【世界最強の冒険者】
帰還してから、数日が過ぎた。
食料庫では、メルヴァリスが棚に並ぶ備品を確認し、一つずつ紙へ書き留めている。
その姿は以前と変わらない。
だが、アリアは少し離れた場所から、彼女の動きを気にするように見つめていた。
きっかけは、二日前の出来事だった。
村の周辺を見回っていたアリアたちは、森から現れた魔物の群れと遭遇した。
その戦闘で、メルヴァリスが初めて使ったのが〈凝血弾〉だった。
それにもかかわらず、射程や一度に放てる数、威力の加減まで正確に把握していた。
指先に集めた血が赤黒い弾丸へ変わり、離れた魔物へ次々と放たれていく。
彼女は狙いを外すことなく撃ち続け、ほとんど一人で群れを討ち倒した。
戦闘を終えたあと、アリアは思わず尋ねていた。
「初めて使ったんだよね……?」
「はい。初めて使いました。ですが、血を集めた瞬間、どこまで届き、どれほどの威力になるのかが自然と分かりました」
あまりにも迷いのない答えに、アリアは驚きを隠せなかった。
メルヴァリス本人は、自身の変化を気にしている様子もなかった。
それでも、蘇生前の彼女を知るアリアには、以前より明らかに力を増していた。
あれから二日経っても、その違和感は消えなかった。
確かめるため、アリアは備品を数えるメルヴァリスへ声をかける。
「メル、少しじっとしてて」
手を止めたメルヴァリスが、アリアへ振り返った。
「どうかなさいましたか?」
「調べたいことがあるの」
アリアは彼女へ意識を集中させ、鑑定を発動した。
視界に浮かび上がった数値を見た途端、言葉を失う。
名前:メルヴァリス
Lv55 皇血魔族
職業:呪血士
筋力:680
敏捷:650
魔力:700
体力:580
命:300
リンク:アリア
以前は表示されていた『全ステータス大幅低下』が、どこにも見当たらない。
それだけではなかった。
レベルも能力値も、アリアの記憶にある数値とは比べものにならないほど上昇している。
魔力を除く能力値は、すでにアリアを上回っていた。
「魔王化の影響……?」
浮かんだ可能性が、思わず声となって漏れた。
「でも、ステータスには魔王化について何も表示されてないね」
「はい。ですが、不思議とこの力の扱い方は分かるのです。どのように血を操ればよいのか、考えなくても身体が理解しているような感覚があります」
「もともとメルが持っていた力なのかな?」
「そうかもしれません。私にも確かなことは申し上げられませんが」
そこへ、ロゼリアが勢いよく食料庫へ駆け込んできた。
「ここにおられましたか、ご主人様」
普段より切迫した声に、アリアは振り返る。
「どうしたの?」
「村の入り口に、冒険者と思われる集団が来ています。それも、かなりの人数です」
「冒険者が? どうしてこんな場所に……」
「詳しい事情までは聞き出せませんでした。ひとまず、来ていただけますか」
アリアはメルヴァリスと顔を見合わせ、ロゼリアの後を追った。
村の入り口へ向かうにつれ、複数の話し声が届いてきた。
門代わりに設けられた柵の前には、武器や防具を身につけた者たちが集まっている。二十人を超える人数だったが、勝手に敷地へ踏み入る様子はなく、一定の間隔を空けて待機していた。
その周囲では、異変を知った住民たちが不安げに成り行きをうかがっている。
先に対応していたルミシェナが、こちらへ歩み寄った。
「主様。争いに来た者たちではないようですが、訪問の理由は話していただけませんでした」
アリアが視線を向けると、集団の先頭に立つ大柄な男が一歩進み出た。背には幅広の剣を携え、上着には冒険者としての階級を示す証が留められている。
「この村を取りまとめている者はいるか?」
威圧するような言い方ではなかったが、周囲の住民たちは互いの顔を見合わせ、誰も名乗り出ようとしなかった。
アリアは少し迷ったあと、男の前へ進み出る。
「私です。アリア・フェルロードといいます」
村に明確な代表がいるわけではない。
だが、住民たちの視線は当然のようにアリアへ集まっていた。
何か問題が起きたとき、皆が頼るのはいつも彼女だった。
男は周囲の反応を見届けると、後方へ道を譲った。
冒険者たちの奥から、白を基調とした戦闘服をまとった女性が静かに姿を見せた。
膝まで届くスカートが足取りに合わせて揺れ、腰や背中には武器らしいものが見当たらない。
透き通るような白い肌に、整った顔立ち。艶やかな黒髪は真っ直ぐに伸び、地面へ届きそうなほど長い。
特に目を引いたのは、右が鮮やかな青色、左が澄んだ黄色という、左右で異なる色を宿した瞳だった。
その美しさの奥には、幾度もの戦場を越えてきた者だけが持つ、静かな鋭さが宿っている。
腰元に留められた証を目にした瞬間、アリアの表情が固まった。
光の加減によって七色に輝く、虹章。
王都で見たオルギィンと同じ、冒険者の頂点に立つ者の証だった。
やがてアリアの前で足を止めると、黒髪を背へ払い、穏やかな声を発した。
「あなたが、アリア・フェルロードね」
「はい。そうですけど……」
「急に大勢で訪ねてしまって、ごめんなさい。あなたや、この村に危害を加えるつもりはないわ」
女性は白いスカートの裾へ片手を添え、優雅に頭を下げた。
「初めまして。私の名は、アリネエラよ」
名乗りを終えたアリネエラは顔を上げ、アリアの姿を静かに眺めた。
「オルギィンから、あなたの話を聞いたの。どんな方なのか興味があって、会ってみたいと思ったのよ」
「私に……?」
アリアはその場にいる冒険者たちを見回した。
「それで、こんなに大勢で来たんですか?」
「彼らは、これから行く討伐に参加する冒険者たちよ。目的地へ向かう途中だったから、少しだけ立ち寄らせてもらったの」
アリネエラは背後の者たちへ一度だけ目を向け、再びアリアと向き合った。
「はるかに格上の魔物を相手に戦い抜いたそうね。できれば、その力を一度この目で確かめてみたいのだけれど」
目の前にいる女性が、どれほどの力を秘めているのか気になり、アリアは密かに鑑定を働かせた。
名前や種族、職業、そして能力値は問題なく表示される。だが、それ以外の項目には激しい乱れが生じており、読み取ることができなかった。
名前:アリネエラ
Lv90 人間族
職業:剣聖
筋力:3200
敏捷:3550
魔力:4200
体力:3000
筋力も敏捷も、王都を襲ったゼノヴァルグさえ超えている。魔力に至っては、アリア以上だ。
「よ、四千二百……?」
思わず漏れた声に、アリネエラが小さく首を傾ける。
「何か気になることでもあったかしら?」
「いえ、その……」
平静を装おうとしても、うまく言葉が続かない。
目の前にいるのは、武器すら携えていない優雅な女性だった。これほどの能力を秘めているとは、鑑定しなければ想像できなかっただろう。
アリネエラは困惑する様子を眺めたあと、何かを察したように微笑んだ。
「せっかくだもの。軽く手合わせしてみない?」
「私と、ですか?」
「ええ。少しだけ相手をしてもらえるかしら?」
提案を聞いたロゼリアが、すぐさま警戒を強める。
「ご主人様を傷つけるおつもりですか?」
「もちろん違うわ。軽い手合わせよ」
アリアは仲間たちの様子を確かめてから、小さく頷いた。
「軽い手合わせだけなら……」
「決まりね」
アリネエラは穏やかに答え、メルヴァリスとルミシェナにも順番に目を配った。
「四人全員で来てちょうだい」
「全員ですか?」
「その方が、あなたたちの連携も分かるもの」
やがて一行は、村外れの広場へ移動した。
同行してきた冒険者たちと住民は十分に距離を取り、成り行きを見守っていた。
「本当に四人で攻めてもいいんですか?」
「遠慮はいらないわ」
アリネエラは構えも取らず、無造作に立っていた。
それでもアリアには、近づくための道筋が一つも見えなかった。
「では、始めます」




