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憑依体質エージェント 瀬尾茜の事件簿 ~ドジな私が「天才」と呼ばれるのは、七人の幽霊さんのおかげなんです~  作者: ざつ
事件2:オカルト・パズルの謎

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第5話:オカルト・パズルの謎

「ねえ茜、聞いた? 最近このへんで流行ってる噂」


 昼休み、恋バナ好きの桃香が身を乗り出してくる。


「噂? また誰かのゴシップ?」

「違うって、もっとオカルトなやつ! 夜中に倉庫の壁に、変な模様が浮かび上がるんだって。しかも見た人、原因不明で熱出して倒れてるらしいの」

「へえ、手が込んでるね」


 結衣がタブレットも見ずに気のない返事をする。私は半分聞き流しながら、購買のパンを頬張っていた。


――まさか、まさかね。


 そう思った矢先、制服のポケットで端末が短く震えた。ASTRAの緊急招集アラートだった。


◆


 放課後の空き教室。柊先輩がタブレットを差し出しながら、いつになく神妙な顔で切り出す。


「本部の監視網に、正式な調査要請が上がってきた。例の『夜な夜な壁に浮かぶ幾何学模様』の噂、単なる都市伝説じゃなかった。近隣の病院から、目撃者のうち3人が原因不明の高熱で入院しているという報告が、ASTRAの監視データに引っかかった」


 画面に映し出されたのは、校舎裏の倉庫の壁一面に描かれた、無数の幾何学模様だった。円と直線が複雑に絡み合い、まるで暗号のような規則性を帯びている。


「これは……特殊事象の痕跡ね」


 美咲先輩が眉をひそめる。廊下での一件から数日、まだどこかぎこちない空気が私たちの間には残っていたけれど、任務となれば話は別らしい。


「模様の中に、繰り返しのパターンがある。恐らく暗号だ。だが、通常の解読アルゴリズムでは崩せない」


 柊先輩がそう説明する間、美咲先輩は透視能力で壁の奥まで確認し、念動力で瓦礫をどかしていく。手際の良い連携を、私はただ隅で見ているしかなかった。


「私にも、何か手伝えることを――」

「あなたは下がってて。この繊細な解析に、これ以上ドジを持ち込まれたら困るの」


 美咲先輩の刺々しい声に、思わず肩がすくむ。


――やっぱり、まだ怒ってるんだ。


 役に立ちたい一心で、それでも壁に近づいた瞬間、足元の欠けたコンクリート片に躓く。とっさに壁に手をついたけれど、その拍子に模様の中心――小さな金属片が埋め込まれた部分――に触れてしまった。


――ピシッ。


 鈍い音とともに、模様全体が明滅を始める。


「な……何をしたの!」


 美咲先輩が血相を変える。柊先輩のタブレットが警告音を鳴らした。


「まずい、自己消去のトリガーが起動した! このままだと、証拠が完全に消える!」


 明滅がどんどん速くなっていく。


――どうしよう、どうしよう……! また私、余計なことを……!


 指先が震え、後ずさろうとした拍子に、今度は足がもつれる。倒れ込みそうになりながら、必死に体勢を立て直そうとした、その瞬間だった。


――力任せに壊すだけの権藤さんじゃダメ。専門用語をまくし立てる辰巳さんでもない。今この状況で必要なのは、この模様が何を意味するのか、誰にも気づかれず読み解く力……そうだ、こういう時こそ、探偵の鈴香さんだ……!


――鈴香さん……! お願い、力を貸して……!


 パニックの中で、私は必死にその名前を思い浮かべた。頭の中で、誰かが静かに囁いた気がした。


(――大丈夫。まだ、消えてない)


 すっと肩の力が抜けると同時に、視界の解像度が変わったような感覚に包まれる。探偵・鈴香、憑依完了。声も口調も、権藤や辰巳のときとはまた違う。


「……また、別人格?」


 美咲先輩が眉根を寄せる。今度は驚きよりも、疑念と警戒の色が濃い。


「動くな。この暗号は、破壊されることで情報を秘匿する構造。解除の鍵は、模様そのものにはないわ」


 低く落ち着いた声で、私は――いや、鈴香は、襟元をぴしりと正しながら、明滅する壁ではなく、足元に視線を落とした。


「犯人は、この模様への接触を恐れる心理を読んで、最も注意が向かない場所にヒントを残している」


 しゃがみ込み、指先で床に落ちたごく僅かな塵を掬い上げる。


「これは単なる埃じゃない。特定の植物の花粉と、ごく稀にしか流通しない特殊なインクの粒子が混ざっている。この花粉は、この学校周辺には自生していない種類ね」

「な、なんですって……」


 美咲先輩が息を呑む。鈴香は立ち上がり、壁、床、そして自分たちの靴の裏まで、目にも留まらぬ速さで視線を走らせた。


「結論。犯人は、この学校とは無関係の外部者。花粉の付着状況と、インクの流通経路から見て、旧市街の廃棄物処理施設周辺に生息する植物と一致する。逃走時に付着したと思われる油の匂いの濃度から、潜伏先は郊外の廃工場ね」


 わずか数十秒で、二人が難航していた暗号の謎と、犯人の輪郭までが解き明かされた。


 その途中、鈴香の指がふと、ある一点でぴたりと止まった。


「……この配置、どこかで……」


 低い声が、わずかに揺れる。


「どうかしたの?」


 美咲先輩が怪訝な顔で尋ねる。しかし鈴香は、いや私は――答えられなかった。既視感だけがあって、その正体がどこにあるのか、まるで思い出せない。


「……いえ、何でもないわ。柊、急いだ方がいい。時間はあまり残されていない」

「そこね」


 鈴香が言い切ったところで、頭の奥に、もう一つ声が滑り込んでくる感覚があった。


――迷路のような構造、か。それなら、私よりも適任がいる。空間そのものを読む力を持った子よ。あとは任せた。


 誰に、とは言われなかった。でも、なぜだか、その相手の顔が自然と思い浮かんだ。鈴香の意識が退いていくのと同時に、憑依の集中力が限界を迎えたのか、視界がふっと暗くなる。糸が切れたように、私の意識はそこで途切れた。


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