【目覚めた先で】
討伐の証明となる牙を回収し、アリアは西の森を後にした。
セレミリアへ戻る頃には、昼を少し過ぎていた。
ギルドの扉を開けると、冒険者たちの話し声が館内に満ちていた。受付へ向かい、持ち帰った牙と依頼書をカリナの前へ置いた。
「ラノメルドの討伐、終わりました」
カリナは牙の形状と大きさを確認し、依頼書へ完了を示す印を押した。
「確かに受領しました。こちらが今回の報酬です」
差し出された袋を受け取り、アリアは小さく頷いた。
ネブラギオスについては、残骸が消滅し、討伐を示せるものが何も残っていなかった。詳しく報告すれば、説明できない点まで追及されかねないため、今回は伏せることにした。
手続きを済ませてギルドを出ると、通りにはまだ昼の賑わいが残っていた。
ほかに立ち寄る場所もなく、アリアはセレミリアを出て、村へ向かう街道を歩き始めた。
しばらく進んだところで、背後から小さな風切り音が届いた。
振り返ろうとした瞬間、首筋に鋭い痛みが走った。
指先で触れると、細い針のようなものが刺さっていた。
「これは……」
引き抜いた直後、激しいめまいに襲われた。
足から力が抜け、視界が狭まるとともに周囲が暗くなっていった。
薄れゆく視界の中で、複数の人影が木々の陰から現れた。
アリアはその場に崩れ落ち、意識を失った。
目を覚ますと、粗末な板張りの天井が視界に入った。
湿った木材と土の匂いが鼻につく。
薄暗い室内では、小さなランプの頼りない炎が、壁に揺れる影を映していた。
「ここは……どこ……?」
起き上がろうとして、両手が背中側で縛られ、足首にも太い縄が巻かれていることに気づいた。
周囲を見回すと、古びた机と空の棚が置かれていた。
机の上には、報酬の袋など、アリアが持っていた物がまとめて置かれていた。
金品が目的ではないのなら、自分をここへ連れてきたこと自体に意味があるのかもしれない。
そう考えたところで、左腕の内側にかすかな痛みを覚えた。
後ろ手に縛られているため傷は見えなかったが、左袖が乾いた血で肌に張りついているのが分かった。
縄で擦れた痛みとは違う。意識を失っている間に、腕へ何かをされたらしい。
腕の傷は気になったが、まずは拘束を解く必要がある。
アリアは手首を締めつけている縄へ意識を集中させた。
〈数字変換〉を働かせ、縄の強度を下げる。
両腕を左右へ引くと、張りを失った縄が乾いた音を立ててちぎれた。
続いて足首の縄も同じように弱めると、軽く足を動かしただけで簡単に断ち切れた。
袖をめくると、左腕の内側に小さな傷があり、その周囲には乾いた血が残っていた。
アリアは机の上の持ち物を回収し、静かに立ち上がった。頭はまだ少しぼんやりしていたが、手首をさすりながら出入口へ目を向けた。
床板を鳴らさないよう慎重に進み、扉の前で耳を澄ませた。
向こう側から声や足音は聞こえない。
取っ手へ手をかけ、ゆっくりと押し開く。
扉が小さく軋みながら開いていく。
手足を縛っていたわりに、扉には鍵すらかかっていない。あまりに無防備な状況に違和感を覚え、アリアは隙間から周囲の気配を探った。
小屋の前には背の高い草が生い茂り、その先を木々が取り囲んでいる。見張りらしき姿はなかった。
アリアは物音を立てずに戸口を抜け、屋外へ出た。
辺りには風に揺れる草の音だけが聞こえてくる。
まずは現在地を確かめようと、アリアは草をかき分けながら先へ進んだ。
木々の間を抜けていくにつれ、湿った空気に潮の匂いが混じり始める。
やがて視界が開け、目の前に水平線まで続く海が広がった。
「海……?」
足元には白い砂浜が続き、穏やかな波が寄せては引いている。
状況を把握するため、アリアは波打ち際に沿って歩き始めた。
海岸線をたどって歩き続けると、やがて前方の岩場の先に見覚えのある屋根が見えてきた。
先ほど脱出した小屋だった。
海岸を一周して同じ場所へ戻ってきたと悟り、アリアは足を止める。
「もしかして……ここ、島なの?」
近くで最も高い岩場へ登り、辺りを見回すと、どの方角にも海が続いていた。目を凝らしても、陸地らしき影はどこにもない。
アリアをさらった者たちを捜して建物の周辺を調べたが、すでに誰の姿もなかった。歩いてきた海岸にも、舟や筏は見当たらなかった。
泳いで渡れる距離なのかさえ分からず、セレミリアや村がどちらにあるのかも判断できなかった。
アリアは砂の上に立ち尽くし、果ての見えない海を見つめる。
「どうしよう……」
返事の代わりに、波の音だけが静かに響いていた。




