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憑依体質エージェント 瀬尾茜の事件簿 ~ドジな私が「天才」と呼ばれるのは、七人の幽霊さんのおかげなんです~  作者: ざつ
事件1:暴走するハイテク兵器

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第1話:見習いエージェント、暴走現場へ

 ASTRA(All-Special Threat Response Agency:特殊事象対策局)の見習いエージェント、瀬尾茜(せお あかね)。私には、誰にも言えない秘密がある。


――と、格好つけて言ってみたものの、正体はただの女子高生だ。しかも、絶賛片想い中の、花も恥じらう乙女――は、さすがに自分で言うのは恥ずかしすぎるので今のは忘れてほしい。


「うぅー……動け、動いてよ、念動力! せめて、せめて1ミリだけでも……! 今度こそ、今度こそ格好いいところを……!」


 ドーム状の特訓施設で、私は目の前の小さなくまのぬいぐるみに向かって、心の中で必殺技の名前まで叫んでいた。汗が目に入り、視界が滲む。けれど、ぬいぐるみはぴくりとも動かない。


――プシュッ!


 その代わりに、防護壁の高い場所に立てかけてあったはずの、美咲先輩の愛用する電子スケッチボードが、まるで突風に煽られたかのように床へ叩きつけられた。


「あ――」


 思考が完全に停止する。慌てて拾おうと走り出した瞬間、床に固定された太いケーブルに足を取られ、抱えていたセンサー機器ごと盛大に転倒。頭の中で「私の見習い生活、ここで終了のお知らせ」という文字がテロップのように流れた。


「瀬尾隊員!」


 背後から突き刺さる声。美咲(みさき)先輩は、ASTRAのエースだ。一切の乱れがない黒髪のストレートヘア、精密な念動力を操るエリート。私とは対極にいる人。


「また備品を壊したのね! あなたのドジはもう『過失』の域を超えてるわ!」

「ご、ごめんなさいっ……! わざとじゃ、わざとじゃないんですぅ……! 今月のお小遣い全部と、来月と再来月の分も先払いで、な、なんなら魂で弁償しますからぁ……!」


 床に額を擦りつけて謝る私を、美咲先輩は汚物でも見るような目で見下ろした。その怒りが、ふと冷たい呆れに変わる。


「……本当に、なぜあの人が、あなたのことを」


「あの人」とは、私の憧れ、柊(ひいらぎ)先輩のことだ。見習い期間は残り約10ヶ月。期限までに結果を出せなければ、能力を封印され除隊になる――そんな現実が、いつも心のどこかにこびりついている。


――私は天才なんかじゃない。全部、幽霊さんたちの力なのに……


 罪悪感を抱えながらも、私はこの「天才」という虚像を守りたい。それが、ドジな現実を覆い隠し、柊先輩の隣に立てる唯一の方法だから。


「美咲。彼女に厳しく当たらないでくれ」


 柊先輩が、私の肩にそっと触れる。この手の感触が、私が秘密を守り続ける理由だ。


「今から緊急ミッションだ。郊外の機密研究施設で、試験運用中の小型無人兵器のAIが暴走した。電力制御を奪う前に、物理的な接触が必要になる」

「物理的な接触は私が。精密な念動力で、センサーを傷つけずに――」

「いや、ここは瀬尾くんだ」柊先輩は私を見て微笑んだ。「君の予測不能な行動こそが、暴走AIの計算を狂わせる唯一の戦略だ。頼むよ」


――う、嬉しい……! 柊先輩に頼られた……! 今日という日を、私は一生忘れない……!


 美咲先輩は驚きと怒りに顔を歪めたが、柊先輩の決定には逆らえない。


 移動用の特殊車両。運転席に柊先輩、助手席に美咲先輩、後部座席には、頭の中で無限に脳内シミュレーションを繰り返す私。


「……信じられないわ」助手席から、押し殺した声が漏れてくる。「よりにもよって、あの見習いを連れて行くなんて。私と柊先輩の二人で、完璧に連携すれば済む話だったのに」


「美咲。あの兵器は予測不能性を高めて設計されている。君の論理的なアプローチでは、逆にバリアを強化しかねない」柊先輩は前を見たまま淡々と答える。


「だからってあのドジに全部委ねるんですか。私には理解できません」


 苛立ちのせいか、美咲先輩はカーブを切るたびにハンドルを少し強く握り込む。車体が右へ左へと揺れるたび、後部座席の私の胃も一緒に揺れた。


――ごめんなさい、美咲先輩……。でも、頼られたんだから、絶対成功させなきゃ。


◆


 現場は、無人兵器の試運転が行われていたはずの広大な地下施設だった。


「柊、周囲のカメラにハッキング完了。残りの監視範囲は透視でフォローを」

「了解。透視開始……兵器は施設中央のサーバーエリアね。周囲のトラップは念動力で解除するわ」


 指先を軽く払うだけで、レーザーの罠が音もなく無力化されていく。無駄のない仕事だった。緊張すると全く関係ないものを揺らすだけの、頼りない自分の念動力とは大違いだ。念じれば念じるほど裏目に出る、なんとも意地悪な体質だった。


「よし、通路は確保。茜、行くわよ。兵器に触れるのは一瞬でいい。触れたらすぐ退避」


 美咲先輩に引っ張られるようにして通路を進む途中、床に転がっていた機材カートの脚に爪先を引っかけ、私は積み上げられていた予備センサーの箱を派手になぎ倒してしまった。


――ガシャン!


 静まり返った施設に、間の抜けた金属音が響き渡る。


「――っ! 何やってるの!」


 美咲先輩が振り返るのと、サーバーエリアの奥で兵器がわずかに唸りを上げるのは、ほぼ同時だった。


「柊、兵器の反応が変わった。今の音で、警戒フェーズに移行したかもしれない」

「くそ、まずいな……! シールドの展開が早まる。当初の想定より、開く隙は短くなるぞ」


 柊先輩の声に、初めて焦りが滲んだ。私は口を両手で塞ぎ、崩れた箱をそっと積み直しながら、心臓が縮み上がるのを感じていた。


――わ、私のせいで、時間がなくなった……!


 美咲先輩は舌打ち一つで私の腕を引き、兵器の待つサーバーエリアへ急いだ。


 暴走兵器はすでに起動プロセスに入り、轟音とともに防衛バリアを発生させていた。想定より明らかに早い。


「柊先輩、どうすれば……!」

「美咲! バリアの周波数帯を解析した。一瞬だけシールドに穴が開く。だが、さっきより窓は短い。その瞬間に、茜、触れろ!」

「はい!」


 美咲先輩がシールドの穴から金属片を投げ込み、内部センサーを攪乱する。


――私もサポートしなきゃ……! 今度こそ、さっきの分も取り返さなきゃ……! ここで役に立てたら、柊先輩、きっと私のこと……!


 邪な期待が浮かんだ、まさにその瞬間。混乱に乗じて兵器に飛びつくと同時、渾身の力で念動力を発動させる。恐怖と、余計な妄想とがせめぎ合い、力は見事に暴発した。


 私の念動力は兵器ではなく、隣に立つ美咲先輩のスカートの裾を、風もないのにふわりと持ち上げた。


「……っ!? きゃあ!」


 美咲先輩は不意打ちに集中を乱され、慌ててスカートを押さえる。顔が真っ赤に染まる。その一瞬、投げ込んだ金属片の攪乱効果が途切れ、開きかけたシールドの穴が、みるみる狭まっていく。


「今よ! 早く!」

「ちょっと! 今、何をしたの!? ドジにも程があるわよ!」

「ち、違います……! 神に誓って、念動力が勝手に……!」

「言い訳は後! 穴が閉じる!」


 弁解している暇はなかった。狭まっていく隙間に向かって、私は無我夢中で手を伸ばす。この一瞬の乱れが、致命的な遅れを生んだ。


「や、やだ……!」


 伸ばした手のひらが、兵器の側面に、ギリギリで触れてしまう。


 その一瞬、指先の感触とともに、側面のプレートに刻まれた「NB-7」という型番と、その脇にひっそりと彫られた見慣れない渦巻き状の紋章が、鮮明に目に焼きついた。一度見たものを忘れられないのは、昔からの癖だ。何の役にも立たない、地味な癖――のはずだった。


――ピピッ、ガキン!


 兵器のAIが完全に覚醒し、機体は激しい唸りを上げた。その機動は、先ほどまでの「暴走」とは比べ物にならない、制御不能な狂気へと変貌する。


「しまった! システムが完全に起動した! 柊、制御を奪えない!」

「瀬尾くん! すぐに退避だ! これは君の手に負える状況じゃない!」


「そ、そんな……」


 暴走兵器は、獲物を探す獣のように施設内を旋回し始めた。美咲先輩の精密な念動力さえ、この狂ったスピードには通用しない。


「くそっ、このままじゃ柊先輩まで……!」


 恐怖が全身を支配する。ここで逃げれば、憧れの人が危機に晒される。完璧なはずの美咲先輩の顔に、初めて絶望の色が浮かんでいるのが見えた。


――私じゃダメだ……私がドジだから、全部台無しになった。でも――


 自己嫌悪の渦の中で、私は歯を食いしばる。


――誰も信用してくれない。私が「幽霊に憑依されている」なんて、言えるわけがない。特に柊先輩には、今の「天才」っていう誤解を解かれたくない。でも、今は……!


 震える両手を前に突き出し、渾身の力で自前の念動力を放とうとする。しかし力は安定せず、再び美咲先輩のスカートの裾をわずかに揺らす程度で終わった。


「ひっく……誰か、この兵器を、止めて……! 誰か、柊先輩を……助けてぇ!」


 それは、ドジな女子高生の、掛け値なしに切実な叫びだった。


 その瞬間、胸の奥にあった小さな恐怖が、確かな決意に変わっていく。


――私が、止めなきゃ。


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