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憑依体質エージェント 瀬尾茜の事件簿 ~ドジな私が「天才」と呼ばれるのは、七人の幽霊さんのおかげなんです~  作者: ざつ
事件5:「道具」としての能力者奪還作戦

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第17話:組織の暗部

 確保された涼は、それから3日間、頑なに口を閉ざし続けた。何を聞かれても、俯いたまま答えようとしない。食事にもほとんど手をつけていないと、担当者からの報告書には記されていた。


「このままでは、事情聴取が進まない。瀬尾くん、頼めるか」


 柊先輩に呼ばれ、面会室のガラス越しに、涼の様子を見つめる。怯えと、諦めが入り混じったような、暗い横顔だった。何度声をかけても、視線すら合わせようとしない。


――まずは、心をほぐす言葉が要る。


――早乙女さん、お願いします。


 冷静な気配が、頭の芯に差し込む。交渉人・早乙女、憑依完了。


「涼くん。無理に話せとは言わない。ただ、君の味方になりたい人間もいる、ということだけ知っておいてほしい」


 穏やかな声で、じっくりと時間をかける。だが、涼は微かに肩を震わせるだけで、口を開こうとはしなかった。心の傷は、言葉だけでこじ開けられるほど、浅くはないらしい。


「……言葉では、届かないか」


 早乙女は静かに引き下がった。


――なら、次は。


 意識の奥から、別の気配が滑り込んでくる。


「傷そのものに、語らせよう」


 淡々とした声色に変わる。科学者・辰巳、憑依完了。涼の左手首、包帯の下の傷を、許可を取った上で観察する。


「……ふむ。この治癒段階、皮下出血のパターン。単発の事故ではなく、同一箇所への反復的な負荷が見られる。しかも、加害の間隔が均一だ。つまり、これは事故でも突発的な暴力でもない。継続的かつ計画的な『管理』の一環だ」


 淡々とした分析が、逆に事の異常さを浮き彫りにしていく。涼の目に、初めて、驚きに似た色が浮かんだ。


「……なんで、そこまで」


 辰巳は答えず、ただデータを記録していく。かわりに、また別の気配が、静かに前へ出た。


「あとは、私の仕事ね」


 探偵・鈴香、憑依完了。


「あなたが怖がっているのは、追手であるASTRAそのものじゃない。特定の誰か、でしょう。それに、あなたが逃走時に持ち出した私物は、たったの一つ――お守りだけ。生活用品も、記録媒体も、何一つ持ち出していない。つまり、あなたは計画的に逃げたんじゃない。衝動的に、限界が来て逃げた」


 穏やかな言葉と、科学的な裏付けと、揺るぎない論理。三段構えの説得に、涼の張り詰めていた糸が、少しずつ緩んでいくのがわかった。だが、最後の一言――名前を口にするという決定的な一歩だけが、まだ出てこない。


――ここまで積み上げた土台がある。あとは、最初に心を開きかけた、あの言葉を届けてくれた人に、締めくくってもらいたい。


――早乙女さん、もう一度、お願いします。


 鈴香の意識がすっと引き、再び、あの落ち着いた気配が戻ってくる。交渉人・早乙女、再憑依完了。


「涼くん。もう、君を傷つけたものの正体は、私たちにも見えている。あとは、君の口から聞かせてほしいだけだ。それは、君自身を守るための、最後の一歩になる」


 先ほどとは違う、確信を帯びた声だった。積み上げられた証拠を背負った言葉は、ただの説得より、ずっと重く響いたのだろう。涼の瞳から、ほろりと涙がこぼれた。


「……わかった、よ。管理担当者の、名前を言えばいいんだろ」


 長い沈黙の後、涼はぽつりと、一人の職員の名前を口にした。


 面会室の外でモニター越しに一部始終を見ていた柊先輩が、感心したように呟くのが、インカム越しに聞こえた。


「……最初に心を開かせた者に、最後も締めくくらせる。この采配は、狙ってやったのか?」


 答える余裕はなかったけれど、なんとなく、頬が熱くなるのを感じた。狙ったというより、ただ、そうすべきだと思っただけだったから。


◆


 面会室を出た後、鈴香はその足で、上層部への報告に向かった。会議室には、見覚えのない役職者たちが、居心地悪そうに顔を揃えていた。


「該当の職員による、能力者への非人道的な管理体制を確認しました。詳細な調査を要請します」


 冷静に告げるその内容に、居合わせた上層部の面々は、一様に顔を強張らせた。しばらくの沈黙の後、口を開いたのは、一番奥に座る年配の男だった。


「――ずいぶんと、大胆な指摘だな。組織内部を疑うような発言は、慎重にするべきだ。証拠は?」

「傷跡の治癒パターン、行動心理分析、そして本人の証言です。十分な根拠かと」

「その程度の材料で、長年の功労者を告発するというのか。君は、まだ見習いの身だったな」


 暗に立場をわきまえろと言われているのが、はっきりと伝わってくる。それでも鈴香は一歩も引かなかった。


 その時、末席に座っていた、まだ若い役職者の一人が、小さく口を挟んだ。


「……桐生の処遇については、慎重を期すべきかと。彼が扱っていた案件には、他にも……いえ、何でもありません」


 言いかけた言葉を、慌てて飲み込む。年配の男が、鋭い一瞥を投げると、その役職者はすぐに視線を伏せた。ほんの一瞬のやり取りだったけれど、何か、触れてはいけないものに触れかけたような、そんな空気だけが残った。美咲先輩は、少し離れた場所で、腕を組んだまま何も言わなかったが、その目は、今のやり取りを鋭く捉えていた。


◆


 報告を終え、資料室を横切った時だった。開け放たれたままのデスクの上、古い人事記録の束が乱雑に広げられているのが目に入る。


――この散らばり方、妙だわ。


 説明のつかない違和感に、また意識の奥が反応した。


「わたくしに、お任せを」


 芸術家・楓、束の間の憑依。空間の配置を読み取る目が、書類の乱雑さの奥にある規則性を捉える。


「……この束、表面の埃の積もり方が均一ではございません。つまり、『古い記録』を装いながら、実際には頻繁に出し入れされている一角がございますわ。あちらの、三冊」


 指差された束の隅に、聞き覚えのない三つの名前が記されているのが、一瞬だけ見えた。


――あの三つの名前……。


 意味もわからないまま、それは記憶の奥に焼きついていく。デスクの主である、当の管理担当職員は、こちらの視線に気づいた瞬間、ただならぬ様子で書類を掻き集め、逃げるようにその場を後にした。振り返った横顔は、血の気が引いたように青白かった。


「……何を見たの?」


 隣を歩いていた美咲先輩が、珍しく静かな声で尋ねてくる。


「い、いえ、何も。ただの書類、だったと思います」


 咄嗟に誤魔化したものの、美咲先輩は納得していない様子で、それでも深くは追及してこなかった。日の落ちかけた廊下を歩きながら、私はまだ、あの三つの名前の意味を、うまく飲み込めずにいた。


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