【攻めきれない戦い】
森の中に、張り詰めた静けさが広がった。
ルミシェナが青と黒の光衣をゆっくりと広げた途端、それまでとは違う気配が辺りを満たした。
さっきまでと変わらない穏やかな表情のままなのに、その姿からは鋭い緊張感が漂っている。
その様子に、アリアは嫌な予感を覚えた。
ルミシェナが片腕を持ち上げた。
指先へ魔力が凝縮した。
「まずはあなたから壊してみましょうか」
「え……?」
青白い光が指先から弾けるように放たれた。
アリアは反射的に身体をひねる。
それは頬のすぐ横を抜け、後方の木へ直撃した。
「ルミシェナ!?」
問いかける間もなく、彼女の周囲へいくつもの魔力塊が浮かんだ。
一斉に放たれた。
アリアは地面を蹴り、木々の間へ飛び込む。
アリアが着地すると、すぐ背後で土が弾けた。
横へ駆ければ、その足元へ別の一発が突き刺さった。
土が高く跳ね上がり、視界を塞ぐ。
さらに正面。
アリアは魔紋を発動した。
片腕へ魔盾を生み出す。
飛来した魔法が真正面からぶつかり、重い衝撃が腕を押し返した。
続いて二発、三発。
盾を傾けながら受け流すものの、衝撃に押され、アリアは足元の土を削りながら後方へ滑っていく。
「……本気で私を殺すつもり?」
「どうでしょう」
ルミシェナは穏やかに返した。
「あなたがどこまで壊れずにいられるのか、少し興味があります」
その姿はほとんど動いていない。
青と黒へ変わった光衣が全身を包むように広がり、幾重にも重なっていた。
守りを崩さないまま、その内側から魔法だけを放っている。
ルミシェナが手を振る。
頭上へ大きな魔法陣が浮かび上がった。
そこから無数の光の矢が降り注ぐ。
アリアは魔盾を頭上へ掲げた。
激しい連打が表面を叩く。
衝撃のたびに腕が沈み、足元の地面へ亀裂が走った。
すべて受け切る前にその場を離れる。
残った矢が立て続けに地面へ突き立ち、後方を削り取っていった。
「……このまま受け続けたら、持たない」
アリアは盾を消さず、斧を片手に握ったまま駆ける。
ルミシェナへ接近。
アリアが斧を振り下ろすと、光衣がその一撃を遮った。
硬い手応え。
腕へ跳ね返るほどの反発が返ってきた。
「っ!」
斧を引き戻すより早く、ルミシェナの正面へ魔力が集まる。
アリアは魔盾を割り込ませた。
至近距離から放たれた一撃が直撃する。
轟音。
盾ごと身体が押し飛ばされ、数メートル先まで滑った。
表面には深い亀裂が走っている。
「……今のは危なかった」
そこへ追撃。
ルミシェナの周囲に幾つもの魔法弾が浮かび、一斉にアリアへ飛来した。
アリアは駆け出した勢いのまま前方へ跳び、空中で身体をひねって一発目をかわす。
着地と同時に別の弾が迫る。
アリアは斧を振るってそれを弾き飛ばし、足を止めずに走り続けた。
さらに数発の魔法弾が進路を塞ぐように飛来する。
アリアは軌道を変え、その合間をすり抜けた。
立ち止まる余裕はない。
見上げれば、上空には大量の魔法矢が展開されている。
鋭い光が次々と降り注ぎ、地面を立て続けに穿っていく。
そこへ低い軌道から魔法弾まで飛び込み、逃げ道を狭めてきた。
アリアは走る方向を何度も変え、降り注ぐ魔法矢をかいくぐりながら、左右から飛んでくる魔法弾も避け続ける。
一つ避けても、すぐに別の攻撃が押し寄せてきた。
「……近づかせるつもりはないのね」
「近づけるのでしたら、どうぞ」
ルミシェナの口調には余裕すらあった。
アリアは砕けかけた魔盾を消す。
魔紋を切り替えた。
空いた手から触手を伸ばす。
横から大きくしならせ、ルミシェナの側面へ叩きつけた。
光衣が広がり、その一撃を受ける。
同時にアリアは反対側へ回り込み、斧を振り下ろした。
二方向から衝撃が走る。
青と黒の光衣が深く沈んだ。
「まだ……!」
触手を引き戻し、下から跳ね上げる。
斧を横薙ぎに振るい、間を空けず柄を返してもう一撃を入れる。
防護が波打つ。
それでも破れない。
ルミシェナ本人は一歩も動かなかった。
「惜しいですね」
「……まだ、届かない」
ルミシェナの周囲に青白い球体が六つ浮かんだ。
アリアは距離を取ろうとしたが、すでに射出されている。
一発目を斧で弾き、続く一撃を身体を沈めてかわす。
脇から迫った魔法は触手で軌道を逸らした。
さらに一つが足元で炸裂し、崩れた地面に体勢を奪われる。
そこへ追撃が迫った。
アリアは触手を近くの木へ巻き付け、身体を引き寄せて逃れる。
だが、最後の一発が逃げた先へ迫っていた。
「っ!」
アリアは斧を片手で構え、その側面で受けた。
大きな衝撃に身体が押される。
腕が痺れた。
それでも斧を離さない。
「まだ!」
再び距離を詰める。
今度は正面から斧を振るうふりをし、途中で踏み込みを変えた。
触手が低い位置から回り込み、そのままルミシェナへ打ち込まれる。
触手が迫る側へ、ルミシェナは光衣を素早く集めた。
そこへ斧を上から叩きつける。
防御が上下へ引かれ、激しく揺らいだ。
光衣の操作へ意識を割いたことで、ルミシェナの反撃がわずかに遅れる。
「そこ!」
アリアはさらに踏み込んだ。
斧を引き、柄の先を真正面から突き込む。
それすら光衣が押し返した。
「……あの光衣、まるで崩れない」
ルミシェナが近距離のまま片手を向ける。
至近距離から魔法弾が放たれた。
アリアは咄嗟に身を投げ出し、魔法弾の射線から外れた。
魔法弾はアリアのすぐ脇を抜け、背後の地面へ直撃した。
衝撃で土が大きく弾け飛ぶ。
「……これ以上はやめて」
「せっかくですから、もう少し私を楽しませてください」
「私は、あなたとこんな戦いをしたいわけじゃない」
アリアは距離を空ける。
斧も触手も通らない。
なら動きを止めるしかない。
魔紋を切り替えた。
片手を向け、黒い重力波を放つ。
黒い波動がルミシェナを包む光衣へ直撃した。
これまでなら、大型の魔獣すら動きを鈍らせられた。
だが。
「効いてない……?」
黒重波を受けた部分の光衣が、重みに引かれるように沈んだ。
だが、ルミシェナは周囲の光衣を重ねてその部分を補い、防御を崩さない。
その内側にいる本人の動きにも変化はなかった。
「本人には届いてない……?」
「なるほど。面白い力ですね」
これでは動きを止められないと判断し、アリアは黒重波の効果を切った。
ルミシェナが両手を広げる。
周囲の空間に大小さまざまな魔力の塊が現れた。
十を超える数。
アリアは魔盾を新たに生み出した。
ルミシェナはそれらを立て続けにアリアへ撃ち放つ。
アリアは魔盾で受け止めながら、避けられるものは横へかわしていく。
攻撃が重なるたびに亀裂が広がり、ついに盾が砕け散った。
「まずい……!」
残りも間を置かず迫った。
アリアは走った。
身体を低くし、木の間を抜け、飛来する魔力をぎりぎりでかわしていく。
避けきれない一発を斧で叩き落とす。
爆発が至近距離で起こり、身体が強く押し戻された。
地面へ片手をつきながら踏み止まる。
一瞬だけ、別の手段が浮かんだ。
魔紋ネブラギオスへ切り替えて魔力閃射を放てば、光衣を破れるかもしれない。
だが同時に、熊系の大型魔獣を跡形もなく吹き飛ばした威力が頭をよぎる。
守りを抜いた先にいるのはルミシェナだ。
「駄目……使えない」
殺したいわけではない。
止めたいだけだ。
アリアは立ち上がった。
「……それでも、押し切るしかない」
魔紋を切り替える。
触手が再び片腕から伸びる。
ルミシェナの周囲では、新たな魔法弾が形を作り始めていた。
アリアは正面から走り込む。
飛んできた一撃を斧で逸らし、二発目を跳んで避ける。
三発目には触手をぶつけて軌道を変えた。
そのまま地面を蹴り、間合いへ入る。
アリアは斧を振り下ろした。
ルミシェナは光衣を集めて受け止める。
続けて触手を側面から叩き込むと、別の光衣が広がってその一撃を遮った。
アリアは斧を引き、間を空けず横薙ぎに振るう。
だが、ルミシェナは防御へ回していた光衣の一部を動かし、斧の軌道を外側へ押し流した。
体勢がわずかに崩れる。
その隙を逃さず、ルミシェナが片手を向けた。
青白い魔力が至近距離から放たれる。
「っ……!」
アリアは身体をずらしたが、避けきれなかった。
魔法の端が脇腹を捉える。
強い衝撃に身体が弾かれ、そのまま地面へ叩きつけられた。
勢いを殺しきれず何度か転がり、ようやく止まる。
手から離れた斧が少し先へ落ちた。
「……痛っ」
脇腹に手を当てながら身体を起こす。
まともに受けた場所には鈍い痛みが残っていた。
ルミシェナは追撃せず、青と黒の光衣を周囲へ広げたまま立っている。
「今ので終わりですか?」
「……そんなわけないでしょ」
アリアは立ち上がり、落ちた斧を拾う。
まだ決定的な傷ではない。
だが、光衣を崩せないまま攻め続ければ、今のような一撃をまた受ける。
それでも止まるつもりはなかった。
アリアは斧を握り直し、再びルミシェナへ向かって駆け出した。
ルミシェナも光衣を動かしながら、新たな魔法を展開する。
斧と触手を防ぎながら、空いた隙から魔法が放たれる。
アリアはそれをかわし、ときには斧で弾きながら攻撃を続けた。
爆発音と衝撃が重なり、周囲の木々には次々と傷が刻まれていく。
一度は魔法を受けたものの、アリアはまだ倒れない。
それでも、ルミシェナの守りは崩れなかった。
斧も触手も防がれ、黒重波も本人までは届かない。
そのうえ、アリア自身もルミシェナを傷つけたいわけではない。
使える手段を自分で狭めたまま、あの光衣を突破しなければならない。
これまでアリアが戦ってきた相手の中に、これほど守りの硬い相手はいなかった。




