【王都で芽生えたもの】
「ラゼルムとは、以前にも会っています」
アリアの言葉を聞き、エルヴァルド王は意外そうに彼女を見た。
「ほう。どこで出会ったのだ」
「セレミリアの近くにあった地下施設です。その時は商人だと名乗っていました。けれど、後になってセレミリア東の洞窟で再会して……そこで、彼が魔物を作り出していることを知りました」
「地下施設、か」
エルヴァルド王は低く呟き、わずかに表情を曇らせた。
「そこには、捕らえられていた人たちがいました。人魚族、獣人族、樹精族……それ以外にも、いろいろな種族が」
「みんな衰弱していて、まともに逃げることもできない状態でした」
言葉にすると、喉の奥が詰まるようだった。
助け出した時の光景が、嫌でも蘇った。
暗い部屋。冷たい床。怯えた顔。こちらを信じていいのか分からず、それでも縋るように向けられた視線。
「ラゼルムは、彼らを材料のように扱っていました」
アリアの声に、抑えきれない怒りが滲んだ。
「魔物を作るためなのか、別の目的があったのか、そこまでは分かりません。でも、少なくとも人の命を何とも思っていないことだけは分かりました」
エルヴァルド王はしばらく黙っていた。
その沈黙は、アリアを責めるものではない。
王として、聞いた言葉の重さを受け止めているように見えた。
「……ラゼルム・モルガントは、王都でも古い家柄の侯爵だ」
やがて王は、重い口調で告げた。
「だが、家柄が罪を消すことはない。そなたの証言、冒険者たちの報告、救出された者たちの話が揃えば、逃れる道は残らぬだろう」
「本当に、裁かれるんですか?」
思わず口から出た問いに、アリアは自分でも少し驚いた。
王族を前に、疑うような言い方だったかもしれない。
けれど、一度言ってしまった以上、取り消すこともできなかった。
エルヴァルド王は怒らなかった。
「不安に思うのも無理はない。貴族の罪が、表沙汰になる前に握り潰されることは、残念ながらどの国にもある」
王はそこで、セリオンへ視線を向ける。
「だが、今回は違う。王家が直接動く」
セリオンが一歩前へ出た。
「私も調査に加わります。モルガント家に関わる書類、資金の流れ、研究に協力した者たち。すべて洗い出すつもりです」
その声は柔らかい。
けれど、言葉の芯には迷いがなかった。
アリアは初めて、セリオンのことをただの王子としてではなく、この国を背負う側の人間として見た気がした。
「……お願いします」
アリアは短く頭を下げた。
「私にできることがあれば、協力します。でも、助けた人たちには無理をさせないでください。やっと安心できる場所に着いたばかりなので」
「それは約束しよう」
エルヴァルド王は即座に頷いた。
「証言が必要になるとしても、無理に連れてくることはせぬ。そなたの保護下にいる者たちへは、王家の名で安全を保証する」
「……ありがとうございます」
全部を信じきるには、まだ早い。
それでも、目の前の王が口先だけで約束しているわけではないことは伝わってきた。
「アリア殿は、なぜそこまで彼らを助けようと思ったのですか?」
「なぜ、ですか?」
「ええ。アリア殿は冒険者です。本来なら、依頼の範囲だけで動いても責められない。まして相手は、国や貴族の闇に関わるものだった。危険を避ける選択もできたはずです」
責める言葉ではなかった。
純粋に知りたいのだと分かる問いだった。
アリアは少し考えたあと、膝の上の手を見下ろした。
「難しい理由はありません。見つけてしまったからです」
「見つけたから?」
「はい。苦しんでいる人たちを見つけて、助けられるかもしれない力が自分にあった。それなら、見なかったことにはできませんでした」
それはきれいごとなのかもしれない。
けれど、アリアにとってはそれ以上でも以下でもなかった。
助けられたかもしれない命を置いて逃げれば、きっと後悔する。
それだけの話だった。
セリオンはしばらく何も言わなかった。
飾り気のないその答えが、思いのほか強く胸に残った。
「父上が気にかける理由が、分かった気がします。……アリア殿は、不思議な方ですね」
「え?」
「いえ。こちらの話です」
セリオンが軽く会釈すると、エルヴァルド王は口元に薄い笑みを浮かべた。
「セリオン。アリア殿を困らせるでない」
「失礼しました。ですが、どうしても聞いておきたかったのです」
「分からぬでもない」
エルヴァルド王はそう言うと、改めてアリアへ向き直った。
「アリア・フェルロード。そなたの話、確かに聞いた。ラゼルムの件については、王家が責任を持って調べる。助け出された者たちにも、できる限りの保護を約束しよう」
「ありがとうございます」
アリアは深く頭を下げた。
完全に安心できたわけではない。
けれど、少なくとも目の前の王は、ラゼルムを庇うつもりはないのだと分かった。
張り詰めていた気持ちが、ようやくほどけた。
「そなたにも、改めて礼を言う。多くの命を救ってくれた」
「私は……自分にできることをしただけです」
「それを当然のように言える者は、決して多くない」
エルヴァルド王の言葉に、アリアは返す言葉を見つけられなかった。
背後に控えていたルミシェナが、誇らしげに姿勢を正す気配がした。
「今日は急に呼び戻してすまなかった。詳しい話は、また必要に応じて聞くことになるだろう。だが、今は休むとよい」
「はい」
アリアが立ち上がると、ルミシェナも一歩下がって礼をした。
「失礼いたします」
扉のそばに控えていたクラウスが進み出る。
「客室までご案内いたします」
アリアはもう一度、王とセリオンへ頭を下げた。
部屋を出る直前、セリオンが穏やかな声で言った。
「アリア殿。また機会があれば、今度はもう少し気楽な場で話しましょう」
「……はい。その時は、よろしくお願いします」
アリアは小さく頷き、ルミシェナとともに応接室を後にした。
廊下へ出ると、王城の空気は相変わらず張り詰めていた。
けれど、王都の広場で聞いた歌や、人々の笑い声が、まだ胸のどこかに残っている。
守られている日常がある。
それを壊そうとする者がいるのなら、放ってはおけない。
アリアはそう思いながら、クラウスの後に続いて歩き出した。




