【災厄からの問い】
アリアは斧を手にしたまま、ルミシェナが向かった北を見据える。
一晩も足止めされていた。
どれほど距離を離されたのかは分からない。
「急がないと……」
〈数字変換〉を使い、自分の敏捷を大きく引き上げる。
身体が軽くなった感覚を確かめる間もなく、地面を蹴った。
森の中を、勢いを落とさず走り続ける。
頭にあるのは、ルミシェナが残した言葉だけだった。
街を滅ぼす。
あれが脅しだけだったとは思えない。
もし、すでに着いていたら。
嫌な考えを振り払い、さらに速度を上げる。
やがて視界の先に、いくつもの建物が見えてきた。
「見えた……!」
森を抜け、そのまま道を駆ける。
しかし近づくにつれ、アリアの足取りが鈍った。
遠目では分からなかった光景が、少しずつはっきりしていく。
街を囲む壁の一部は崩れ、門と思われる場所には瓦礫が散乱していた。
その向こうに並ぶ建物も無事ではない。
屋根を失った家。
壁が崩れ落ちた店。
道には砕けた石や木片が積み重なり、人の姿はどこにも見当たらなかった。
「……そんな」
間に合わなかった。
その事実が胸に重くのしかかる。
アリアは街の入口を越え、市街へ踏み込んだ。
辺りを確認しながら進むと、倒れた荷車や道端に転がる器、開いたままの扉など、そこかしこに人が暮らしていた跡が残っていた。
それなのに、声ひとつ聞こえてこない。
誰かいないか呼びかけたが、返事はなかった。
アリアは斧を握る手に力を込める。
ルミシェナを見つけなければならなかった。
通りを抜け、さらに中心部へ向かう。
建物の間を進んでいくと、やがて開けた場所へ出た。
その中央に、一人の女性が立っている。
青と黒の光衣が静かに揺れていた。
「……ルミシェナ」
ようやく追いついた。
ルミシェナがこちらへ身体を向ける。
「もう来られたのですか」
「拘束は私が解きましたが、あの場所からここまで来るには、もう少しかかると思っていました」
その言葉で、アリアは拘束が解けたときのことを思い出した。
何の前触れもなく消えた青黒い光。
ルミシェナが自ら解除していたのだ。
「……やっぱり、あなたが解いたのね」
「ええ。ただこんな短い時間でここまで来るのは予想外でしたけど……」
アリアは周囲の街並みを見渡し、問いかけた。
「これ……あなたがやったの?」
「はい」
迷う様子もなく返された答えに、アリアは息を呑んだ。
「本当に滅ぼしたっていうの……?」
「そのつもりで来ましたから」
「そんなの……」
何を言えばいいのか分からなかった。
「街の人たちは?」
「気になりますか?」
「当たり前でしょ!」
声を荒らげても、ルミシェナの態度は変わらない。
「でしたら、私を止めるべきでしたね」
「止めようとした! でも、あの拘束が……!」
「ええ。あれも、あなたがどこまでできるのか確かめるためです」
アリアは言葉を失った。
「……何のために?」
「半分はあなたを本気にさせるため。もう半分は、楽しいからでしょうか……」
「そんな理由で、こんなことをしたの!?」
「そうですね」
あまりにも素直な返答だった。
それがかえって、アリアには理解できなかった。
「あなたが私を傷つけることを避け続けるからです」
ルミシェナは静かに告げる。
「どれだけ力を持っていても、使わなければ意味はありません」
「だからって……!」
「今も同じです」
それを聞き、アリアは続けようとしていた声を止めた。
「目の前にいるのは、街を壊した相手です。それでもあなたは、まだ迷っています」
「……」
否定できなかった。
怒っている。
止めなければならないとも思っている。
それでも、ルミシェナに対して力を振るうことへのためらいは消えていなかった。
そんなアリアを見つめながら、ルミシェナは穏やかに言った。
「あなたが私を殺しに来ないのなら、世界をも滅ぼしてみせましょう」
「それが〈災厄〉と呼ばれる私なのですから……」
「今度こそ、本気で来てくださいますか?」




