第24話:見せない顔
「ねえねえ茜、聞いてよ。今度クラスの男子に告白されそうなんだけど」
放課後、下校中の桃香が、いつも通りの調子でまくし立ててくる。
「え、それはすごいじゃない。誰なの?」
「それが、誰だかまだ分かんないんだよねー。噂だけ先に回ってきて」
「順番、逆じゃない?」
思わず突っ込むと、桃香はけらけらと笑った。
「まあでも、告白されるされないより、そもそも今、気になってる人がいないのが問題なんだよね。刺激が足りないっていうか」
「刺激て。恋愛にそんなの求める?」
「求めるよ! ドラマチックな出会いとか、憧れちゃうじゃん」
こういう他愛のないやり取りに救われている自分がいる。詳しい事情は何一つ話せないけれど、それでも、こうして隣を歩いてくれる存在がいるだけで、気持ちがずいぶん軽くなる。
「もし告白されたら、どうする予定?」
「んー、まずは相手をじっくり観察してから――」
「観察て」
「大事でしょ、恋愛は戦略だよ、茜」
そんな益体もない話をしながら公園の脇を通りかかった時、見覚えのある人影が目に入った。ベンチに一人腰掛けている、美咲先輩だった。
私服姿の美咲先輩は、いつもの隙のない佇まいとは違い、心底疲れたような顔で、ぼんやりと空を見上げていた。肩の力が抜けきった、初めて見る表情だった。膝の上に置かれた手は、ぎゅっと握りしめられている。
――あの人にも、あんな顔する時があるんだ。
なんとなく声をかけそびれ、桃香を引っ張って物陰から様子を窺ってしまう。
「な、何、何。誰かいるの?」
「し、静かに。知り合いの人」
小声でそう伝えると、桃香も興味津々な顔で覗き込んできた。しばらくすると、美咲先輩は小さく独り言のように呟いた。
「……昔、道場で……」
そこで言葉を止め、小さく首を振ると、何事もなかったかのように立ち上がり、颯爽と歩き去っていく。いつもの、隙のない後ろ姿だった。
「え、誰? 茜の知り合い?」
隣で桃香が、興味深そうに首を傾げる。
「あ、えっと……バイト先の先輩、みたいな人」
咄嗟に誤魔化す。
「ふうん、綺麗な人だね。……でも、なんか、いつもと違って見えた」
「完璧に見える人にも、色々あるんだろうねえ」
桃香は、いつになく静かな声でそう言った。木々の隙間から漏れる西日が、その横顔を照らしている。
「あたしもさ、昔、完璧を求めすぎて空回りした恋、あったなぁ。理想ばっかり追いかけて、目の前の相手のこと、ちゃんと見てなかったっていうか」
初めて聞く話に、私は思わず桃香の横顔を見つめる。普段の彼女からは想像もつかない、しんみりとした口調だった。だが、その真面目な空気は一瞬で霧散した。
「――なんてね! そんな重い話はやめやめ! それより、さっきの告白の件だけどさ!」
いつもの明るい調子に戻り、桃香はまた饒舌にまくし立て始める。私はその変わり身の早さに、思わず笑ってしまった。
「桃香って、たまに大人っぽいこと言うよね」
「たまにはね。でも基本はこっちが素だから!」
夕暮れの道を、二人で並んで歩く。空はオレンジから紫へと、少しずつ色を変えていた。他愛のない話をしながらも、頭の片隅では、さっき見た美咲先輩の疲れた顔が、なぜか離れなかった。
――「昔、道場で」って、何を言おうとしたんだろう。
そう考えていた矢先、制服のポケットで端末が激しく震えた。ASTRAの緊急招集アラート、しかも最上位の警戒レベルだった。桃香と話す声が、遠くに聞こえる。
「茜? どうしたの、急に難しい顔して」
「あ……ごめん、ちょっと用事、思い出しちゃって!」
早口でそう言い残し、私は駆け出していた。画面に表示された文字が、頭から離れない。
――ASTRA重要施設、武装勢力による占拠発生。至急、本部へ。
心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。これまでとは、明らかに規模の違う何かが、始まろうとしていた。
――また、うちのチームだ。数えてみれば、この数ヶ月だけで、もう何件目になるんだろう。
走りながら、ふとよぎったその疑問を、今はまだ、深く考える余裕がなかった。




