【魂を集めた理由】
王都の南門には、十日前の戦いの跡が今も深く刻まれていた。
崩れた城壁は修復の途中で、地面に走った亀裂の大半も瓦礫に埋もれていた。
アリアは足を止めた。
ここで、メルヴァリスは姿を消した。
「……メルは、この下にいるの?」
「この地下には、古い遺跡が広がっている。娘が落ちたのなら、そこへ辿り着いている可能性が高い」
ネルガディスは亀裂の前に膝をつき、片手で地面に触れた。
「残された魔力を追う。ただし、正確な居場所までは私にも分からん」
黒い光が地面を走り、四人を囲むように魔法陣が広がっていく。
「痕跡を追えるところまで、一気に降りるぞ」
足元の感触が消え、アリアたちの身体が魔法陣ごと地中へ沈み始めた。
土に埋まるような圧迫感はない。淡い光に包まれたまま、周囲の土や岩だけが上方へ流れていく。
上下の感覚すら曖昧で、アリアはふらつきそうになった身体を支えるため、ルミシェナの腕を掴んだ。
「主様、こちらへ」
ルミシェナがアリアの身体を引き寄せる。ロゼリアも翼を畳み、すぐそばから離れなかった。
「ずっとこのまま下りるの?」
「魔力の反応が途切れるまではな」
ネルガディスは目を閉じ、地中へ意識を向けているようだった。
魔法陣は微かな痕跡に導かれ、緩やかに進路を変えながら下降していく。
アリアは流れていく暗い地中を見つめながら、意を決して口を開いた。
「私、一度メルを生き返らせようとしたの」
ネルガディスが目を開く。
「倒れたメルに命を与えれば、蘇生できるかもしれないと思った。でも、いくら呼びかけても繋がりを感じられなくて……何も起こらなかった」
「やっぱり、もう手遅れだったのかな」
「娘は、魔王化していたのだろう?」
ネルガディスの問いに、アリアは頷いた。
「うん。いつものメルとは全然違ってた」
「ならば、足りなかったのだろう」
「何が?」
「魂だ」
ネルガディスは進行方向へ視線を戻した。
「魔王化は、魂そのものを無理やり拡張し、その一部を削って限界を超えた力へ変えるものだ。そんな状態で命を落とせば、魂の大部分が損なわれる」
「肉体へ命を与えるだけでは足りん。娘の魂を核として、失われた部分を補わなければ、元の姿で蘇ることはない」
「他人の魂を、メルに入れるの?」
「人格まで移すわけではない。魂を分解し、欠けた部分を満たすための力へ変える」
「じゃあ、繋がりを感じられなかったのも……」
「魂が傷つきすぎて、契約を通じた呼びかけが届かなかったのだ。お前が差し出した命だけでは、娘の魂を呼び戻せなかったのだろう」
「もっと多くの命があれば、メルを戻せるの?」
「可能性はある」
それでも、何も分からなかった時とは違う。手を伸ばす先が、わずかに見えた気がした。
ネルガディスがアリアへ顔を向ける。
「お前の鑑定では、私が蓄えた魂は命として映っているはずだ」
アリアの顔が強張る。
「それを、メルに使うの?」
「魂を移すのは私がやる。失われた部分を補えば、契約の繋がりも戻るはずだ。お前はそれを辿り、蘇生を行え」
「それでも蘇生できなかったら?」
「その時は、足りるまで集めるだけだ」
「また人を襲うつもりなの?」
「娘を救うためなら、大陸一つを滅ぼすことになろうと構わん」
アリアは言葉の意味をすぐには飲み込めなかった。
「あなたの持ってる魂を使うって……どれくらい?」
「必要なら、すべて使え。娘を救うために集めたものを、私の中へ残しておく理由はない」
あまりにも平然と告げられ、アリアはネルガディスを見つめ返した。
「でも、それは人間から奪った命よね……」
ネルガディスは答えなかった。
否定しない沈黙が、アリアの胸に重く残る。
「魔力の痕跡が薄れた」
足元の暗がりに、石を組んで造られた天井が浮かび上がった。
下降する速度は次第に緩まり、やがて魔法陣は石造りの天井をすり抜け、四人を暗い通路へ降ろした。
「ここから先は、遺跡の中を進む」
ネルガディスが手を掲げると、掌の上に白い光球が生まれ、周囲の石壁を淡く照らし出す。




