【帰るべき場所】
会談を終えると、エルヴァルドは疲労の残るメルヴァリスを気遣い、それ以上の滞在を求めなかった。
「帰路の馬車はこちらで手配しよう。必要な物があれば、遠慮なく申し出るがよい」
「ありがとうございます」
席を立ったアリアたちは、侍従に案内されて会談室を後にした。
廊下へ出たところで、セリオンが追いついてくる。
「もう王都を発つのか?」
「うん。みんなも心配してるだろうし、早く村へ帰りたいから」
「こちらがメルヴァリスです」
アリアに紹介され、セリオンは彼女へ顔を向けた。
「あなたが、アリアの捜していた方なのですね。無事に戻られて何よりです」
「お気遣い、感謝いたします」
メルヴァリスが丁寧に頭を下げると、セリオンは道中の無事を願い、四人を見送った。
城の正面には、すでに馬車が用意されていた。
王都の防衛に加わった者たちも別の馬車へ乗り込み、アリアたちと共に村へ戻ることになっている。
そのまま王都を離れることもできたが、アリアには立ち寄る場所が残っている。
御者へ冒険者ギルドまで向かうよう頼み、四人は再び車内へ乗り込んだ。
昼を過ぎた大通りには多くの人が行き交っていた。
復旧作業が続く区画を抜け、見慣れた建物の前で馬が足を止める。
扉を開けた途端、受付の近くにいた冒険者たちの視線が集まった。
王都を襲った魔星種との戦いに参加した者も多く、アリアに気づいた者たちから声が上がった。
「おい、あの時の嬢ちゃんだ」
「生きてたのか。ひどい怪我だったって聞いたぞ」
次々に投げかけられる言葉に戸惑いながら、アリアは受付へ進んだ。
奥で書類を整理していたミレシアが顔を上げ、驚いたように目を見開いた。
「アリアさん!」
椅子から立ち上がった彼女は、アリアとルミシェナの姿を確かめると、見覚えのない二人へ視線を移した。
「そちらのお二人は?」
「ロゼリアとメルヴァリス。二人とも私の仲間だよ」
紹介を受け、ロゼリアが先に一礼した。
「ロゼリアと申します。ご主人様にお仕えしております」
続いて、メルヴァリスも軽く頭を下げる。
「メルヴァリスです。よろしくお願いいたします」
「私はミレシアです。このギルドで受付を担当しています。お二人とも、どうぞよろしくお願いします」
「礼拝堂跡の調査については、すでに達成扱いとなっています」
「あのあと何も報告できなかったけど、問題なかった?」
「はい。以前ルミシェナさんから伺った内容で、必要な確認は取れています。地下への崩落は予測できない事故でしたから、アリアさんたちの責任にはなりません」
「報酬も預かっています。ただ、今日はそれだけではありません」
ミレシアは別の書類を取り出し、アリアの前へ置いた。
「騎士団から正式な報告が届き、ギルド内での審査も終わっています」
「王都での?」
「はい。ゼノヴァルグの討伐に大きく貢献したことが認められ、昇格が決まりました」
ミレシアは引き出しから金色の章を取り出した。
「今日から、アリアさんは金章級です」
「もう金章に上がるの?」
銀章になってから、まだそれほど経っていない。
「通常よりかなり早い昇格ですが、今回の功績を考えれば妥当だと判断されました」
「でも、私だけで倒したわけじゃないよ」
「もちろん、それも記録されています。虹章級の冒険者でも倒し切れなかったゼノヴァルグを相手に、最後まで戦い抜いたこと」
「そして、討伐へ導き、王都を救うために果たした役割が評価されたんです」
アリアは差し出された証を受け取った。
「おめでとうございます、アリアさん」
「ありがとう。まだ少し信じられないけど」
アリアは依頼の報酬を受け取り、ミレシアへ別れを告げた。
四人は王城から借りた馬車へ戻る。
王都の門を抜けると、石造りの街並みは次第に遠ざかり、窓の向こうを草原と林が流れていった。
長い道中、メルヴァリスは眠っていた。
身体が傾くたびにアリアが支え、ルミシェナは毛布を掛け直した。ロゼリアは向かい側に座り、外の気配を探り続けていた。
空が赤く染まり始めた頃、道の先に見慣れた森が現れた。
さらに進むと、木々の間から城館の屋根と、周囲に建てられた家々が見えてきた。
車輪が止まり、アリアが先に降りた。
畑にいた者が馬車へ気づき、驚いたように手を止める。
「アリアさんたちが帰ってきたぞ!」
その声を聞きつけ、家々から住民たちが次々と姿を現した。
ルミシェナとロゼリアが地面へ降りる。アリアに手を借り、メルヴァリスが馬車を降りると、集まった者たちから歓声が上がった。
「メルヴァリスさん!」
「本当に無事だったんですね」
「よかった……もう戻ってこないんじゃないかと思っていました」
駆け寄ってくる者たちを前に、メルヴァリスは申し訳なさそうに頭を下げた。
「皆様には、ご心配をおかけしました」
「そんなことはいいんです。帰ってきてくれただけで十分ですよ」
温かな言葉を受け、メルヴァリスの表情がわずかに和らぐ。
彼女はアリアたちと過ごした日々も、この村で交わした会話も覚えている。失われているのは、ネルガディスと暮らしていた遠い過去だけだった。
別の馬車からは、ロゼリアと共に王都へ駆けつけ、防衛戦に加わった者たちも降りてきた。
長い道のりを終えた一行を迎え、辺りは久しぶりの賑わいに包まれる。
「今夜は祝いにしよう!」
誰かが声を上げると、反対する者は一人もいなかった。
日が暮れる頃には、城館前にいくつもの長机が並べられていた。
畑で採れた野菜や森で仕留めた獣の肉が運び込まれ、大鍋から食欲を誘う香りが立ちのぼる。
料理を待ちきれない子供たちは、鍋の周りを行ったり来たりしていた。
「まだ食べちゃ駄目だよ」
アリアが注意すると、子供たちは楽しそうに笑いながら離れていく。
焼き上がった肉や煮込み料理、果物を使った菓子が卓上を埋め、飲み物の入った樽も用意された。
全員の杯が満たされると、住民の一人が立ち上がる。
「アリアさんたちの帰還と、メルヴァリスさんが戻ってきたことを祝って!」
大きな声が重なり、掲げられた杯が夕暮れの光を受けた。
アリアも果実水を持ち上げ、隣に座るメルヴァリスへ笑いかける。
「おかえり、メル」
「ただいま戻りました、アリア様」
聞き慣れた返事に、アリアの胸からようやく不安が消えていった。
向かいでは、ロゼリアが料理を取り分けている。
アリアの皿が空く前に、新しい肉や野菜が次々と載せられた。
「ロゼ、もう食べきれないよ」
「長旅で消耗されております。十分な栄養が必要です」
「だからって多すぎるって」
二人のやり取りを見て、ルミシェナが口元を緩める。
メルヴァリスも呆れたようにロゼリアへ顔を向けた。
「アリア様を気遣うお気持ちは分かりますが、限度というものがあります」
「メル、ありがとう」
「アリア様がお困りですので」
少し離れた場所では、楽器を持ち出した者が陽気な曲を奏でていた。
調子に合わせて子供たちが跳ね回り、大人たちは飲み物を片手に王都で起きた出来事を語り合う。
戦いの様子を尋ねられても、アリアは細かな部分までは話さなかった。
苦しい出来事は数え切れないほどあった。
それでも今は、全員で帰ってこられたことを喜びたかった。
夜が深まるにつれ、眠ってしまった子供を抱えて家へ戻る者や、食器を片づけ始める者が増えていく。
アリアたちも手伝おうとしたが、今日は休むようにと言われ、城館へ戻ることになった。
扉を開けると、見慣れた室内が一行を迎える。
留守を預かっていた者たちが手入れを続けていたらしく、棚や机はきれいに整えられていた。
「やっと帰ってきたんだね」
アリアが室内を見渡す隣で、メルヴァリスも調度品や壁の状態を確かめていく。
「私が離れていた間も、きちんと管理されていたようですね」
「みんな、メルがいつ戻ってきても困らないようにしてくれてたんだよ」
「後ほど、お礼を申し上げなければなりませんね」
ルミシェナは湯の準備へ向かい、ロゼリアは荷物をそれぞれの部屋へ運んだ。
メルヴァリスも片づけを始めようとしたが、アリアが腕をつかんで止める。
「メルは休んで。まだ身体が戻ってないんだから」
「ですが、これくらいであれば問題ありません」
「駄目。今日は何もしないこと」
強く言われ、メルヴァリスはわずかに困った顔を見せた。
「承知いたしました。アリア様に再び心配をかけるわけにはまいりませんから」
入浴を終えたあとは、各自の部屋で休むことになった。
アリアは寝台へ身体を預ける。
長旅の疲れと、村へ戻れた安心感が一度に押し寄せ、目蓋が重くなっていった。
隣室から、かすかな物音が聞こえる。
メルヴァリスが、すぐ近くにいる。
それを確かめただけで、張りつめていた気持ちはほどけていった。
翌朝、アリアが目を覚ました頃には、窓から明るい日差しが差し込んでいた。
それから数日、村には穏やかな時間が流れた。
メルヴァリスは十分に休息を取りながら、食料や備品の確認を少しずつ再開した。
住民たちから留守中の出来事を聞き、必要な品を書き留めていく姿は以前と変わらない。
ルミシェナは食料庫の整理を手伝い、ロゼリアは周辺の見回りへ戻った。
アリアも畑仕事に加わり、戦いとは無縁の時間を過ごす。
ネルガディスと共に暮らしていた頃の記憶は、今も失われたままだった。
それでも、この村で築いた思い出は残っている。
四人は再び同じ場所で、穏やかな日々を重ね始めていた。




