【森の異変と新たな力】
ガルグレドを倒してからしばらくして、アリアは女性の家へ戻っていた。
椅子に腰を下ろし、卓上に置かれた水を少しずつ口にする。
向かい側には、この家へ招いてくれた女性が座っていた。
「本当にありがとう。アリアちゃんがいなかったら、どうなってたか……」
「ううん。みんな無事だったなら、それでいいよ」
「でも、あんな魔物が五頭もいたのよ。村にいる人だけじゃ、どうすることもできなかったわ」
「今までは、魔物が村まで来ることはなかったの?」
アリアが尋ねると、女性は少し考えてから答えた。
「少なくとも、私は見たことがないわ。森の中にいる魔物が、急に何頭も村へ入ってくるなんて……」
五頭ものガルグレドが群れを成し、村にまで入り込んできた。
普段はそんなことがないのなら、森の中で異変が起きている可能性もある。
「ちょっと森を見てくるね」
「森へ行くの?」
「うん。あの魔物たちがどこから来たのか、気になるから」
女性は心配そうな様子で、家を出ていくアリアを見送った。
村では、襲撃で壊れた柵や散らばった木材を片づける人たちが動き始めている。
地面にはガルグレドの大きな足跡が残り、その多くは村の外まで続いていた。
アリアは残された痕跡を確かめながら歩いていく。
やがて家々が途切れ、その先に森が見えてきた。
草の上にも複数の足跡が見える。
どれも森から村へ向かっていた。
「やっぱり、こっちから来たんだ」
アリアは足跡が続いてきた方角へ向かい、森へ入っていった。
森を進んでいくと、周囲の草は広く踏み倒され、低い枝も何本か折れていた。木の幹には、ガルグレドたちが走る途中で身体をぶつけたような傷までついている。
ガルグレドたちは進路を選ぶ余裕もなく、ただ森の外へ向かって駆けていったようだった。
「やっぱり、追われてきたんだ……」
アリアはガルグレドたちが逃げてきた方へ視線を向ける。
五頭ものガルグレドをここまで追い立てた存在が、この先にいるのかもしれない。
アリアは逃走の跡を逆にたどり、さらに森の奥へ進んでいった。
やがて倒れた木を回り込んだところで、アリアの足が止まった。
その先に、巨大な異形が横たわっている。
すでに息絶えていた。
アリアは鑑定を使い、その正体を調べた。
普通の魔物とは明らかに違う姿をした、魔星種の亡骸だった。
「魔星種……?」
アリアは傷の状態を確かめようと魔物へ近づき、そっと手を伸ばした。
指先が亡骸へ触れた途端、首の〈黒魂蝕〉が強く発光した。
魔星種の巨体が細かな粒子へ変わっていく。
それらは黒い流れとなってアリアへ吸い寄せられ、そのまま首の〈黒魂蝕〉へ流れ込んでいった。
アリアは自分の内側に、新たな力が刻まれたような感覚を覚えた。
それが魔紋だと理解した直後、頭の中へいくつもの言葉が流れ込んでくる。
《魔紋グラデノスを獲得しました》
《固有能力〈魔盾〉が使用可能になりました》
《固有能力〈黒重波〉が使用可能になりました》
表示に続いて、グラデノスの力に関する知識まで次々と伝わってくる。
〈魔盾〉は、片腕の前に実体を持つ盾を生み出し、自ら構えて攻撃を防ぐ力。
〈黒重波〉は、黒い重力波を放ち、離れた相手の動きを鈍らせる力。
誰かに教えられたわけでもないのに、防御と妨害に特化した二つの力について、発動方法から扱い方まで自然と理解できた。
新たな力を得た感覚が落ち着くと、アリアは改めて横たわっていた場所へ目を向けた。
すでに亡骸は残っておらず、地面には押し潰された草と土のくぼみだけが残されている。
「でも……どうして死んでたんだろう」
魔星種がこの森にいた理由も分からない。
それ以上に引っかかるのは、アリアが見つけた時点ですでに命を失っていたことだった。
ガルグレドたちは何かを恐れて村まで逃げてきた。
その原因がグラデノスだった可能性はある。
けれど、そのグラデノスまで倒されていた。
「ほかにもいるのかな……」
周囲を調べてみたものの、はっきりとした手掛かりは見つからない。
このまま奥まで探しに行けば、村へ戻るのが遅くなる。
まだ知らない土地でもあり、状況もつかめないまま深入りするのは避けたほうがいい。
アリアは今日はここまでにすると決め、来た道を引き返した。
森を抜ける頃には、空が少しずつ赤みを帯び始めていた。
村へ入ると、壊された柵の修理が進み、散乱していた木材もほとんど片づけられている。
近くにいた何人かがアリアの姿に気づき、声をかけてきた。
無事に帰ってきたことを喜ぶ人たちへ軽く返事をしながら、女性の家へ向かう。
扉を開けると、中にいた女性がすぐに振り返った。
「アリアちゃん、おかえりなさい。遅かったから心配したのよ」
「ただいま。ちょっと奥まで行ってたから」
「何か分かった?」
アリアは少し迷ってから、森で見たことを話した。
ガルグレドが逃げてきたと思われる痕跡があったこと。
さらに先で、見たことのない強い魔物が死んでいたこと。
魔星種については詳しく説明せず、ひとまず危険な存在が森にいたことだけを伝える。
「そんなものまで……」
「村の近くでは、ほかに危険な魔物は見かけなかったよ。でも、しばらくは森に近づかないほうがいいと思う」
「ええ。村のみんなにも伝えておくわ」
話を終えると、アリアは用意してもらった椅子へ座った。
森の中を長く歩き回ったせいか、身体には思った以上に疲れが残っている。
夕食を済ませたあとは借りている部屋へ戻り、そのまま寝台に横になった。
翌朝。
アリアが部屋を出ると、すでに朝食の準備が整っていた。
「おはよう、アリアちゃん。よく眠れた?」
台所から女性が声をかけてくる。
「うん。昨日よりずっと楽になったよ」
アリアは空いている席へ腰を下ろした。
森で見つけた魔星種のことは、まだ頭から離れない。
けれど今は、目の前に用意された朝食へ手を伸ばした。
温かなスープを口にしながら、アリアは以前聞いた話を思い返していた。
この村で育った魔女が多くの人を殺し、その理由は今も明らかになっていない。
けれど、まだ聞いていないことが一つあった。
アリアは食事の手を止め、女性へ尋ねた。
「そういえば、前に話してた魔女って、そのあとどうなったの?」
「それが、忽然と姿を消したのよ。どこへ行ったのかは、誰にも分からないままなの」
「でも、人を襲い続けていたら、この村も滅ぼされていたかもしれないわね」
「それだけの力を持っていたのよ。あの災厄の魔女ルミシェナは……」




