【最強との距離】
「では、始めましょう」
アリネエラの声を合図に、ロゼリアが真っ先に地面を蹴った。
八枚の刃翼を背の周囲へ広げたまま、低い軌道で一気に距離を詰める。
「ご主人様、続いてください!」
アリアはすぐに数字変換を発動し、筋力と敏捷を引き上げた。
正面から迫るロゼリアと進路が重ならないよう、斜めへ駆けて別方向から回り込む。
ルミシェナは二人の動きを追いながら、光衣を展開した。
アリネエラの挙動から目を離さず、いつでも二人を守れるよう身構える。
後方では、メルヴァリスが指先へ血を集めていた。
赤黒い血が二つの凝血弾へ変わる。
ロゼリアとアリアが左右から迫るのに合わせ、それらを放った。
先に間合いへ踏み込んだロゼリアが、八枚の刃翼を左右から振るう。
同時に、後方から凝血弾がアリネエラへ飛来した。
アリネエラは半歩だけ身を引き、右腕をロゼリア側へ、左腕を凝血弾の射線へ振るう。
澄んだ金属音と、魔力が弾ける音が同時に響いた。
刃翼は見えない何かに受け流され、ロゼリアは勢いを殺しながら数歩後退する。
放たれた弾も軌道を変え、アリネエラの脇を通り過ぎていった。
その隙を狙い、アリアが側面から斬り込んだ。
短剣を脇腹へ振るうが、アリネエラは身体を軽くひねり、左腕をアリアへ向ける。
刃先が見えない何かに触れ、短剣の軌道が外側へ逸らされた。
アリネエラはそのまま一歩前へ出た。
アリアは、空気がかすかに揺れたような違和感を覚える。
その正体を考える間もなく、ルミシェナの光衣が二人の間へ滑り込んだ。
鋭い衝撃が走り、光衣の表面が大きく波打つ。
「主様、下がってください!」
アリアは言葉に従い、すぐに後ろへ跳んだ。
ルミシェナは光衣を広げたまま進み、アリアとの間に立つ。
しかし、次の瞬間には光衣の端が大きく跳ね上がり、ルミシェナの体勢が崩れた。
何をされたのか、アリアには見えなかった。
体勢を立て直したロゼリアが、すぐさま再び踏み込む。
八枚の刃翼を背の周囲で次々と振るい、左右から間を置かず斬撃を重ねた。
一撃を受け流されても動きを止めず、身体をひねりながら別の刃翼を振るう。
金属音が絶え間なく響く中、アリネエラは最小限の足運びで斬撃を捌いていく。
それでもロゼリアは退かなかった。
倒しきるためではない。アリアたちが攻め込む隙を作るために、猛攻を続けた。
ロゼリアの動きに合わせ、アリアも間合いへ滑り込んだ。
左右から襲いかかる刃翼の合間を縫い、短剣を立て続けに繰り出す。狙いを絶えず変えながら、ロゼリアと共に攻め立てた。
それでもアリネエラはほとんど位置を変えず、刃翼を受け流し、短剣の軌道までことごとく逸らしていく。
二人がどれだけ手数を重ねても、その刃は一度も届かなかった。
そこへ、メルヴァリスも間髪入れず攻め込んだ。
赤黒い血を紅血刃へ変え、アリアとロゼリアの動きに重ねるように斬撃を繰り出す。
三方向から刃が殺到する中、その合間を縫って二発の凝血弾も放たれた。
金属音と魔力が弾ける音が幾重にも重なる。
だが、アリネエラの表情に焦りの色はない。
刃翼も短剣も紅血刃も、触れる寸前で相次いで進路を変えられ、凝血弾まで脇へ逸らされていく。
三人が休む間もなく攻め続けているにもかかわらず、アリネエラは身体の向きと足の位置を少し変えるだけだった。
少し離れた場所で戦況を見守っていたルミシェナは、目を見開く。
三人の手は止まっていない。
それなのに、アリネエラには一撃も通っていなかった。
その直後、三人の連撃が同時に崩された。
アリアの短剣が外へ流され、メルヴァリスの紅血刃も横へ押し返される。ロゼリアの刃翼まで進路を乱され、三人の攻勢が一瞬途切れた。
アリネエラは、その隙を逃さず一気に接近する。
「主様!」
動きを察したルミシェナが光衣へ魔力を巡らせ、三人の前に白紗結界を展開した。
アリネエラは結界の直前まで進み、初めて重心を低くした。
次の瞬間、結界の中央へ凄まじい衝撃が叩き込まれる。
魔力を帯びた光衣が激しく揺れ、表面を走った亀裂が一気に全体へ広がった。
ルミシェナが支えようと魔力を注ぐより早く、強固な結界が粉々に砕け散る。
押し寄せた衝撃に四人がまとめて弾き飛ばされ、アリアたちは地面へ倒れ込んだ。
土煙が薄れる中、アリアは地面へ手をつき、どうにか顔を上げた。
すぐ近くでは、メルヴァリスとロゼリアも倒れたまま息を整えている。結界を破られたルミシェナは膝をつき、信じられないものを見るようにアリネエラを見つめていた。
一方のアリネエラは、結界を砕いた場所から動いていない。
長い黒髪にも、白い戦闘服にも乱れはなく、呼吸さえ変わっていなかった。
四人で力を合わせ、最後には白紗結界まで使った。
それでも、アリネエラは無傷のままだった。
砕けた結界の光が消えていく。
アリアは上体を起こそうとしたが、腕に力が入らなかった。
メルヴァリスとロゼリアもすぐには立ち上がれず、ルミシェナは肩を上下させながら、消えた結界の跡へ視線を落としている。
「そこまでにしましょう」
アリネエラの静かな声が響いた。
四人を押さえつけていた鋭い気配が消える。
手合わせが終わったのだと理解し、アリアは力を抜いた。
「……完敗です」
どうにか絞り出した言葉に、アリネエラは否定も慰めも返さなかった。
「ええ。今のあなたたちでは、まだ私には届かないわ」
アリネエラは、倒れた四人を静かに見渡した。
「連携は悪くなかったわ。誰かが崩されれば、すぐに別の人が攻めをつないでいた。最後まで手を止めなかったことも評価できる」
アリアは上体を支えたまま、アリネエラへ視線を向ける。
「それなら、どうして……」
「単純に、基礎の差よ」
アリネエラは淡々と答えた。
「戦い方を少し変えた程度で埋められる差ではないわ。速さも、力も、相手の動きを見極める力も、すべて足りていない」
厳しい言葉だったが、責めるような響きはなかった。
「だから、今回の敗北を戦術だけの問題だと思わないことね。四人の連携が悪かったのではなく、私との間にある力の差が大きすぎた。それだけよ」
アリアは何も返せなかった。
四人が全力を尽くしても、一度も触れることさえできなかった。
その事実が、アリネエラの言葉を何よりも強く裏づけていた。




