが最後はやだなと思って食べたのだが、想像するほどではなかった、


(ハーブの匂いが強すぎるが、そこまでのスパイシーさはないな。苦味と渋みは嫌がらせのお茶程強くない。甘味と爽やかさもあって意外と大丈夫だな)


 一口ジュースを飲めば、甘い味に流されてしまう程度だ。必死に飲み込もうとしているエルシィに、ジュースを差し出していると、エラから「すごいすごい、お利口ね」と褒められてしまった。ちょっと、嬉しい。




 食後にキッチンへ戻ったら、パンが膨らんでいた。


「凄い! おっきくなってる!」

「焼いたらもっと膨らむわよ〜」


 布巾をとって、金属板のトレイを持ち上げる。フィンも来て、二人がかりでパンを運ぶ。


「手伝います」

「セオはこれを持て」


 フィンに一番小さいトレイを渡されて落とさないように慎重についていく。この家に来てから外へ出るのは初めてだ。

 玄関を出ると、風は冬の香りを孕んでいて、鼻の奥がツンとした。


「大丈夫? 病み上がりだけど寒くない?」

「へいきよ」

「大丈夫です」


 道は舗装されてなくて、土が剥き出しの砂利混じりの道だ。領主邸は村の端っこにあるみたいで、村の真ん中まで五分程歩いた。そんなに大きな村ではないようだ。


「おーう! 奥様、領主様おはよう!」

「おはようございます! 今日は冷えますねー!」


 パン焼き竈の近くは熱気に満ちていて暖かい。竈の前に立つ男性三人は皆半袖で汗をかいている。


「おかげ様で丁度いいや! はははっ」


 おじさん達にトレイごと預けて、一度帰宅する。他にも続々とパンを預けに持ってくる奥さん達と挨拶を交わして、自宅で軽食やワインの差し入れを用意して再びパン焼き竈の場所へ向かった。

 朝と違い子供達が集まっていて、パン焼きを見学したり、駆け回ったりしている。

 焼き上がったパンは一箇所に並べられていて、自分の家のパンを探して焼き立てをつまみ食いした子が怒られている。女の子はどのパンが一番可愛いか、どんなのを作りたいかと話していた。いやちょっと待って、あのバラのリースみたいなパン凄すぎる。


「わあっ、人がいっぱいね」

「ふふ、二人にもお友達ができるかしら」

「あらぁ、奥様! おはようございます」

「おはようございます」


 エラがどこかの奥さんに話しかけられて、挨拶を交わす。すると釣られたように子供達も僕達にジリジリ近づいてきた。


「お前達が『森のお客様』?」

「オレ初めて会うー!」

「じいちゃんは昔見た事あんだって! 二度目だって言ってた!」


 ひとり、ふたりと来たかと思ったら、次々とやってきてすっかりと囲まれる。驚いたエルシィが僕の後ろに隠れるが、そのさらに後ろからも覗き込まれる。


「初めはして、セオです」

「ル、ルーシーです」


 ひとまずそう言うと、「オレ、ダート」「オレはテス」とそっちこっちから名前が上がって覚えきれない。参った、こんなに同年代に囲まれるのは初めてだ。でも聞きたかった事聞けるかも。


「あの、『森のお客様』ってなんですか?」

「森に迷い込んで無事に村に着いた人の事だよ。森から来た人は妖精に滞在を歓迎されてるから、村にいていい人なんだ」


 また妖精だ。迷信深い村のようだ。

 しかも僕達が妖精に滞在を歓迎されているだって?


「よ、妖精、いるの?」


 エルシィが恐る恐る質問すると、「いるよ」「いるよ」とそこらじゅうから声が上がる。なかには「かわいい」と言ってる奴がいる。エルシィが可愛いのは至極当然のことだが、エルシィ自身は好意的な声に目をぱちくりしてびっくりしていた。

 城では、息を潜めて、気配を消して生活していたから。


 子供達から村の話をたくさん聞いて、僕達が追い出されず良くされている理由がなんとなくわかった。おかげでホッとした。騙そうとか、売っぱらってやろうとか、そんな裏が全然ないって。


 エラは悪い魔女なんかじゃなかった。村の決まりがあったとしても、エラは優しさと善意で助けてくれた。本当に本当に幸運だったんだ、僕たちは。


「ちわーっす」


 遊ぶ僕達の輪に一人の男の人が近づいてきた。大きな荷物を背負って、フィンのようにがっしりとした体格の人だ。ただ、ここいらではちょっと見ないくらい綺麗な金髪に灰色の瞳と目立つ容姿をしていた。


「あ、領主様の友達だ!」

「おー! よく覚えてんな。偉いぞ〜。フィンいるか?」

「パン焼き手伝ってるよー!」

「あー、本当だぁ。じゃあ少し待つかぁ」


 よっこいせと荷物を下ろすと、中から町で買ってきたのだろう、ビスケットを取り出した。


「ほら、ひとり一個な〜」

「やった〜!」

「ご馳走だ〜!」


 子供達はビスケットに夢中だが、僕はたくさんの荷が入ったカバンの中からちらりと見えた新聞が気になった。


「ほら、君もどうぞ」


 男の人が目の前に来てハッとする。後ろのエルシィはもじもじしているので欲しいのだろう。


「あの、僕は大丈夫です。妹の分を下さい」

「うん? 別に二つ取っていいぞ?」

「いえ、あの、新聞を見せていただけませんか?」


 僕が荷物を指さすと、男は一度振り返り、にっと笑みを浮かべて頷いた。


「興味あるのか? いいぞ」


 エルシィにビスケットを渡してからカバンに戻り新聞を手渡してくれる。


「読めないところあったら聞いてな」

「はい、ありがとうございます」


 一面の記事は戦争推進派の貴族が摘発される内容だった。さっと斜め読みしてめくる。男爵の家に泥棒が入った、野盗が続け様に傭兵を襲った、歌姫と貴族のスキャンダル。

 当たり前だが情報漏洩を防ぐために、戦争に関する記事は少ない。まして敵国の王族が行方不明になったなんて記事は無かった。


(良かった、これなら身分もバレないよね)


 新聞を畳んで、ふと、枠外上部に記された日付が目に入った。


(カーネス暦二六六年、十二月……ええと、カーネスとナルディアナの建国の差は百十六年だから……え?)


 ドクッと心臓が軋む。足し算を間違えた?

 何回も何回も足して計算し直す。

 

(合ってる……嘘)


「坊ちゃん、新聞はもういいのかい?」


 声をかけられて肩がビクッとあがる。


「あ、うん。ありがとう、面白かったです」

「そうか〜」


 できるだけ無邪気に見えるように笑顔を作って新聞を返す。


(間違いない)


 ここは、十年後の世界だ。




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