【地下に眠る少女】
その名を聞いたアリアは、どこか引っかかるものを感じた。
自分の知るルミシェナと、この村で語られている災厄の魔女。
同じ名前というだけなら偶然かもしれない。
人を何人も殺したとされ、その後、突然いなくなった魔女。
しかも、城館にいるルミシェナの故郷もラトナ村だった。
考えれば考えるほど、無関係だと言い切ることはできなかった。
「その魔女が住んでた家って、まだ残ってる?」
女性は問いかけに少し驚いた様子を見せた。
「ええ。村の外れにあるわ。誰も近づかないから、ずっとそのままよ」
「場所、教えてもらえる?」
「行くつもりなの?」
「うん。確かめたいことがあるの」
女性は心配そうにしていたものの、やがて家までの道を詳しく伝えてくれた。
朝食を終えたアリアは礼を言い、外へ出る。
村の中では、昨日壊された場所の修理が続けられていた。
作業する人々の間を抜け、教えられた道を進んでいく。
中心部から離れるにつれて建物は少なくなり、人の姿もほとんど見えなくなった。
やがて道の先に、一軒だけぽつりと建つ家が現れる。
周囲には伸びた草が広がり、手入れされていないことが遠目からでも分かった。
アリアは足を止め、その建物を見つめる。
ここが、災厄の魔女ルミシェナが暮らしていた家だった。
アリアは古びた扉へ手をかけ、ゆっくりと押し開けた。
中には、長く人が入った形跡がなかった。
床には厚く埃が積もり、倒れた椅子や割れた食器があちこちに散らばっていた。壁際の棚も傾き、中に残されていた物の多くが床へ落ちている。
足元に気をつけながら奥へ進む。
居間を抜けた先には小さな寝室があり、寝台が一つ置かれていた。
掛け布は破れ、木枠にも傷みが目立つ。
その脇を通ろうとしたところで、寝台の下の床板がわずかにずれていることに気づいた。
アリアは身を低くし、その隙間をのぞき込んだ。
暗がりの奥には、地下へ続く石段が見えた。
「こんなところに……」
アリアは階段を隠すように置かれた寝台へ両手を添え、そのまま横へ押していく。
重い音を立てながらずれ、隠されていた地下への入口が現れた。
下から冷えた空気が漂ってくる。
石段の先は暗く、ここからでは底まで見通せない。
アリアは慎重に一段ずつ地下へ降りていった。
石段を下りきると、家の地下とは思えないほど広い空間へ出た。
天井近くには細い採光口があり、そこからわずかに光が差し込んでいる。
石造りの壁に囲まれ、家具らしい物はほとんどない。薄暗い室内の中央には、長方形の台が置かれている。
その上には、人の姿があった。
「……え?」
思わず声が漏れる。
横たわっていたのは、一人の少女だった。
長い緑色の髪。
整った顔立ち。
その容姿には、見覚えがある。
城館で何度も顔を合わせ、共に旅をしてきたルミシェナと瓜二つだった。
服装こそ違うものの、見慣れた彼女そのものに見える。
「ルミ……?」
呼びかけても返事はない。
少女は台の上で静かに横たわったまま、身じろぎ一つしなかった。
目の前の少女が何者なのか知るため、アリアは〈鑑定〉を使う。
情報が意識へ浮かび上がった。
《災厄の魔女ルミシェナ》
その表示を見つめていると、台の上で少女の指先がかすかに動いた。
閉じていた瞳が開き、緑色の目がアリアを捉える。
少女はゆっくりと上体を起こした。
「あなたは……どなたですか?」
警戒している様子はなく、ただ知らない相手を見るような反応だった。
「私のこと、知らない?」
「はい。あなたのことは知りません」
迷いのない返答だった。
その態度に、アリアは戸惑う。
「私はアリア・フェルロード」
アリアが名乗っても少女の反応は変わらない。
城館にいるルミシェナなら、自分を忘れているはずがない。
「じゃあ、やっぱり別人なのかな……」
そう考えても、目の前にいる少女を簡単に別人とは思えなかった。
髪の色も顔立ちも、声までよく知る彼女を思わせる。
同じ名を持つだけの他人だと片づけるには、不自然なほどだった。
考えていても答えは出そうにない。
アリアはひとまず、もう一つ気になっていたことを尋ねた。
「聞きたいことがあるんだけど」
少女は何も言わず、こちらを見る。
「昔、この村の人たちを襲ったのって、あなたなの?」
返事はない。
「どうしてあんなことしたの?」
それでも少女は口を開かず、アリアは少し待ってから話を続けた。
「理由があるなら聞く。でも、本当に村の人たちを襲ったなら、このままにはできないよ」
少女の表情は変わらない。
「今から一緒に村へ行こう。何があったのか、ちゃんと話して」
そこで、少女はようやく口を開いた。
「誰に、お話しするのですか?」
「誰って……村の人たちにだよ」
少女は静かに告げた。
「村の人たち……? ここに村はありませんよ」




