第2話:権藤、牙を剥く
「――ちっ。体がなまってるな。だが、止められねぇモンはねぇ」
荒々しい男の声とともに、私の瞳の色がわずかに濃くなる。全身にみなぎる熱い闘気は、さっきまで泣きべそをかいていたドジな女子高生のものとはかけ離れていた。
「な……何よ、その声……!」
美咲先輩が息を呑む声が聞こえた。柊先輩も一瞬、言葉を失っている。
「瀬尾くん……なのか?」
答える暇はなかった。格闘家・権藤。憑依した瞬間、私の身体能力は達人級のものへと跳ね上がる――はずだった。
「行くぜ」
地面を蹴りつけようとした一歩目、なぜか右足が変な角度で滑り、体勢が半歩崩れる。
(お、おいおい嬢ちゃん、この状況で靴紐がほどけかけてんじゃねぇよ……!)
頭の中で、権藤の舌打ちが聞こえた気がした。人格がどれだけ達人でも、体は紛れもなく私のものらしい。すぐに体勢を立て直し、今度こそ地を這うような速度で兵器へ突っ込んだ。
「瀬尾くん、危ない!」
柊先輩の警告は、もう耳に届いていない。美咲先輩は、豹変した口調と無謀な行動の両方に、ただ唖然として立ち尽くした。
(今度こそ、止める!)
頭の奥で、誰のものともわからない強い執着が一瞬だけ滲む。それがなぜ湧いたのか、考える余裕はなかった。
地を這うような低い姿勢のまま、視界の端に美咲先輩の顔が映る。何かに固まったような、見たことのない表情をしていた。
――なんで、そんな顔してるの、美咲先輩。
不思議に思う間もなく、意識は再び兵器へと引き戻される。
ドローン型兵器が胸元めがけて突進した瞬間、腰を低く落とし、全身のバネを使って右腕を振るう。兵器の推進システムがわずかに緩む、極小の隙を突いた一撃。
――ガキィン!
金属がぶつかり合う鈍い音。腕は最新素材の装甲をものともせず、メインローターを打ち砕いた。兵器はバランスを崩し、猛スピードで巨大なサーバーラックへ激突する。火花と爆音が響き渡り、ラックは派手に崩壊した。
「まだだ。AIが生きている限り、再起動する」
崩れたサーバーの残骸を飛び越え、兵器の核心部へ破壊的な掌底を何度も打ち据える。
――ガン!ガン!ガン!
巨大な岩を砕くように核を叩き潰すと、兵器は完全に沈黙した。周りの壁や床には亀裂が走り、現場は見事な半壊状態と化す。ついでに、隅にあった自販機まで巻き添えで倒れ、中の缶ジュースが盛大に転がり出た。
「……ふう。これで終わりだ」
静かに呟き、呼吸を整えたその直後――
激しい達成感とともに、権藤の意識が抜けていく。憑依が解けた瞬間、体内に満ちていた超人的なエネルギーが急激に失われた。
「あ……あぅ……ひっく……」
反動は、あまりにも大きすぎた。体が鉛のように重く、立っていることすらできない。ドタン、と音を立てて崩壊したサーバーの残骸に座り込む。大粒の涙が、もう止まらない。
「ひ、ひっく……おかあさ……ん……」
漏れたのは、幼児のようなか細い泣き声だった。
「……ば、バカな」
超人的な体術で最新鋭の兵器を叩き潰した直後に、目の前で女子高生が幼児のように泣き崩れる。この光景は、美咲先輩の論理と誇りを完全に破壊したらしい。
「あんなの、ただの暴力的な破壊活動よ! 何が『超論理的な戦略』なの、柊!」
しかし柊先輩は、半壊した現場と泣きじゃくる私を交互に見つめ、目を輝かせていた。
「見事だ、瀬尾くん。体力の限界まで自分を追い込んで、それでも最善の一手を選び続けた」
そう言って一歩踏み出し、私の脇に手を入れて抱き上げようとする。しかし想定より重心が低かったのか、柊先輩の細腕はぐらりと震え、危うく二人そろって崩れたサーバーの残骸に倒れ込みかけた。
「う、うわっ……ぐ、思ったより……」
普段の余裕はどこへやら、柊先輩の額に、うっすらと汗が滲む。
その隙を、美咲先輩は見逃さなかった。
「調子に乗らないで! 貸しなさい!」
つかつかと歩み寄ると、まるで米俵でも担ぐように、私の体を軽々と肩に担ぎ上げる。
「美咲! 何を……」
「見てわからない? 運んでるのよ」
「いや、そういう意味じゃなくて、その担ぎ方は――」
「文句があるなら自分で持ち上げてみたら?」
柊先輩が黙る。図星だったらしい。
担がれた拍子に、力の入らない私の足がだらんと揺れ、傍らで火花を散らしていた制御盤の、赤いレバーを軽く蹴ってしまった。
――ガコン。ウゥゥ、と低いサイレンが鳴り出す。
「――は?」
「な、何をしたの、茜!」
「わ、私何もっ……!」
「緊急シャッターが降りる! このままだと閉じ込められる!」
天井から、鈍い金属音とともに巨大なシャッターがゆっくりと降り始めた。
「柊、解除は!?」
「今やってる、今――くそ、パスコードが……!」
普段の余裕はどこへやら、柊先輩の指がタブレットの上で明らかに空回りしている。
「間に合わない! 美咲、走って!」
「はぁ!? この状態で……!」
米俵のように担がれたまま、私は悲鳴を上げる余裕すらなかった。美咲先輩は舌打ち一つ、私を担いだまま猛然と走り出す。下がるシャッターの隙間へ、体を横に滑り込ませるようにして飛び込んだ。
――ガコン!
すんでのところでシャッターが完全に閉まり、施設の奥に取り残されたのは、崩れた兵器の残骸と、けたたましく鳴り続けるサイレンだけだった。
「はぁ……はぁ……マジで、あなたのせいで、寿命が縮んだわ……」
美咲先輩は肩で息をしながら、それでも私を降ろそうとはしなかった。柊先輩が慌てて追いついてくる。
「瀬尾くん、今回もASTRAの記録に残るような働きだった。ゆっくり休んでくれ」
――うそ……私が、活躍した、なんて……でも、褒めてくれた……
罪悪感と、憧れの人からの優しい言葉。そして美咲先輩の肩の上で揺られながら、私の意識はぐちゃぐちゃになり、ふっと途切れた。




