【海を越えた先で】
アリアは小さくしていた斧を本来の大きさへ戻し、海岸近くの木を何本か切り倒した。長さを揃えて枝を払い、丈夫な蔓を束ねて縄の代わりにした。丸太を組み合わせてきつく縛り、簡素な筏を作り上げた。
浅瀬へ浮かべて何度か乗り降りし、傾きや結び目を確かめた。最後に長い枝の先を削り、漕ぎ棒を作った。
島の中を探しても食べられそうな物は見つからず、飲み水も、それを持ち運べる容器もなかった。
十分な造りとは言えない。それでも、この場所に留まり続けるよりはましだった。
アリアは波が引く瞬間に合わせて筏を押し出し、そのまま飛び乗った。漕ぎ棒を海底へ突き立て、少しずつ岸から離れていく。
やがて棒の先が海底へ届かなくなった。さらに沖へ流されていくうちに、岸の木々も次第に小さくなっていった。
アリアは漕ぎ棒を左右へ動かし、進路を保とうとする。しかし、押し寄せるうねりに何度も向きを変えられ、思うようには進まない。
振り返っても、すでに島影は消えていた。
周囲に広がっているのは、どこまでも続く水面だけだった。
太陽の位置を頼りに進もうとしたものの、風向きが変わるたびに筏は別の方角へ流されていく。懸命に漕いでも状況はほとんど変わらず、腕の疲れだけが増していった。
日が沈むと、辺りは急速に暗くなった。
目印になるものが何もない海上では、筏がどちらへ流されているのかも分からない。冷たい夜風を避ける場所もなく、アリアは膝を抱えて朝が来るのを待った。
翌日も陸は見つからなかった。
強い日差しが容赦なく降り注ぎ、乾いた喉が痛み始める。食料になる物もなく、空腹を紛らわせることさえできない。
アリアは海水へ手を伸ばしかけたが、すぐに止めた。
〈数字変換〉で塩分を減らせたとしても、それだけで海水を安全に飲める水へ変えられるとは思えない。
下手に口にすれば、かえって身体を弱らせるおそれがある。
アリアは考えを捨て、水面から視線を外した。
「お腹すいた……」
弱々しい声は、波音にかき消された。
二度目の夜を迎える頃には、漕ぎ棒を握る気力さえ残っていなかった。アリアは丸太の上へ身体を横たえ、揺れに任せたまま目を閉じる。
どれほど眠っていたのかは分からない。
眩しさに目を開けると、すでに空は明るくなっていた。
重い身体を起こし、ぼんやりと前方へ顔を向けた。
水平線の近くに、黒い影が浮かんでいた。
目を凝らすと、その影は陸地のように見えた。
「……陸?」
アリアは残っていた力を振り絞って漕ぎ棒を操り、見えてきた岸へ向かった。
やがて砂浜が見え始め、打ち寄せる波が筏を前へ運んだ。筏が浅瀬へ乗り上げると、アリアはふらつきながら海へ降りた。
膝ほどの深さを進み、どうにか砂浜までたどり着いた。長く波に揺られていたため、陸へ戻ってもしばらく足取りが定まらなかった。
それでも、ここで倒れるわけにはいかなかった。
浜辺を抜けると道らしい道はなく、アリアは木々の間を進んだ。
周囲には低い草や見慣れない植物が生えていたが、口にできるものか判断できない。アリアはどれにも手を出さなかった。
緩やかな斜面を越え、さらに森の奥へ入っていった。
しばらく歩いた頃、前方から人の話し声が聞こえ、木立の向こうに数軒の家が見えてきた。
開けた場所には小さな畑と井戸があり、周囲には数えるほどの木造家屋が建っている。村と呼ぶにはあまりに小さく、ひっそりとした集落だった。
井戸のそばにいた女性が、集落へ姿を現したアリアに気づき、驚いた様子で駆け寄ってきた。
「あなた、大丈夫?」
「……海岸に、流れ着いて……」
声を出すだけでもつらく、途中で言葉が途切れた。
女性は心配そうに顔をのぞき込み、背中へ手を添えた。
「待ってて。今、水をくんでくるから」
女性は井戸へ戻ると、くみ上げた水をアリアへ差し出した。
「ゆっくり飲みなさい」
「……ありがとうございます」
アリアは水を少しずつ口に含み、乾いた喉を潤した。ようやく息が整ったところで、かすれた声で尋ねた。
「どこか……休ませてもらえる場所は、ありませんか?」
「それなら、うちにおいで。空いている部屋があるから、ゆっくり休んでいけばいいよ」
「いいんですか?」
「そんな状態の子を放っておけないよ。遠慮しなくていいから」
「……助かります」
支えてもらいながら、アリアは女性の家へ向かった。




