【もう一度、私のところへ】
光球に照らされた通路を、四人は奥へ進んでいた。
先頭を歩くロゼリアが、不意に足を止める。
「何かいます」
通路の先で、乾いた音が鳴った。
奥の暗闇から現れたのは、錆びた剣を持つ二体の骸骨だった。空洞の眼窩に青白い光を灯し、全身の骨を軋ませながら近づいてくる。
一体が剣を振り上げ、アリアへ斬りかかった。
ルミシェナの白紗が割って入り、錆びた刃を受け止める。
「主様、お下がりください」
「大丈夫。私も戦えるよ」
アリアは短剣を抜き、白紗へ剣を押しつけている骸骨の脇へ回り込んだ。
剥き出しになった肋骨の隙間へ刃を突き入れる。
だが、肉も臓器もない身体には手応えがなかった。
「効かない?」
骸骨が首を巡らせ、アリアへ骨の手を伸ばす。
その肘を、ロゼリアの刃翼が切断した。
「ご主人様から離れなさい」
骨の腕が石床へ転がる。
体勢を崩した骸骨へ、アリアは短剣の柄を振り下ろした。頭蓋が砕け、眼窩に灯っていた光が消える。
残った骸骨が、ロゼリアへ錆びた剣を振り下ろす。
ロゼリアは刃翼で受け流し、相手の脇をすり抜けた。
振り向こうとした骸骨の足へ、ルミシェナの白紗が巻きつく。強く引かれた骨の身体が傾き、石床へ倒れ込んだ。
「ロゼリア、今です」
「分かりました」
起き上がろうとする骸骨へ刃翼が走り、背骨を断ち切る。
支えを失った骨がばらばらに崩れ、完全に動かなくなった。
アリアは短剣を鞘へ戻し、少し離れた場所に立つネルガディスを見た。
「……手を貸す気はなかったの?」
「お前たちがどれほど戦えるか、確かめていた」
「それなら先に言ってよ」
「先に告げれば、正確な力量は測れん」
当然のように言い切られ、アリアは言い返す言葉を失った。
ネルガディスは散らばった骨に目を向けることもなく、遺跡の奥へ歩き出す。
「行くぞ」
アリアは不満を残しながらも、ルミシェナたちとともに後を追った。
その後も何度か魔物と遭遇したが、四人の足を止めさせるほどの相手ではなかった。
いくつもの通路を抜けた先で、四人は天井の高い広間へ辿り着いた。
中央には、骨を思わせる白い外殻をまとった巨獣が立っていた。
巨獣は四人を見つけるなり頭を下げ、石床を踏み砕きながら突進してきた。
「避けて!」
アリアが声を上げたが、ネルガディスは避けようとしなかった。
迫る巨獣の額へ片手を突き出し、正面から押さえ込む。
衝突の余波で石床に亀裂が走った。
それでも、ネルガディスの足は一歩も下がらない。
「邪魔だ」
ネルガディスは巨獣の角を掴むと、巨体を持ち上げ、広間の壁へ放り投げた。
倒れた巨獣が起き上がるより先に、ロゼリアの刃翼が四肢の関節を次々と切り裂いた。
アリアは外殻の上へ駆け上がり、首の付け根にある隙間へ短剣を突き立てた。
巨体が激しく跳ね、振り落とされそうになる。
それでも柄から手を離さず、刃をさらに深く押し込む。
やがて巨体から力が抜け、完全に動かなくなった。
アリアはその背から飛び降り、ネルガディスを見た。
あれほどの巨獣を、正面から片手で止めた。
味方としては頼もしい。だが、その力が向けられる先を思えば、安心などできなかった。
ネルガディスはアリアの視線を気に留めることもなく、奥へ続く横穴へ入っていった。
アリアたちも後を追った。
傾斜のきつい岩道には、上層から崩れ落ちた石や土砂が積もっていた。天井には幾筋もの裂け目が走り、ところどころから砂粒がこぼれている。
しばらく下っていくと、ネルガディスの足取りが速まった。
「何か分かったの?」
「娘の魔力が残っている」
その言葉を聞くなり、アリアは先を急いだ。
狭かった道が途切れ、視界が一気に開ける。
そこは大規模な崩落によって生まれた巨大な空洞だった。
頭上には土砂と砕けた石材が折り重なり、地上へ続いていた亀裂を完全に塞いでいる。周囲にも城壁や石畳の破片が散乱し、中央には落下物によってできた瓦礫の山が広がっていた。
アリアは斜面の先へ目を凝らした。
折り重なった岩の間に、赤黒い衣が見える。
長い髪を瓦礫の上へ広げ、一人の少女が横たわっていた。
「……メル!」
アリアは瓦礫の斜面を駆け下りた。
足元で石片が崩れ、何度も転びそうになる。それでも速度を緩めず、赤黒い衣のもとへ向かった。
メルヴァリスは崩れた土砂の中に横たわり、腰から下が瓦礫に埋もれていた。
アリアが瓦礫へ手をかけるより早く、ネルガディスが腕を振った。
黒い魔力に押し退けられ、メルヴァリスの下半身を覆っていた石や土砂が左右へ崩れていく。
現れたその姿に、アリアの動きが止まった。
衣は裂け、肌には無数の傷が刻まれていた。胸には、オルギィンの剣に貫かれた傷が残っている。
「メル……聞こえる?」
隣へ膝をつき、頬へ触れる。
冷たい。
呼びかけても目蓋は閉じたままで、何の反応もなかった。
ルミシェナが近くへ寄り、メルヴァリスの身体へ光を巡らせる。淡い輝きが傷口をなぞったものの、すぐに霧散した。
「治癒が働きません」
その一言が、重くのしかかる。
「そんな……せっかく見つけたのに」
アリアは縋るようにメルヴァリスを抱き起こした。
メルヴァリスへ意識を向けても、何も返ってこない。あの時に感じた空虚さが、再びアリアを包み込んだ。
「娘を寝かせろ」
背後から告げられ、アリアは振り返った。
「何をするの?」
アリアはためらいながらも、メルヴァリスの身体をそっと横たえた。
「魂が残っているか確かめる」
ネルガディスは返答を待たず、メルヴァリスの額へ指先を当てた。
黒い光が髪の間へ染み込み、全身へ細い筋となって広がっていく。
やがて、その眉間に深いしわが刻まれた。
「肉体から完全には離れていない」
「それって、まだ助けられるってこと?」
「魂を補うだけでは、娘を戻せん。お前の力が必要だ」
ネルガディスの視線はアリアへ向けられたままだった。
「お前との繋がりが、僅かに残っている」
「でも、何度やっても届かなかった」
「魔王化の際、娘は魂の大半を力へ変えた。今の娘には、お前の命を受け止めるだけの魂が残っていない」
「欠けた魂は私が補う。お前は、その肉体へ再び命を与えろ」
アリアはメルヴァリスへ顔を戻した。
すぐに鑑定を発動する。
視界に浮かんだ文字は乱れ、何度も形を崩した。途切れかけた情報の中で、いくつかの項目だけが辛うじて読み取れた。
状態:死亡
命:0
その下には、薄れかけた文字が残っていた。
リンク:アリア
「まだ残ってる……」
震える声が漏れた。
繋がりは断たれていない。
細く弱まり、感じ取れなくなっていただけだ。
アリアはメルヴァリスの手を両手で包んだ。
「分かった。やってみる」
ネルガディスの周囲に黒い光が集まり始める。
その中には無数の小さな輝きが混ざり、意思を持つように揺れていた。
アリアは顔を上げる。
「それは……誰かから奪った魂でしょ」
「そうだ」
迷いのない返答だった。
故郷を奪われた怒りが蘇る。
奪われた魂を利用していいのか、迷いは消えなかった。
それでも、目の前のメルヴァリスを見捨てることはできない。
「……今は、メルを助ける」
ネルガディスを許したわけではない。ただ、ここで手を離せば、二度と取り戻せなくなる。
ネルガディスが両手を広げると、周囲を漂っていた光がメルヴァリスの全身へ流れ込んだ。
「今だ」
アリアは自分のステータスにある命の数値を捉え、その一部をメルヴァリスの命へ加えるよう念じた。
アリアの命の数値が減る。それに呼応するように、重ねた手の間から淡い光がメルヴァリスへ流れ込んだ。
変えて。
もう一度、私のところへ戻ってきて。
強く念じると、メルヴァリスの命を示す数字が、新たな値へ書き換わった。
黒と白の輝きが混ざり合い、メルヴァリスの全身を包み込んだ。
裂けた肌が塞がり、全身に刻まれた傷が次々と消えていく。剣に貫かれた痕も縮まり、最後には薄い線だけが残った。
それでも、メルヴァリスは動かない。
「メル……」
アリアはメルヴァリスの手を強く握った。
変化はない。
失敗したのではないか。
そんな恐怖が頭をよぎった時、包んでいた手の中で、メルヴァリスの指が動いた。
続いて肩がかすかに上下し、浅い呼吸が戻った。閉じていた目蓋がふるえ、ゆっくりと赤い瞳が現れた。
焦点の定まらない眼差しが、やがてアリアを捉えた。
「……アリア、様?」
かすかな声だった。それでも、間違いなくメルヴァリスの声だった。
「うん……私だよ」
アリアは堪えきれず、その身体を抱き締めた。
「よかった……本当に、よかった」
メルヴァリスは状況を理解できていない様子で瞬きを繰り返していたが、やがて弱々しく腕を持ち上げた。
その手が、アリアの背へ触れた。
「ただいま……アリア様」
アリアは答える代わりに、その身体をさらに強く抱き締めた。
少し離れた場所で、ネルガディスは黙って娘を見つめていた。




