【時を越えた帰還】
アリアは、魔力も体力も消耗して全身に痛みが残る中、乱れた呼吸を整えながら倒れたルミシェナへ歩み寄っていく。
ルミシェナのすぐ近くまで来たところで、彼女の手が瓦礫をつかむ。
「まだ……動けるの?」
ルミシェナは腕に力を込め、崩れた壁へ身を預けながら上体を起こした。
何度か体勢を崩しかけ、それでもどうにか両足で立つ。
青黒い光衣はすでに大きく崩れ、形を保てないほどに傷んでいた。全身には魔力閃射を受けた傷がいくつも残っていた。
「見事でした。私の光衣だけでなく、白紗結界まで破られるとは思いませんでした」
ルミシェナは身体を支えながら、アリアへ顔を向ける。
「あなたほどの方なら……」
アリアは、その言葉にわずかな引っかかりを覚えた。
「……いえ。何でもありません」
そう言った後、ルミシェナの周囲に淡い輝きが生まれ、残された魔力を絞り出すように次々と魔法弾が浮かび上がった。
アリアは斧を握り直す。
「まだ戦うつもり?」
「いいえ」
ルミシェナは静かに答えた。
「……ルミシェナ?」
「待って!」
だが、ルミシェナは止めなかった。
「これで終わりです」
魔法弾はすべてルミシェナへ向かって放たれた。
立て続けに光が直撃し、轟音が辺りへ響く。
やがてルミシェナの身体から力が抜け、そのまま崩れ落ちた。
倒れたルミシェナが、淡い光を帯び始める。
その光が全身へ広がった直後、ルミシェナの輪郭が一気に崩れ、無数の粒子となって宙へ舞い上がった。
そこに残っていたはずの身体は瞬く間に失われ、光の粒だけが辺りを漂う。
アリアは動けなかった。
宙を舞っていた粒子は次第に消え、その場には何も残らなかった。
「……嘘、でしょ」
声が震えた。
さっきまで目の前にいたはずなのに。
「ルミシェナ……」
返事はない。
アリアは呆然としたまま、何もなくなった場所を見つめ続けた。
ルミシェナが何を考えていたのか。
その真意を確かめることは、もうできない。
「そんなの……」
胸の奥に、やり場のない感情が残る。
考えがまとまらないまま、様々な思いだけが頭の中を巡っていく。
張り詰めていたものが途切れたことで、それまで無理に動かしていた全身が限界を迎える。
視界が揺れた。
意識が遠のき、そのままアリアの視界は暗く閉ざされた。
そこで、アリアの記憶は途切れた。
意識を取り戻したアリアは、ゆっくりと目を開けた。
見えたのは、知らない部屋の天井だった。
自分が寝台の上にいることに気づき、辺りを見回す。
「……ここ、どこ?」
身を起こそうとすると、身体のあちこちに鈍い痛みが走った。
「っ……」
アリアは無理に起き上がるのをやめ、寝台に手をついた。
室内には小さな机と椅子、それに薬や包帯の置かれた棚がある。
どこかの病室みたいなのはわかるが、それ以上のことはわからない。
記憶を辿ろうとしたところで、扉が開いた。
「目が覚めたんですね」
聞き覚えのある声に、アリアはそちらを見る。
入ってきた人物を目にした途端、思わず声が漏れた。
「……カリナさん?」
そこにいたのは、冒険者ギルドの受付をしているカリナだった。
「はい」
「え……なんでカリナさんがいるの?」
予想もしなかった相手の姿に、アリアは戸惑う。
カリナは手にしていたものを机へ置いた。
「ここはセレミリアの冒険者ギルドです。正確には、負傷した冒険者などを休ませるための一室ですが」
「セレミリア……?」
その街の名を聞いて、アリアは言葉を失った。
自分が最後にいたのは、ルミシェナと戦った崩壊した街だったはずだ。
そこからセレミリアへ戻った覚えなど、まったくない。
意識を失う直前の出来事が蘇る。
消えていくルミシェナ。
そして、その後の記憶は途切れている。
「ちょっと待って。私、どうしてここにいるの?」
カリナへ視線を向ける。
アリアには、自分がセレミリアにいる理由さえ分からなかった。
カリナは少し間を置いてから答える。
「あなたは、セレミリアからそれほど離れていない森で倒れていたそうです」
「森で……?」
「依頼から戻る途中だった冒険者が発見して、そのままギルドまで運んできました」
アリアは困惑した。
最後にいた場所は森ではない。
崩壊した街でルミシェナと戦い、その姿が消えるところまで確かに覚えている。
そこから先は意識を失い記憶がない。
「どういうこと……?」
自分がなぜセレミリアの近くにいたのか。
「倒れていたとき、私以外に誰かいなかった?」
「発見されたときは、一人だったと聞いています」
アリアは考え込んだ後、ふと別の疑問を抱く。
「そういえば、私ってどれくらい寝てたの?」
「ここへ運ばれてからでしたら、それほど長くありません」
カリナの返答に安心しかけたものの、その後に続いた言葉で思考が止まった。
「ただ、アリアさんがいなくなってからは、一年ほど経っています」
「……え?」
聞き間違えたのかと思った。
「一年……?」
「はい」
アリアは何も言えなくなった。
筏で流され、ラトナ村へ辿り着き、ルミシェナと北へ向かった。
自分の感覚では、そんな長い時間が過ぎた覚えなどない。
「待って。そんなはずないよ」
思わず声が強くなる。
「私がいなくなってから、一年って……本当に?」
「間違いありません」
カリナの答えは変わらなかった。
しばらく呆然としていたアリアだったが、あることに気づいて顔を上げた。
「メルたちは?」
カリナを見る。
「メルヴァリスと、ルミシェナと、ロゼリア。三人はどうしてるの?」
「メルヴァリスさんたちは、今は遠くへ行っています」
「遠く?」
「はい。数日も経てば戻られると思います」
「三人とも?」
「ええ」
アリアは少し考える。
一年も経っているのなら、三人がずっとセレミリアにいるとは限らない。
それでも、どこへ行ったのかは気になった。
「どこに行ったの?」
「……まあ、その話は」
「アリアさんも目を覚ましたばかりですし、まずは身体を治すことを考えましょう」
「え?」
「メルヴァリスさんたちのことは、戻ってきてから本人たちに聞いてください」
「本人たちに?」
「はい。そのほうがいいと思います」
どこか腑に落ちなかったが、今ここで聞いても詳しいことは教えてもらえそうにない。
アリアは気になりながらも、それ以上追及するのをやめた。
それから、アリアはギルドの一室で休みながら過ごした。
運び込まれた当初は全身に傷や疲労が残っていたものの、日に日に身体は回復していく。
食事を取り、自分で歩けるようになってからも無理はせず、治療を受けながら安静にしていた。
そして数日後。
傷もすっかり治り、身体を動かしても痛みを感じなくなった。
アリアは寝台から立ち上がり、腕や脚の具合を確かめる。
もう普段通りに動けそうだった。




