【憎しみを越えて】
「あなたが、メルのお父さんなの?」
「ああ。私が魂を集めていたのも、すべて娘を救うためだ」
その言葉に、滅ぼされた故郷の光景がアリアの脳裏をよぎった。
「そのために、私の村も……」
「言い訳をするつもりはない。私を恨むなら、好きにすればいい」
許せるはずがない。
故郷を奪われ、多くの人が帰らぬ者となった。その原因が目の前にいる男だと分かっていながら、怒りを抑えられるほど、アリアは割り切れなかった。
「……メルのためなら、何をしてもよかったの?」
「そうだ」
迷いのない返答に、胸の奥が激しく揺れる。
「そのせいで、どれだけの人が死んだと思ってるの」
「私にとって、娘より重い命など存在しない」
クラウスが剣の柄へ手をかけた。
「貴様……!」
「今は抑えてください」
ルミシェナが腕を伸ばし、クラウスを制する。
男は向けられた殺気など意に介さず、アリアだけを見ていた。
「人間が私を憎むのも無理はない。だが、私もまた人間を憎んでいる」
「我が同胞は、人間の手によって滅ぼされたのだからな」
「私の名はネルガディス。王国の騎士であれば、聞き覚えくらいはあるのではないか?」
その名を耳にした途端、クラウスの表情が変わった。
「ネルガディス……」
「知っているの?」
「王城の書庫に、わずかながら記録が残されています」
クラウスはネルガディスから視線を外さず、慎重に言葉を続けた。
「数百年前、この大陸に君臨していた魔王。その名が、ネルガディスだったと記憶しています」
「君臨していた、か」
ネルガディスの口元に、わずかな嘲りが浮かぶ。
「私は人間と共存していたつもりだったのだがな。随分と都合よく歴史を書き換えられたものだ」
「では、人間が先にこの大陸の魔族を滅ぼしたと?」
「少なくとも、我々の側に残された歴史ではそうなっている」
どちらの言葉が真実なのか、アリアには分からない。
ただ、ネルガディスが人間を憎む理由まで嘘だとは思えなかった。
「アリアと言ったな。お前の力なら、メルヴァリスを蘇生できる可能性がある」
「私の力で……?」
「ああ。そのために、お前の協力が必要だ」
ネルガディスの眼差しが鋭さを増す。
「だが、お前の力でも救えないというのなら、私は再び魂を集める。たとえ人間を滅ぼすことになろうともな」
「そんなこと、させない」
アリアは傷の痛みに耐えながら、ネルガディスを正面から見返した。
「私だって、メルに戻ってきてほしい。助けられる可能性があるなら、何だって試す」
そこで一度言葉を切り、はっきりと告げる。
「でも、そのためにほかの誰かを犠牲にするつもりはない。メルだって、そんなことは望まないと思う」
村を滅ぼした男と手を組むなど、本来なら考える余地もない。
それでも、メルが戻ってくる可能性を捨てることはできなかった。
「あなたを許したわけじゃない」
「それで構わない」
ルミシェナがネルガディスへ向き直る。
「お待ちください。私たちはまだ、満足に動ける状態ではありません」
「しばらく、猶予をいただけませんか?」
「……すでに数百年待ったのだ。多少延びたところで、どうということはない」
それだけ告げると、ネルガディスは部屋をあとにした。
アリアには、先ほどまで同じ部屋にいた男と、かつて大陸を支配したと伝えられる魔王がうまく結びつかなかった。
娘を救うために魂を集め、村まで滅ぼした男。
そして、その正体は魔王。
あまりにも大きな事実が立て続けに明かされ、頭の中を整理するだけでも精一杯だった。
「私はこのことを陛下へ報告しなければなりません。アリア殿たちは、今は回復に専念してください」
「うん。クラウスさんも気をつけてね」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
クラウスは一礼し、部屋を出ていった。
残された三人の間に、しばらく言葉はなかった。
「主様、本当にネルガディスと行かれるおつもりですか?」
「怖くないわけじゃない。でも、メルを助けられるかもしれないなら、行くしかないと思う」
「私も参ります」
ルミシェナが迷いなく告げると、ロゼリアも翼をわずかに広げた。
「もちろん、私もご一緒します。今度こそ、ご主人様をお守りします」
「ありがとう。でも、まずはちゃんと治さないとね」
三人は治癒術士の言いつけに従い、それから十日ほどを身体の回復に充てた。
身体に巻かれた包帯は少しずつ減り、寝台から離れられる時間も長くなっていく。アリアは宿の廊下を歩くところから始め、数日後には一人で階段を上り下りできるまでになった。
ルミシェナも光衣を扱える程度には魔力が戻り、ロゼリアの翼に残っていた傷もほとんど塞がっていた。
王都では崩れた家屋の修復が進み、瓦礫に塞がれていた通りにも人々の姿が戻り始めていた。
アリアが旅支度を整えた日の朝、廊下から重い足音が近づいてきた。
やがて扉が開き、ネルガディスが姿を現した。
「動けるようになったようだな」
ネルガディスは三人の姿を順に確かめ、背を向けた。
「支度が済んでいるなら来い。メルヴァリスを迎えに行く」
アリアはルミシェナとロゼリアへ顔を向けた。
二人が頷いたのを見届け、短剣を腰へ差す。
「行きましょう。メルを連れ戻しに」




