【災厄を止めるために】
ルミシェナの問いに、アリアは答えられなかった。
目の前にいる相手が危険なのは分かっている。
このまま放っておけば、さらに多くの街が同じ目に遭うかもしれない。
それでも、姿も声も、自分が知るルミシェナとあまりにも似ていた。
斧を持つ腕が動かない。
そんな様子を見て、ルミシェナは小さく息を吐いた。
「まだ決められないのですね」
アリアは返さなかった。
するとルミシェナは、崩れた街並みへ視線を移す。
「でしたら、ここの住民がどうなったのか教えましょうか」
アリアの意識が、その一言へ向いた。
「……どこにいるの?」
避難しているのかもしれない。
どこかへ逃げた可能性もある。
わずかに残っていた期待を抱きながら、返事を待つ。
ルミシェナはそれまでと変わらない調子で答えた。
「全員、殺しました」
アリアの思考が止まった。
聞き間違いだと思いたかった。
けれど、目の前の女性は言葉を取り消さない。
「……全員?」
「はい。一人も残していません」
ルミシェナはためらうことなく続けた。
「逃げようとする方も、助けを求める方もいました。家族の名前を呼び続けていた方もいましたね」
アリアの顔から血の気が引いていく。
「……やめて」
「子供を抱いたまま、何度も許してほしいと頭を下げる方もいましたよ」
アリアの声が震える。
「やめてって言ってるでしょ……!」
ルミシェナは口を閉ざさなかった。
「どうして自分たちが死ななければならないのか、最後まで分からなかったのでしょうね」
少し間を置き、静かな声で付け加える。
「もちろん、理由なんてありませんでしたけど」
アリアの身体から力が抜けそうになる。
「泣いても、頼んでも、何も変わりません。最後には皆さん、死にたくないと言っていました」
まるで、それが何の意味も持たない言葉だったかのように。
「それでも、全員殺しました」
さっきまで目にしてきたものが、別の意味を持って頭の中へ蘇った。
そこには確かに人が暮らしていた。
生活があり、それぞれの日々があったはずだ。
それを、この女性は奪った。
「どうして……」
声がうまく出なかった。
「そこまでする必要なんて、なかったでしょ……」
「必要があるかどうかは、あまり関係ありません」
その言葉を聞き、アリアの中に残っていたものが崩れた。
自分が知っているルミシェナなら、こんなことはしない。
誰かが傷つくことを平然と受け入れたりもしない。
もう同じ存在として見ることはできなかった。
これ以上、重ねてはいけない。
目の前にいるのは、自分の知るルミシェナではない。
〈災厄〉と呼ばれ、人を殺し、街を壊し、それすら何とも思わない存在だった。
アリアはゆっくりと斧を持ち上げる。
先ほどまで胸の中にあった迷いは、もう残っていない。
止めるだけでは足りない。
逃がしてもいけない。
ここで終わらせる。
アリアはルミシェナをまっすぐ見据えた。
斧を握り、自分の力へ意識を集中させた。
〈数字変換〉で筋力と敏捷を限界近くまで引き上げ、さらに斧の重量と硬度を調整する。
ルミシェナは動じることなく、青黒い光衣を広げた。
「やっと、その気になりましたか」
その周囲に魔法弾が浮かぶ。
アリアは地面を蹴った。
踏み込んだ石畳に亀裂が走り、一息で距離を詰める。
振り抜いた斧をルミシェナが光衣で受け止め、轟音とともに周囲の瓦礫が跳ね上がった。
続けざまに二撃、三撃と打ち込み、守りを強引に押し込んでいく。
その間にも魔法弾が飛来した。
斧で一発を弾き、もう一つをかわす。
防ぎ切れなかった光が脇腹と腕へ直撃し、口から血がこぼれた。
それでもアリアは退かない。
再度斧を叩きつける。
ルミシェナは光衣をその軌道へ回し込み、刃を食い止めた。
アリアの頭上に魔法陣が広がる。
光の矢が降り注ぎ、石畳を次々と砕く。
アリアは攻撃を中断し、着弾の合間を抜けてルミシェナから離れた。
ルミシェナの周囲には、すでに十近い魔法弾が浮かんでいた。
それらが一斉にアリアへ向けられる。
魔紋を発動。
アリアの左腕の前に魔盾が現れる。
そのままルミシェナへ向かって駆けた。
飛来する魔法弾の一発を魔盾で受け止めるが、別の一発が腹部へ直撃する。
強い衝撃を受けながらも足を止めず、ルミシェナの目前まで迫った。
そして斧を振り下ろす。
青黒い光衣が大きく歪む。
それでも破れない。
刃はルミシェナへ届く寸前で止まった。
至近距離に魔法弾が生まれ、アリアの身体を吹き飛ばす。
石畳の上を転がりながらも斧を離さず、すぐに身体を起こした。
そこへさらに魔法弾が迫る。
アリアは斧で一発を受け止めるが、強い衝撃が腕を突き抜けた。
別の一発が脚へ直撃し、身体が大きく揺れる。
踏みとどまり、斧を構え直した。
いくつもの傷から血が流れ、全身に痛みが広がっていた。
対するルミシェナに目立った傷はない。
だが、攻撃を受け続けた青黒い光衣は激しく揺れていた。
「少しは楽しめそうですね」
アリアは斧を握る手に力を込める。
「……これ以上、誰も殺させない」
「私の力は、まだこんなものではありませんよ」
再びアリアの頭上に魔法陣が現れ、ルミシェナの周囲にも新たな魔法弾が生まれた。
降り注ぐ光の矢を避けながら踏み込み、迫る魔法弾を斧で弾く。
続く一発を魔盾で防ぎ、そのまま距離を詰めた。
ルミシェナが光衣を前方へ集める。
そこへアリアは斧を叩き込んだ。
重い一撃が青黒い守りへ食い込み、激しい衝撃が辺りへ響いた。
これまで何度攻撃しても破れなかった守りも、すでに限界へ近づいていた。
アリアも、すでにかなりの魔力を消耗していた。
魔盾を消し、魔紋を切り替える。
左手をルミシェナへ向け、残った魔力を一気に集中させた。
その力を感じ取ったルミシェナが表情を変える。
アリアは魔力閃射を放った。
膨大な魔力が一直線に迫り、ルミシェナは光衣を正面へ集めて受ける。
だが、消耗した守りでは抑え切れない。
青黒い光が崩れ始め、ルミシェナはすぐに光衣へ魔力を巡らせ、白紗結界を展開した。
強固な結界が魔力閃射を受け止めるが、勢いは衰えず、白紗結界にも亀裂が広がった。
やがて白紗結界が砕け散り、威力を削がれた魔力閃射がルミシェナを捉えて瓦礫の上へ吹き飛ばした。
魔力閃射はそのまま後方を突き抜け、残っていた建物を吹き飛ばして消える。
アリアは荒い呼吸をしながら、倒れたルミシェナを見る。
ルミシェナは起き上がることもできず、もう戦いを続けられる状態ではなかった。




