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憑依体質エージェント 瀬尾茜の事件簿 ~ドジな私が「天才」と呼ばれるのは、七人の幽霊さんのおかげなんです~  作者: ざつ
事件5:「道具」としての能力者奪還作戦

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第20話:忘れられない人

 学校帰り、桃香に「今日カラオケ行かない?」と誘われたけれど、なんとなく気分が乗らなくて、曖昧に断ってしまった。恋バナで盛り上がる元気は、今の私にはなかった。


 気づけば、結衣の家の前まで来ていた。誘われたわけでもないのに、足が勝手にそちらへ向いていた。誰かに、何も聞かずにただ隣にいてほしい。そんな気分だった。


「……なんか、顔色悪いね」


 玄関を開けた結衣は、驚いた様子もなく、ただそう言って中へ促してくれた。何も聞かず、温かいココアを淹れてくれる。湯気が立ち上るマグカップを両手で包むと、指先の冷たさが、少しずつ和らいでいく気がした。その優しさに、また泣きそうになるのを堪えた。


「バイトで、色々あって……。でも、詳しくは話せないんだけど」

「いつものことでしょ。無理に聞かないよ」


 結衣は、いつも通りの、素っ気ないようで温かい声でそう言った。しばらく、二人で無言のまま、湯気の立つマグカップを見つめる。ちらりと、結衣がこちらの顔色を窺うような視線を寄越したのに気づいた。いつもより深く沈んだ私の様子に、何かを感じ取ったのかもしれない。


「……ねえ、茜」


 不意に、結衣が口を開いた。いつになく、静かな声だった。何かを決心したような、そんな響きがあった。


「私の家族が、昔、ある事件に巻き込まれたことがあるの。話したこと、なかったよね」


 初めて聞く話だった。私は黙って、続きを待つ。


「詳しいことは、私もよく知らない。ただ、小さい頃、うちの周りが騒がしかったのは覚えてる。両親も、ずっと思い詰めた顔をしてて。何度も警察の人が家に出入りしてたのも、うっすら覚えてる」


 結衣は、マグカップを両手で包みながら、視線を落とした。窓の外の夕焼けが、その横顔をオレンジ色に染めている。


「その時、うちに何度も足を運んでくれた、探偵さんがいたんだって。鈴香さんっていう人。母がよく、名前を出してた。事件が解決しないまま終わった後も、ずっと気にかけてくれてたみたい」


――鈴香さん。


 心臓が、大きく跳ねた。聞き間違いであってほしいと、一瞬本気で思う。だが、結衣の口から零れたその名前は、あまりにもはっきりと、聞き覚えのあるものだった。あの、切れ味鋭い声。制服の襟をぴしりと正す仕草。まさか、こんな形で、繋がりが見えてくるなんて。


「その人、優しかったんだけど、どこか寂しそうでね。事件を解決できなかったことを、ずっと悔やんでるみたいだったって、母が言ってた」


――解決できなかった、事件。


 頭の中で、点と点が、静かに繋がろうとしている。でも、その先を考えるのが、なぜか怖かった。もし、あの鈴香さんが、結衣の家族を助けようとしていた、あの探偵さんと同一人物だとしたら――知ってしまった後、私はどんな顔をすればいいのだろう。


「事件があった場所って、どこだったか、結衣は覚えてる?」


 震える声で、なんとか尋ねる。


「山の中の、古い洋館だったって聞いた。私も一度だけ、連れて行かれたことがあるらしいんだけど……ほとんど覚えてないんだよね。まだ小さかったし」


 古い洋館。山の中。その言葉を聞いた瞬間、耳の奥で、雨の匂いと、いくつもの重なり合う優しい声が、蘇りかけた。


――大丈夫。もう、独りにはさせない。


 朧げなその感覚に、頭の芯がずきりと痛む。まさか、あの夜の記憶と、結衣の話が、同じ場所を指しているのだろうか。確かめる勇気は、まだ出なかった。


「な、なんで、急にその話を?」


 震える声を、なんとか押し殺しながら尋ねる。結衣は、少しだけ困ったように笑った。


「さあ。なんとなく、今日は話したい気分だったのかも。……あんたがドジ踏んでも、私が笑わずに受け止められるのはね、多分、あの人の受け止め方を、子供の頃にすぐそばで見てたからなんだと思う」


 風に揺れる結衣の手首で、星形のキーホルダーが小さく光った。


「そのキーホルダーも、その人と関係あるの?」


 思わず尋ねると、結衣は一瞬、驚いたように目を見開いた。


「……さあ、どうだったかな」


 いつもの、はぐらかすような答え。でも今日は、その奥に、確かな何かが揺れているのが、初めてはっきりと感じ取れた。


「結衣も、誰かに支えてほしい時、あるんじゃないの」


 気づけば、そう口にしていた。結衣は驚いた顔をした後、くしゃりと表情を崩した。


「……何よ、今更」


 そう言いながら、隣に座る私の肩に、そっと頭を預けてくる。いつも受け止めてもらってばかりだったから、こうして頼ってもらえることが、なんだか無性に嬉しかった。


「ありがとう、結衣」

「……別に」


 そう言いながらも、結衣は頭を預けたまま、動こうとしなかった。普段は絶対に見せない、無防備な横顔だった。


――結衣にも、こんな顔をする瞬間があるんだ。


 いつも受け止めてもらってばかりで、気づかなかった。誰かの支えになりたいと願うことと、実際に誰かの支えになれることの間には、まだ大きな距離がある。それでも、今日この瞬間だけは、少しだけ、その距離を縮められた気がした。


 窓の外はもう暗くなり始めていた。二人分の体温だけが、静かに部屋を満たしていた。


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