第15話:秘密の重み
その朝、目覚まし時計が鳴る前に、私は目を覚ましていた。頭の奥に、鈍い痛みが居座っている。ここ最近、こういう朝が増えた気がする。
「……また、寝不足かぁ」
鏡に映る自分の顔には、隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。学校に行けば行ったで、憑依体質のことを気取られないよう気を張り、放課後になればASTRAの任務が待っている。息をつく暇が、どんどん減っている気がした。他の見習いエージェントは、月に一、二件のペースだと聞いたことがある。私だけが、なぜかその何倍もの案件をこなしている。
事件解決後の報告会。柊先輩は、いつになく真剣な顔で私を見つめていた。
「瀬尾くん。今回の件で、確信した。君の情報解析能力は、僕が思っていた以上のものだ。これからも、技術系の案件は積極的に君に任せたい」
「あ、ありがとうございます……」
素直に喜べばいいはずなのに、頷く声が、どこか上ずってしまう。隣に座る美咲先輩は、いつもなら何か一言挟んでくるはずなのに、今日は黙って書類に目を落としたままだった。
「美咲、何か意見は?」
「……いえ、特には」
短い返事だけを残し、美咲先輩は先に部屋を出ていってしまう。その背中を見送りながら、柊先輩は少し首を傾げていたけれど、深くは追及しなかった。
報告会が終わり、一人で廊下を歩きながら、私は小さくため息をついた。
――嬉しい。嬉しいはずなのに。
頼られれば頼られるほど、いつかこの「天才」の化けの皮が剥がれる日のことを考えてしまう。憑依体質のことがバレたら、柊先輩はどんな顔をするだろう。軽蔑されるだろうか。それとも、実験対象のように扱われるだろうか。考えるだけで、指先が冷たくなる。
窓の外、夕暮れの街を歩く人々を眺めながら、私はふと足を止めた。あの人たちは、誰も彼も、自分の力で今日を生きている。私だけが、借り物の力で毎日をやり過ごしている気がしてならなかった。
その日の夜、結衣に電話をかけた。事情は話せないから、いつも通り「バイトで疲れた」とだけ伝える。
「また先輩がらみ? あんたも大変ね」
「うん……なんか、頼りにされればされるほど、しんどくなる時ってあるんだね」
「贅沢な悩みじゃない。それだけ評価されてるってことでしょ」
軽い調子で返されると、それもそうかと思えてくる。結衣の声を聞いているだけで、強張っていた肩から少しだけ力が抜けた。
「でもさ、無理して期待に応え続けるのって、しんどいでしょ。あんた昔から、そういうところあるし」
「昔から、って……また、その話?」
「さあ、どうだったかな」
いつものように、はぐらかされる。何気ない一言のはずなのに、今日はやけに引っかかった。
「まあ、無理しすぎないようにね。あんたはすぐ抱え込むタイプだから」
「うん……ありがとう」
電話を切った後、部屋の天井を見上げながら、私はぼんやりと考える。
――美咲先輩、あの日から、何も言ってこないな。
配線の異常を、素の私が見抜いてしまったあの瞬間。美咲先輩の視線が、何かを探るように私の顔に留まっていたのを思い出す。あれ以来、皮肉も嫌味も、以前より少しだけ減った気がする。それが良い兆候なのか、悪い兆候なのか、判断がつかない。むしろ、何も言われない方が、じわじわと不安を煽られる気がした。
――いっそ、ズバッと嫌味を言ってくれた方が、まだ気が楽なのに。
そんなことを思いながら、私は寝返りを打つ。
――柊先輩にとっての「天才の私」と、本当の、ドジでどうしようもない私。
このまま、どちらか一方を演じ続けなければならないのだろうか。それとも、いつか両方とも、誰かに知られてしまう日が来るのだろうか。柊先輩が本当のことを知ったら、今のように優しくしてくれるだろうか。想像するだけで、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
答えの出ない問いを抱えたまま、私はベッドに横になる。見習い期間はもう8ヶ月足らず。積み重なる秘密と疲労が、静かに、しかし確実に、心と体を蝕んでいくのを感じながら、私はゆっくりと目を閉じた。




