【夜に目覚めるもの】
魔獣の姿がなくなった森をあとにし、アリアたちは再び北への道を進んだ。
日が傾き始める頃には、森の中も少しずつ暗くなっていく。
このまま進み続けるのは危険だと判断し、その日は大きな木の根元で休むことにした。
近くを流れていた細い沢で水を確保し、食べられる木の実を見つけて空腹をしのぐ。
まともな野営道具がないため、落ち葉を集めて地面へ敷き、そこで夜を過ごした。
翌朝、二人は早い時間に出発する。
森を抜け、丘を越え、浅い川を渡りながら北へ進んでいった。
食べられそうなものや水を見つければ確保し、暗くなる前には休める場所を探す。
途中で小型の魔物と遭遇することもあったが、必要のない戦いは避けた。
北に進むにつれて道は歩きやすくなり、切り株や荷車の轍も見られるようになった。
「ちゃんとした道になってきたね」
「街が近いのでしょう。ここまで来れば、迷う心配も少なそうです」
人の手が入った跡が増えるにつれ、目的地へ近づいていることが分かる。
そしてラトナ村を出てから数日。
二人が小高い場所まで上がると、その先にこれまでとは違う景色が広がった。
遠方の平地に、多数の建物が集まっている。
周囲を囲む外壁らしきものも見え、その向こうにはいくつもの屋根が並んでいた。
「……あれかな」
アリアが遠くを指す。
ルミシェナも同じ方向を確認した。
「おそらく、あそこですね」
ようやく目的の街が見えた。
今いる場所からなら、あと半日ほど歩けば辿り着けそうだった。
しかし、すでに日は大きく傾いている。
このまま進めば、到着する前に日が落ちるだろう。
「今日はここまでにしようか」
「ええ。そのほうがよさそうです」
二人は道から少し離れ、風を避けられそうな場所を探した。
やがて木々に囲まれた平らな場所を見つけ、そこで夜を過ごすことにする。
遠くには、夕暮れの中に街の輪郭がまだ小さく残っていた。
明日になれば、辿り着ける。
アリアはそう考えながら、ルミシェナとともに野営の支度を始めた。
夜が深まり、辺りは静まり返っていた。
木々の間を抜ける風の音と、虫の鳴き声だけが暗がりに続いている。
眠っていたアリアは、不意に響いた叫びで目を覚ました。
「ああああああっ!!」
「っ、ルミシェナ!?」
身体を起こすと、少し離れた場所でルミシェナがうずくまっていた。
両腕で身体を抱えるようにしながら、苦しげな声を漏らしている。
「どうしたの!?」
アリアが近づこうとしたとき、ルミシェナの身体から異様な魔力があふれ出し、それに触れた周囲の草が黒ずみながら次々と枯れ果てていった。
身体を包んでいた青黄模様の光衣が大きく揺らぎ、やがて形を変えて別の装いとなった。
「ルミシェナ……?」
アリアは動きを止める。
姿そのものは変わっていない。それでも、まとっている気配は先ほどまでとは明らかに異なっていた。
身にまとう衣装は、青と黒を主体としたものになっていた。
やがて叫びが途切れる。
ルミシェナはゆっくりと立ち上がった。
「……ふふ」
暗い森に、小さな笑い声が落ちる。
「ルミシェナ……だよね?」
問いかけても、すぐには答えなかった。
しばらくアリアを眺めてから、ルミシェナは口を開いた。
「ええ……私ですよ。むしろ、今のほうが本当の私かもしれませんね」
声も話し方も変わっていない。
それなのに、そこから伝わってくるものはまるで違っていた。
「そんな顔をしなくてもいいでしょう? 少し姿が変わっただけです」
「少しって……」
アリアは警戒しながら相手を見る。
昼間まで一緒に歩いていたルミシェナとは、どう見ても様子がおかしい。
「何が起きたの?」
「さあ。そんなこと、どうでもよくありませんか?」
あっさりと返し、ルミシェナは自分の手を眺めた。
「それより……久しぶりですね、この感覚」
「久しぶり?」
「ええ」
「何もかも壊してしまいたくなる、この感覚が」
アリアの背筋に冷たいものが走った。
「……何言ってるの」
「聞こえませんでしたか?」
ルミシェナは穏やかな調子のまま答える。
「人も、魔物も、街も。目につくものを全部壊してしまえば、とても愉快でしょうね」
冗談を言っている様子はなかった。
これまでの落ち着いた話し方を残したまま、口にする内容だけは残酷になっていた。
アリアの脳裏に、ラトナ村で聞いた話が浮かんだ。
人を何人も殺し、その後、突然姿を消した魔女。
そして……あの呼び名。
アリアは目の前の少女を見つめた。
「……これが、〈災厄〉の魔女……?」
その言葉を聞いたルミシェナは、嬉しそうに微笑んだ。
「ええ」
わずかな迷いもなく答える。
「そう呼ばれていましたね。昔は」




